ファイト・クラブ〔新版〕 (ハヤカワ文庫NV) [Kindle]

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  • おれを力いっぱい殴ってくれ、とタイラーは言った。
    事の始まりは、ぼくの慢性不眠症だ。
    ちっぽけな仕事と欲しくもない家具の収集に人生を奪われかけていたからだ。
    ぼくらはファイト・クラブで体を殴り合い、命の痛みを確かめる。
    タイラーは社会に倦んだ男たちを集め、全米に広がる組織はやがて巨大な騒乱計画へと驀進する――
    人が生きることの病いを高らかに哄笑し、アメリカ中を熱狂させた二十世紀最強のカルト・ロマンス。デヴィッド・フィンチャー監督×ブラッド・ピット&エドワード・ノートン主演の映画化以後、創作の原点をパラニューク自らが明かした衝撃の著者あとがきと、アメリカ文学研究者・都甲幸治氏の解説を新規収録。
    デヴィッド・フィンチャー監督作品とストーリーはほぼ同じだけど、ブランド品で心の隙間を埋め広告に踊らされるブランド志向や生きている実感を得にくい社会や男性の生き方のロールモデルがない彷徨える男性の迷走へのシニカルでユーモラスな風刺が散りばめられた原作のユーモラスな面白みが良い。
    「ファイトクラブ」の着想のきっかけが、ホスピスでのボランティアだったり、様々な細部の元ネタなどが判るあとがきも必読。

  • ファイト・クラブ規則:
    第一条 ファイト・クラブについて口にしてはならない
    第二条 ファイト・クラブについて口にしてはならない
    第三条 ファイトは一対一
    第四条 一度に一ファイト
    第五条 シャツと靴は脱いで闘う
    第六条 時間制限なし
    第七条 今夜初めてファイト・クラブに参加した者は、かならずファイトしなければならない

    「ファイト・クラブを創設したとき、タイラーとぼくはどちらも喧嘩をしたことがなかった。経験がなければ、あれこれ思い巡らすものだとう。怪我をするのではないか、人間を相手にどこまでやれるものか。ぼくと知り合ったタイラーは、こいつになら頼んでみても大丈夫そうだと考え、誰もこっちを気にしていないバーで二人とも酔っ払ったころ、こう言った。「一つ頼みがある。おれを力いっぱい殴ってくれ」
     ぼくは気が進まなかったが、タイラーは根気よく説明した。傷痕一つない体で死にたくないということについて、プロ同士のファイトは見飽きたことについて、自分についてもっと深く知りたいことについて。
     自己破壊について。
     あのころのぼくの人生は完全すぎた。おそらくぼくらは、前進するために一度すべてを壊さなければならないところに来ていたんだろう。
     ぼくは周囲を見回して答えた。わかった。いいよ。ただし、駐車場でやろう。
     そこでぼくらは外に出て、ぼくはタイラーに尋ねた。顔がいいか、腹がいいか。
     タイラーは答えた。「おれを驚かせてくれ」
     人を殴った経験はないとぼくは言った。
     タイラーが答えた。「理性を捨ててみろよ」
     ぼくは目を閉じてくれと言った。
     タイラーは答えた。「いやだね」
     ファイト・クラブに初めて参加したやつがそろってやるように、ぼくは深呼吸をし、そしてのどの西部劇映画でもカウボーイがやるように、固めた拳を大きく弧を描いて振り回した。狙ったのはタイラーの顎だが、拳はタイラーの首筋にぶつかった。
     失敗した。いまのは勘定に入らない、もう一度やらせてくれとぼくは言った。
     タイラーは「いや、勘定に入る」と言うと、日曜の朝のアニメに出てくるばねのついたボクシンググローブみたいに、いきなりがつんとぼくを殴った。タイラーのパンチは胸のど真ん中に当たり、ぼくは後ろによろめいて車にぶつかった。二人ともしばらく突っ立っていた。タイラーは首筋をなで、ぼくは片手で胸を押さえながら、未知の領域に足を踏み出したという事実をそれぞれ噛み締めた。そしてアニメの猫とネズミみたいに、ぼくらはまだちゃんと生きているが、とことんやってみたい、それでも生きていられるかどうか確かめたいと考えていた。
     タイラーが感想を口にした。「いいね」
     ぼくはもう一度殴ってくれと言った。
     タイラーは答えた。「いや、おまえがおれを殴れ」
     そこでぼくは女の子みたいに拳を大きく振り回してタイラーの耳のすぐ下を殴った。タイラーはぼくを押しのけ、靴の踵をぼくの腹にめりこませた。その次に起きたこと、そしてその次に起きたことに言葉はなく、バーの閉店時間になると客が駐車場に出てきてぼくらをはやしたてた。
     タイラーと闘いながら、この世のあらゆる問題と闘えそうな気になっていた。カラーのボタンを壊して返したクリーニング屋。数百ドルの貸越になっている銀行口座。勝手にぼくのパソコンを使い、DOSの実行コマンドをめちゃくちゃにするボス。そしてマーラ・シンガー、ぼくから互助グループをかすめとったマーラ・シンガー。
     ファイトが終わったとき、何一つ解決してはいなかったが、何一つ気にならなくなっていた。
     ぼくらが初めて闘ったのは日曜の夜で、タイラーはその週末一度も髭を剃っておらず、その無精髭がこすれたぼくの指の関節はひりひり痛んだ。ぼくは駐車場であおむけに寝転がり、街頭の明かりに負けずに輝く唯一の星を見上げながら、きみは何と闘っていたのかとタイラーに尋ねた。
     父親だとタイラーは答えた。
     ぼくらは父親などいなくたって自分を完成させられるのかもしれない。ファイト・クラブでは、恨みを晴らすために闘うのではない。闘うために闘うのみだ。ファイト・クラブについては口にしてはならないが、ぼくらはファイト・クラブについて話し合った。それからの数週間、閉店後のバーの駐車場に男たちが集まった。寒さが厳しくなるころ、いま会場になっているバーの地下室を借りられることになった。
     ファイト・クラブが開かれる夜、タイラーは、ぼくと二人で定めた規則を高らかに宣言する。「いまここにいる大部分の者が」タイラーは、男たちで埋め尽くされた地下室の真ん中に円錐形に広がった光の中から声を張り上げる。「このなかの誰かが規則を破ったからこそここにいるわけだ。誰かがファイト・クラブについて口にした」
     タイラーは続ける。「そろそろ口を閉じるか、自分で新しいファイト・クラブを開設するんだな。来週からは入口で名前を書いてもらう。その名簿の頭から五十人の参加を許可することにする。許可された者は、闘いたければすぐんい相手を探せ。闘いたくないなら、闘いたい者はほかにいくらでもいるわけだから、家でおとなしくしていろ。
     今夜初めてファイト・クラブに参加した者は」タイラーの声が響き渡る。「かならずファイトしなければならない」

