シッダールタ [Kindle]

  • グーテンベルク21 (2015年5月22日発売)
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感想・レビュー・書評

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  • 秋山英夫 (翻訳) はとても良かった。日本人の小説を読んでいるように思えるすばらしい訳だった。高橋健二氏の訳の方を読み始めてダメだったので、こちらに変えて良かった。
    しかし小説の内容としては、いまいち覚醒の理由など、微妙に思えた。

  • アートマンとブラーフマンの関係を理解し自己と宇宙の一体性を悟ることを目的としたシッダールタの旅はすべての物事を愛するという悟りの境地にて完結する。私はあるがままを愛するという考え方は政治の腐敗や戦争、犯罪などの「悪」を肯定してしまい、人間の未来を踏み潰すことにならないだろうかと危惧した。
    がチャットGPTによれば相反するものではなく補完的に捉えるのが良いのではないかという答えであった。
    すなわち、悪を否定する、憎むのではなく、冷静に考え慈悲の心を基盤としたうえで善に向かって行動する、ということ。
    まだもやもやしているけれど、「正義とは何か」「世界を愛するということと悪と戦うことは矛盾しないのか」こういった事も考えながら理解していきたい。

  • 白石あづさ「世界が驚くニッポンのお坊さん 佐々井秀嶺、インドに笑う」で佐々井氏が「シッダールタ」を読んで、「人生の良いこと、悪いこと、あるがままを受け入れて生きていく。煩悩を消すのではなく受け入れて生きていく。俺はその文を読んで雷に打たれた。そして山の上で叫んだ。この求道者、シッダールタは俺そのものだー! インドに来てよかった!! とな」と語ってたのを見かけて手に取る。◆最初はヘッセなりの仏陀伝かと思ってたけど、読んでいくうちに、仏陀とも邂逅はするが別の道を行き、別のルートから悟りを開いたシッダールタの話。その途上では、沙門を志し、沙門の道を捨て、富と酒と女と博打に身を浸し、そこから離れ渡し守となり、川と語らい、息子と暮らすことになってからは執着と結果的な愛の押し付け、息子からの反発に苦しみ。最後は…と。◆◆罪びとは仏性への途上にあるのではない。発展の中にあるのではない。たとえわれわれの考え方では物事をそう考える以外に手はないとはいえ、いや、罪びとのなかに、いま、今日すでに未来の仏陀がいるのだ。彼の未来は全部すでに現にあるのだ。あなたは罪びとのなかに、あなた自身のなかに、一切衆生のなかに、成りつつある仏陀、可能な仏陀、かくれた仏陀をあがめなければならない。◆私は罪を大いに必要とした。快楽も必要だった。財産獲得の努力も、見栄も、きわめて恥ずかしい絶望も、私には必要だったのだ。なんのためかといえば、抵抗することをやめて、この世を愛することを学びとるためだった。私の願望するなんらかの世界、私の空想するなんらかの世界とこの世をくらべたり、私の考えだしたような種類の完全さとこの世をくらべたりすることはもうやめて、この世をあるがままにまかせ、そしてそれを愛し、よろこんでそこに所属するために必要だったのだ。――◆といったあたりが深く印象に。

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著者プロフィール

1877年ドイツの南部カルヴに生まれ、スイス・バーゼルの牧師館で育つ。「詩人になるか、でなければ、何にもなりたくない」と神学校を中退、町工場や書店で働くかたわら、独学で文学の勉強を続ける。1902年、後に『青春詩集』と増補改題された『詩集』を発表。1904年『郷愁』を書きあげ、一躍人気作家となる。同年に結婚、ライン河畔の寒村に移り、長編『車輪の下』(1906)、『春の嵐』(1910)を発表。両大戦に対しては平和主義を表明する。その間、『デミアン』(1919)、『ガラス玉遊戯』(1943)などの小説を書く。1946年、ノーベル文学賞、ゲーテ賞を受賞。1962年、85歳で死去。

「2025年 『ヘッセ詩集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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