イーハトーブ探偵 ながれたりげにながれたり~賢治の推理手帳I~ (光文社文庫) [Kindle]

  • 光文社 (2014年5月20日発売)
3.00
  • (0)
  • (0)
  • (1)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 10
感想 : 1
サイトに貼り付ける

本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

Amazon.co.jp ・電子書籍 (266ページ)

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 私の宮沢賢治との初めての出会いは、小学校の教科書に載っていた童話『やまなし』だった。

    詩人の感受性がスパークしたキラキラ眩しい鮮やかな風景、クラムボンがかぷかぷわらう不思議世界。
    一瞬で私は賢治の世界に引き込まれた。

    おちゃめな変人、風変わりな天才。土の人より風の人。
    私にとって宮沢賢治は、決して暗い人ではなく、想像力にあふれ、生き生きとした魅力に満ちた人である。
    そしてこれは、まさにそんなおちゃめな賢治さんのお話なのだ。


    『イーハトーブ探偵 ながれたりげにながれたり 賢治の推理手帳 Ⅰ』 鏑木蓮 (光文社文庫)


    賢治さんが探偵とな !?
    これがワクワクせずにいられようか。

    「彼を探偵にしたいと思ったのは、聖人君子で根暗という世間の誤解を解きたかったからだ」

    と、作者の鏑木蓮さんは言う。

    鏑木さんは、羅須地人協会の黒板に思わず涙してしまう生粋の賢治ファンなのだ。
    だからもちろん、ケンジ探偵の活躍の下地にはきちんとした史実があり、安心して読める。


    四つの事件からなる短編集である。

    まあ大正時代だし、田舎だからそんなに大きな事件もないだろうし、日常の謎ミステリーみたいな感じかなと、緊張感ゼロで読み始めたら、なんと、背筋も凍るド本格だった!


    農学校の教師、宮澤賢治(ケンジ)は、親友である女学校音楽教師の藤原嘉藤治(カトジ)から、まるで、童話『月夜のでんしんばしら』のように電信柱が歩いたのを、教え子の父親が見たという話を聞く。
    さらに、教え子本人は、川を流れていく河童を見たという。
    謎を解いたケンジは、農村の貧困を目の当たりにする。表題作「ながれたりげにながれたり」。

    ケンジとカトジが法事に招かれた旧家で、客の一人が頭部を切断された姿で発見された。
    曲り家という建物の構造を利用した、驚くべきトリックとは。「マコトノ草ノ種マケリ」。

    町役場の建物内で、税務官吏が殺された。
    第一発見者の役場職員が真っ先に疑われたが……
    ケンジだからこそ解けた意外なトリックと、真犯人の思い。「かれ草の雪とけたれば」。

    毒蛾に食われて、馬が一瞬のうちに骨になった。
    綿密に計画された犯行であったが、ケンジの知識と洞察力が事件の真実を見抜く。
    後のケンジの采配が素晴らしい。「馬が一疋」。

    科学、農業、音楽、宗教、ケンジの幅広い知識が人の心を救う、ちょっと変わった探偵譚だ。


    四つの短編には、それぞれに日付けが付されている。

    始まりは、大正11年1月6日金曜日。
    年譜によると、賢治は教師になったばかりで、まさにこの日から、心象スケッチと呼ばれる詩作が始まるのだ。
    小岩井から帰って来たケンジの様子がちゃんと描かれているのが嬉しい。
    しかも手帳には、出来立てほやほやの『屈折率』が!

    実際の賢治の生涯を見ると、教師であったこの時代が、人生でいちばんキラキラしていたのではないかと思う。

    でもその一方で、最愛の妹トシの病状がどんどん悪くなっていくのもこの時期で、物語中のケンジは、最後の事件を解決したあと、容体が急変したトシを、桜の別宅から実家に移している。

    付されている日付けは、大正11年11月19日。
    物語はそこで終わっているが、この八日後、トシは帰らぬ人となるのだ。
    ケンさん、大丈夫なんだろうか……
    『永訣の朝』が頭をよぎる。

    なんかこれって。
    すごいかもしれない。
    実在した宮沢賢治という人に、作者が真剣に向き合っているのがよくわかる。


    ところで、一つ気になったのは、初出時からの改稿のせいか、人称があやふやになってしまっていることだ。
    語り手を時々見失ってしまう。
    もう一人誰かがいるようなおかしな気分……

    …………風の又三郎だ!
    イーハトーブだから、そういうことにしておこう(笑)


    ワトソン役のカトジがいい味を出している。

    マイペースで空気を読まないケンジに振り回されるカトジ(笑)
    目標物をロックオンしたら周りが見えなくなってずんずん歩いて行くケンジの、尻ポケットで揺れる手ぬぐいを追っかけてついて行くカトジが何とも可愛い。

    けんじはもちろんだが、カトジも、年譜や書簡で知ることができる嘉藤治さんを軽々と飛び越えて、とても魅力的な人物になっている。


    凄惨な事件の影に、東北の厳しい気候や貧困が垣間見える。

    「俺は不幸の二文字をなくしてえと思っとりあんす。一番ええ方法を考えとりあんす、心配せんでけらい」

    優しい方言でケンジさんが言う。


    章ごとに付けられた“作者注”で、事件現場となった場所が今どうなっているかが知れる。
    そのどれもが、今も人々に愛されていて、良かったなと胸をなでおろす。
    そんな作者の優しさは、人の心を救うイーハトーブのケンさんそのものだと、私には思えた。

    さて、次はシリーズ第二弾!

全1件中 1 - 1件を表示

著者プロフィール

鏑木 蓮(かぶらき・れん)
1961年京都府生まれ。広告代理店などを経て、92年にコピーライターとして独立する。2004年に短編ミステリー「黒い鶴」で第1回立教・池袋ふくろう文芸賞を、06年に『東京ダモイ』で第52回江戸川乱歩賞を受賞。『時限』『炎罪』と続く「片岡真子」シリーズや『思い出探偵』『ねじれた過去』『沈黙の詩』と続く「京都思い出探偵ファイル」シリーズ、『ながれたりげにながれたり』『山ねこ裁判』と続く「イーハトーブ探偵 賢治の推理手帳」シリーズ、『見えない轍』『見えない階』と続く「診療内科医・本宮慶太郎の事件カルテ」シリーズの他、『白砂』『残心』『疑薬』『水葬』など著書多数。

「2022年 『見習医ワトソンの追究』 で使われていた紹介文から引用しています。」

鏑木蓮の作品

最近本棚に登録した人

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×