    「怖じ気づいてどん底まで落ちられないなら」タイラーが続ける。「そいつは絶対に真の成功を手にできない」
     破滅を経て初めて蘇ることができる。
    「すべてを失ったとき初めて」タイラーが続ける。「自由が手に入る」

    「ぼくが互助グループをいたく気に入っている理由は、相手が死を目前にしていると思うと、人はその相手に全神経を注ぐからだ。
     これきり会えないかもしれないとなれば、人はその相手とちゃんと向き合う。金の心配やラジオの歌や乱れた髪はきれいさっぱり消える。
     全神経を相手に注ぐ。
     自分がしゃべる順番が回ってくるのを待つのではなく、相手の話をちゃんと聞く。
     そしていざしゃべる順番が回ってきたとき、作った話はしない。言葉を交わしながら、二人のあいだに何かが築かれ、その会話を通じて双方が変化を経験する」

    騒乱プロジェクト規則:
    第一条 騒乱プロジェクトについて質問をしてはならない
    第二条 騒乱プロジェクトについて質問をしてはならない
    第三条 言い訳をしない
    第四条 嘘をつかない
    第五条 タイラーを信じること

    「ぼくは訊く。タイラーは何を企んでる?
     メカニックは灰皿を開け、シガレットライターを押しこんだ。「これは試験なのかい? おれたちを試してるのか?」
     タイラーはどこだ?
    「ファイト・クラブ規則第一条は、ファイト・クラブについて口にしてはならない、だ」メカニックは言う。「それから、騒乱プロジェクトの最後の規則は、質問はしない、だ」
     じゃあ何なら教えてくれる?
     そいつは言う。「ぜひ理解すべきことは、神のモデルは父親だったということだ」
     背後で、ぼくの仕事やぼくのオフィスが小さく、小さく、小さくなって消える。
     ぼくの両手はガソリンの匂いをさせている。
     メカニックが言う。「男に生まれ、キリスト教徒で、アメリカ在住なら、神のモデルは父親だ。しかしもし、父親を知らずに育ったら、たとえば父親が蒸発したり死んだり家にいつかなかったりしたら、神のどこを信じられる?」
     それはすべてタイラー・ダーデンのドグマだ。ぼくが眠っているあいだに紙きれに殴り書きされ、ぼくに渡され、ぼくがタイプしてコピーした教義。ぼくはもう読んだ。おそらくぼくのボスでさえもう全部読んでいる。
    「その場合どうなるかというと」メカニックは言う。「死ぬまで父親と神を探し続けることになる」
    「ここで考えに入れなくてはならないのは」メカニックは言う。「自分が神に好かれていない可能性だ。神は人類を憎んでいるかもしれない。とはいえ、それは起こりえる最悪の事態ではない」
     まったく関心を持たれないよりも、罪を犯して神の注意を引くほうがましだというのがタイラーの持論だ。神の憎悪は神の無関心よりましだからだろう。
     神の最大の敵となるか、無になるかの二者択一だとしたら、さあ、どちらを選ぶ?
     タイラー・ダーデンによれば、ぼくらは歴史に名を残す偉業を成し遂げる優秀な長子ではなく、特別にかわいがられる末っ子でもない、神の真ん中の子供だ。
     神の関心を得られないなら、天罰も贖罪も期待できない。
     どちらがより忌まわしいだろう。地獄か、無か。
     赦されるには、罪を見とがめられ罰を下されるしかない。
    「ルーブルを焼け」メカニックが言う。「モナリザでケツを拭け。少なくとも、神は我々の名を知るだろう」
     低く落ちれば落ちるほど、高く飛べる。遠くへ逃げれば逃げるほど、神は手もとに呼び戻そうとする。
    「放蕩息子が家を出ていなければ、肥えた仔牛は殺されずにすんだだろう(ルカによる福音書「放蕩息子のたとえ」より)」
     ビーチの砂粒や空の星のなかに数えられるだけでは足りない」

    「今後、新たなリーダーがファイト・クラブを開設し、地下室の真ん中の明かりを男たちが囲んで待っているとき、リーダーは男たちの周囲の暗闇を歩き回ることとする。
     ぼくは訊く。その新しい規則を作ったのは誰だ? タイラーか?
