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感想・レビュー・書評
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日本における、戦前から現代にかけての童貞にまつわる言説の変遷を丁寧に整理した本。
1920年代、童貞が美徳として持て囃される風潮があったというのには驚いた。新妻に捧げる贈り物だそうな。そんなものはもらっていらんと思うが、女性が結婚まで処女を守ることが当たり前に期待された時代に、男性も同じように童貞を守ろうという考え方は、当時にしてみれば男女平等的で先駆的だったらしい。
一方で、同時期に平塚らいてうが提唱した「花柳病男子結婚制限法」と「花柳病男子拒婚同盟」は、大バッシングを食らった。貞操を守らず「花柳病(=性病)」にかかった男性が結婚できないようにするというものだが、男女不平等だと叩かれた。未婚男性の中に花柳病患者があまりに多く、女性には少ないという男女非対称な現状を反映したものにすぎないのに、ヒステリックに騒ぎ立てる様は、現代の女性専用車両やレディースデーに対するバッシングと酷似しており、世の中変わってないなと思わされる。
戦後編も面白い。1960年代半ばから「処女が減り、童貞が増えている」ことがまことしやかに報じられ、1970年代頃には「童貞=恥」論が定着していく。1980年代には4つの童貞言説のパターンが決定的になる。すなわち、①恋愛の自由市場の一側面として、商売女との童貞喪失を見下す「シロウト童貞」言説、②童貞喪失年齢を規範化する「やらはた」言説、③童貞をマザコン・包茎・インポや精神的な欠陥と結びつける童貞の病理化、④童貞は「見てわかる」とする童貞の可視化である。
これらが蔓延る社会とはどのような社会か?筆者は次のように述べる。一つ目に、恋愛とセックスが強固に結びついており、自分で童貞喪失のチャンスをもぎ取らなければならない社会。二つ目に、「正しい童貞喪失」の基準(二十歳までに恋人と喪失する)が設けられた社会。三つ目に、その基準から逸脱した場合に、その原因が追及され、病人として扱われる社会。そして最後に、男性が女性に値ぶみされる社会である。
これに対する処方箋として、筆者は、①「セックスを特権化しない」つまりセックス以外にも価値のあることは存在することに気づくこと、②「非童貞を特権化しなち」つまり一度経験したからと言ってモテるわけでも偉いわけでもないことに気づくこと、③男性も異性に値ぶみされ選別される立場に順応し、徹底的に女に媚びてみることを挙げている。
たしかに、女性は長らく男性から値ぶみされる立場に置かれ、それに順応せざるを得なかったのであって、少しくらい選ばれないからといって「弱者男性」だの何だのと騒いで、あまつさえ女性に責任転嫁するインセル男性の態度に辟易するのはわかるし、正直私もこの部分を読んでいるときにある種のカタルシスを禁じ得なかったのは事実だ。ただ、筆者が挙げている③は、あまり根本的な解決策にはなっていないような気がする。
昨今の男の子たちを見ていると、「スト値」などという指標を上げることで女性に選ばれようとする一方で、選ばれたい相手の女性を数字や記号としてのみ捉えており、人間として見ていないように思われてならない。べつに「初めてのセックス」に特別な意味づけなんて必要ないし、私だってドブに捨てるようなセックスを何度もしてきたのだけれど、それでも本来セックスってもっと暖かいものなんじゃないかと、おばさんになった私は思うのだ。童貞か、童貞じゃないか、なんて、心底どうでもいい事で、それによってアナタの価値は変わらないよと、若い男の子たちに声をかけて回りたいけれど、実際にやると通報されるのでやめておく。
[追記]
巻末の田房永子氏の解説も面白いが、とてもやらかしている。彼女は、身体的には非童貞でも、妻に貞淑な女を演じさせ、彼女の貞操を疑うこともなく信じ込み、そのくせ育児にもコミットしない男性たちを、女性を本当には知らない「メンタル童貞」だと揶揄したところ、予想外にも同世代の男性から悲しみの声が上がり、無駄に傷つけてしまったと反省するのだが、それは予想できただろうにと思う。やはり女性が軽々しく「童貞」という言葉を持ち出すのは諸刃の剣なのだなぁ、と。
筆者の澁谷氏も、文庫版あとがきにて、当事者でもない女性が男性の性にまつわることがらを研究するとは何ごとかと、理不尽な批判を受けたことを明かしている。性暴力やセクハラといった形で、男性の性のありようによって迷惑を被っている「当事者」である女性が、男性の性について研究してはいけない理由を説明していないではないかと憤慨する筆者の言い分は至極もっともだ。もちろん女性が男性の性について研究するべきだと思う。だが、ホモソーシャルの中で行われる差別や序列付けは、女性が考えるよりもはるかに苛烈で、多くの男性にトラウマを植え付けてきたのであろうこともまた事実で、女性の研究者が提唱する「処方箋」が、男性にとっては心の傷を抉るようなものになってしまっている場合も多いのだろうなと感じた。詳細をみるコメント0件をすべて表示
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