     メカニックはにやりとする。「規則を作るのが誰か、わかってるだろうに」
     新しい規則では、何者もファイト・クラブの中央に立つことは許されない、とメカニックは言う。中央に立つのは、ファイトする二人の男だけだ。リーダーの大きな声は、男たちの周囲をゆっくり歩きながら、暗闇の奥から聞こえてくる。集まった男たちは、誰もいない中央をはさんで正面に立つ者を見つめることになる。
     すべてのファイト・クラブがそのようになる。
     ファイト・クラブ新設に向けてバーや自動車修理工場を探すのは難しくない。最初のバー、オリジナルのファイト・クラブがいまでも開かれているバーは、週に一度、土曜の夜のファイト・クラブ一度だけで、一月分の店の家賃を稼ぎ出す。
     メカニックの話では、ファイト・クラブ新規則はもう一つあり、ファイト・クラブは永久に無料である、だ。入るのに金は取らない。メカニックは運転席側の窓を開け、対向車とキャデラックの脇腹に吹きつける夜風に向けて声を張り上げる。「欲しいのはおまえだ、おまえの金じゃない」
     メカニックは窓の外に怒鳴る。「ファイト・クラブでは、おまえは銀行預金の額ではない。仕事ではない。家族ではない。自分で思いこもうとしている人物像ではない」
     メカニックは風に向かって怒鳴る。「名前ではない」
     バックシートのスペース・モンキーの一人が応じる。「悩みではない」
     メカニックが怒鳴る。「悩みではない」
     スペース・モンキーが叫ぶ。「年齢ではない」
     メカニックが怒鳴る。「年齢ではない」
     そのときメカニックが、身をかわすと同時にジャブを繰り出すボクサーみたいに落ち着き払った態度で対向車線にはみ出す。フロントウィンドウ越しに車内にヘッドライトの光があふれた。対向車がクラクションを盛大に鳴らしながら次々と真正面から突っこんでくるが、メカニックはぎりぎりでステアリングを切って一台ずつかわしていく。
     ヘッドライトが接近し、大きく、大きくなる。クラクションがわめく。メカニックは目を射る光と騒音に対抗するように首を伸ばして叫ぶ。「将来の願いではない」
     その叫びに応じる者はいなかった。
     今回は、対向車のほうがぎりぎりのところでよけてぼくらは助かる。
     ヘッドライトをハイビーム、ロービーム、ハイ、ローと瞬かせ、クラクションをやかましく鳴らしながら次の車が近づいてきて、メカニックは叫ぶ。「救済は訪れない」
     メカニックはよけず、対向車がよけた。
     次の車だ。そしてメカニックは叫ぶ。「我々はいつの日かかならず死ぬ」
     今回は、対向車がよけたのに、メカニックはそのよけたほうへ車を向けた。対向車がまたよけるとメカニックがそれに合わせ、ふたたび真正面から向き合う。
     その瞬間、ぼくは恐怖に身をすくませ、同時に期待に胸を膨らませる。その瞬間、ほかのことは何も気にならなくなる。星空を見上げれば、きみという存在は消え失せる。荷物なんかどうだっていい。何もかもどうだっていい。息が臭くたっていい。窓の向こうには闇。クラクションが八方からわめき立てている。ヘッドライトがハイ、ロー、ハイと瞬いて顔を照らし、二度と会社に行かずにすむ。
     二度と床屋に行かずにすむ。
    「さあ来い」メカニックが言う。
     対向車がふたたびよけ、メカニックが追いかける。
    「死の寸前」メカニックが言う。「何をしておけばよかったと後悔しそうだ?」
     対向車がクラクションを轟かせながら迫る。一方のメカニックは冷静そのもので、大胆にも対向車から目をそらすと、フロントシートの隣に座ったぼくを見やって言う。「衝突まで残り十秒」
    「九」
    「八」
    「七」
    「六」
     仕事だ、とぼくは答える。仕事を辞めておけばよかったよ。
     対向車がよけた。メカニックは今度はそれを追わず、クラクションの悲鳴がすれ違っていった。
     正面からまだまだライトが近づいてくる。メカニックはリアシートの三匹のスペース・モンキーを振り返る。「おい、スペース・モンキーども。ゲームのルールはわかったな。さっさと白状しろ、さもないとおれたち全員があの世行きだ」

    「マーラにぼくらはどこで知り合ったかと尋ねる。
    「例の精巣ガンのあれよ」マーラが言う。「そのあと、あたしの命を救った」
     ぼくが?
    「あんたがあたしの命を救ったの」
     タイラーだ。
    「いいえ、あんたがあたしの命を救ったの」
     ぼくは頬の穴に指を突っこみ、指先をくねらせる。このメジャーリーグ級の痛みなら、目も覚めるはずだ。
     マーラが言う。「あんたがあたしの命を救ったんでしょ。リージェント・ホテルで。あたしは偶然を装って自殺を試みた。忘れたの?」
     ほんとに?
    「あの晩」マーラが言う。「あたしはあなたの堕胎児が欲しいと言った」
     客室の気圧がゼロになった。
     ぼくはマーラにぼくの名前を尋ねた。
     このままいけば全員死ぬ。
     マーラが答える。「タイラー・ダーデン。あんたの名前は、タイラー・脳味噌用トイレットペーパー・ダーデンよ。住所はノースイースト・ペーパー・ストリート五一二三番地で、その家は目下、あんたの門弟であふれてて、その門弟たちはこぞって頭を剃り上げ、苛性ソーダで皮膚を剥がしてる」

    「おまえが眠るたびに」とタイラーは言う。「おれは抜け出して無謀なこと、むちゃくちゃなこと、狂気じみたことをした」

    「きみはどんな手を打ったのか、とぼくは訊く。
    「おれたちはどんな手を打ったのか、だ」とタイラーは言う。
     ぼくらは強襲コミッティを招集した。
    「おれ、とか、きみ、とかいう概念はもはや存在しない」とタイラーは言い、ぼくの鼻の先を軽くつねる。「おまえもとうに気づいているだろうが」
     ぼくらは二人で一つの体を使う。ただし別々の時間帯に」

    「前に言ったな。おれのいないところでおれの話をしたら、二度とおれには会えない」とタイラーは言う。「おれたちはもう別々の人間じゃない。手っ取り早く言えば、おまえが目覚めているときはおまえが支配権を握ってる。だからおまえが何と名乗ろうがかまわない。しかし、おまえが眠った瞬間、おれがあとを引き継ぎ、おまえはタイラー・ダーデンになる」
     でも、ぼくらは闘っただろう、とぼくは言う。ファイト・クラブを創設したあの晩、闘った。
    「本当に闘った相手はおれじゃない」とタイラーは言う。「自分で言ってたな。おまえは自分の人生の憎きものすべてと闘ってるって」
     でも、ぼくにはきみが見える。
    「おまえが眠っているからだ」
     でも、きみは家を借りてる。仕事もしてた。二つも。
     タイラーは言う。「銀行から支払い済み小切手を取り寄せてみろ。おれはおまえの名前を使って家を借りた。家賃を支払った小切手の筆跡は、おまえがタイプした原稿の筆跡と一致すると思うが」
     タイラーはぼくの金を使っていた。口座がつねにマイナスになっていたのも不思議はない。
    「次に仕事の件だが、なあ、どうしておまえはそういつもいつも疲れてるんだと思う? いいか、不眠症のせいなんかじゃない。おまえが眠るなりおれが乗っ取って、仕事やファイト・クラブに出かけるからだ。おれがヘビ使いの仕事を選ばなかっただけましだろう」
     ぼくは言う。でも、マーラのことは?
    「マーラはおまえを愛してる」
     マーラはきみを愛してる。
    「マーラはおれとおまえの区別がついていない。初めて会った晩、おまえはマーラに偽名を教えた。互助グループでは絶対に本名を名乗らないだろう、詐病くん? 命を救ったのはおれだから、マーラはおまえの名前はタイラー・ダーデンだと思ってる」
     じゃあ、きみのことをぼくはこうして知ってしまったわけだから、きみはこれで消えるんだね?
    「いや」とタイラーはぼくの手を握ったまま言う。「おまえが望んでいなければ、おれはそもそも存在しなかった。おれはこれからもおまえが眠っているあいだに自分の生活を続けるが、もしおまえが邪魔をするようなら、たとえば、そう、夜のあいだベッドに体を縛りつけたり、睡眠薬を大量にのんだりするようなら、そのときからおれたちは敵になる。かならず仕返ししてやるぞ」
     これは嘘だ。これは夢だ。タイラーはぼくの意識の投影だ。解離性人格障害。心因性遁走状態。タイラー・ダーデンはぼくの幻覚なんだ。
    「くだらない」とタイラーは言う。「おまえのほうこそ、おれの幻覚かもしれないぜ」
     先にいたのはぼくだ。
     タイラーは言う。「ああ、ああ、ああ、そうだな。しかし、最後に残るのがどっちか、そのほうが肝心だろう」
     これは現実じゃない。これは夢だ。もう目を覚ますぞ。
    「起きてみろよ」
     気づくと電話がなっていて、タイラーは消えている。
     カーテン越しに朝日が射していた。
     電話のベルはぼくが頼んだ午前七時のモーニングコールで、受話器を持ち上げたときにはもう切れていた」

    パラニューク本人によるあとがきより。

    「実のところ、ぼくが書いていたのは「華麗なるギャツビー」を少しだけ現代風にしたものに過ぎない。生き残った使徒が彼のヒーローの生き様を伝える”使徒伝承”のフィクションだ。二人の男と一人の女がいた。そして男の一人であるヒーローは、銃で撃たれて死ぬ。
     語り古された典型的なロマンス小説。そこに、エスプレッソマシンやESPNチャンネルと競えるよう現代風のアレンジを加えただけだ」

    巻末解説より、パラニュークへのインタビューの引用。

    「我々は良い人間になるように育てられてきました。だからこそ、僕らの子供時代のほとんどは周囲の期待に応えることばかりに費やされてしまいます。両親や教師やコーチの期待に応え、そして上司の期待に応える。こうして我々はどうして生きていくかを知るために、自分の外側ばかり見ているんです」

    「人生のある一点を過ぎて、ルールに従うんじゃなく、自分でルールを作れるようになったとき、そしてまた、他のみんなの期待に応えるんじゃなく、自分がどうなりたいかを自分で決めるようになれれば、すごく楽しくなるはずです」

  • 私にアンチ物質主義を教えてくれた作品。

  • 小説としての塩梅がすべてにおいて完璧だった気がする。読んでて細胞が異様にザワザワするこの感じ。そして、この本に込められている強いメッセージが、龍さんがずっと小説で発信しつづけてきたことと同じなのだときづく。タイラー・ダーデンとぼくは『エクスタシー』におけるヤザキと僕なのだ。都甲さんが解説で一番好きだと言っていた、獣医になるのが夢の学生とのくだりは、わたしも重要な場面だとは思うけど、じゃっかん情に傾きすぎという気がしないでもない。わたしはIKEAの家具を名前入りでひたすらdisる場面が好きです。ああほんとこういう本だけ読んで生きていたい。

    • niwatokoさん
      こんにちはー。「ファイト・クラブ」、映画も小説もすごい人気ってういか、とくにアメリカではだれもが読んで見ている、知っている、必見、必読、って...
      こんにちはー。「ファイト・クラブ」、映画も小説もすごい人気ってういか、とくにアメリカではだれもが読んで見ている、知っている、必見、必読、って感じがするんですが、わたしは未見、未読です。どういうところがそんなに人気なんでしょうか。(ってきくのもどうかと思いますが。自分で読むか見るかしろってことなんですけど)。龍さんが引き合いに出されるってことは、ああいう感じなのかってわかるようなわからないような。わたしに理解できるかな、という心配もありますが。。。
      2018/11/26
    • meguyamaさん
      主人公がカリスマっぽい人に出会って今までの自分が崩壊する?みたいな感じのお話で、文体にも展開にもムダがないのがとにかく心地よくかっこよく感じ...
      主人公がカリスマっぽい人に出会って今までの自分が崩壊する?みたいな感じのお話で、文体にも展開にもムダがないのがとにかく心地よくかっこよく感じました。アメリカでの人気に関しては、著者あとがきに、この作品がアメリカでどのような社会現象を起こしたのか具体的に羅列してあって面白かったです。長くないし、読んでみて損はないかも。
      2018/11/26
    • niwatokoさん
      なるほどー。ありがとうございます! ますます読んでみたくなりました!
      なるほどー。ありがとうございます! ますます読んでみたくなりました!
      2018/11/27
  • 旧訳の方が好みだが、著者後書には読む価値がある

  • 物に支配されんな

    自分の人生と向き合え。

  • - 不眠症の僕と、ある時出会ったタイラー・ダーデンという男。2人は「ファイト・クラブ」という闇グループを組織する。
    - 夜な夜な素手で殴り合いをしたり、不眠症を解消するために安らぎを求めて重病患者のコミュニティに仮病で参加したり、高級レストランのウェイターとして働きながらスープに小便をしたり、映画技師として働きながらポルノ映画を1コマだけ差し込んだり、とにかく印象に残るパンチの効いたシーンが多い。
    - 僕がタイラーの指示でバス停にいる若者を襲うシーンが特に印象的。背後から銃を当て、君は今ここで死ぬと言う。若者に将来の夢を聞き、獣医だと答えると、では明日から学生に戻れと。ただし、獣医になるための努力を怠っているところを見つけたら殺すと。そう言って僕は去る。
    - 先に映画を見ているので、タイラーの正体が自分自身だった、という最大のサプライズはネタバレ済みの状態で読んだけど、実は序盤からそのことがほのめかされていたりと、それはそれで面白かった。

  • 周りの言葉に従ってレールを渡って、この道こそが成功だと信じてきた主人公がこれでよかったのか?と考えるさまはとてもリアルだし経験がある人は多いと思う。
    自分のやりたいことは何?をシンプルに問いかけてくる。
    人生に漠然と疑問を感じている人は読んでみるのをおすすめする。

    ちなみに、
    ファイトクラブに入りたいかと問われれば僕は入りたくはない。
    別に殴り合いをしなくても生の実感は得られるだろうと思う。

  • あとがきを読んで意味を強く持ち始める小説。
    あとがきを読んでもう一度読んでみたくなる小説。
    あとがきを読んでもう一度映画を観たくなる小説。

    とにかく死を強く思うこと。本当の自分に素直に従えるくらいに。

  • 日常の合間にふと挿入される暴力的で破滅的なイメージに、生きている感覚を取り戻しつつも日常を侵食されていく話。最後は不穏だが思ったより平和だった。中高校生の時に読んでいたら目先の暴力性や破滅的イメージに惹かれてしまって悪い意味で影響を受けてしまっていたかもしれない。二重人格が自らへの問いかけになって自問自答のようになっていたり意識が場面場面でカットインしていく文章表現に良さを感じた。

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