忘れられた巨人 [Kindle]

  • 早川書房 (2015年4月25日発売)
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  • 本 ・電子書籍 (405ページ)

感想・レビュー・書評

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  • 騎士が出てきたり、竜が出てきたり、使われている素材だけ見ればまっとうなファンタジー。なのだけど、読み始めると思いのほか起伏が少なく、どこか靄のかかったような心許なさを覚える。タイトルにある「巨人」なる存在は最後まで登場せず、知らず知らずのうちに大事な何かをポロポロと取りこぼしてでもいるかのような手応えの無さが残り続ける。それらは本小説の主題である「忘却」の隠喩なのかもしれない。というかおそらくそうなのだろう。そもそもの旅の目的である「息子に会う」という事柄は、ふたりにとって向き合うべき「疵」といった意味合いを持ち、それが達成されるかどうかは重要ではない。おそらくは、旅において息子のことを追憶することそれ自体に意味があるのだろう。同じように、物語中で起こる出来事の数々は、その過程こそゆったり描写していくものの、オチについては割とどうでも良さそうで、やはり霧のかかった――何かを忘却している気持ちになる。
    誰も巨人のことを思い出すことが無く、しかしその不在が占める空白は明らかに大きく、何を失ったかさえ私たちは覚えていない。

    あと、確かにおじいさんの名前が格好よかった。アクセルって。高速移動の魔法とか使いそう。おばあさんの名前はベアトリスだし(FF9のベアトリクスを思い出しました)、王道の中世ファンタジーっぽい名前を使っているのはあえてなんでしょうね。

  • 忘却の霧のせいで、近頃人々の記憶がところどころ失われている。夫婦の間の懐かしい思い出も、いくらか消えてしまったようだ。そんな曖昧な世界の中を旅する老夫婦の冒険物語。長く連れ添った愛する人と手をとりながら、いろいろな人との出会いを頼りに手探りで歩んでいく。それに呼応するように、文章には事実と断片的な回想とが入り交じり、序盤から中盤は茫漠として戸惑う。また時代や宗教的な背景への知識不足のために理解が追い付かない部分もある。そんな難しさもあって読み進めるのにかなり苦労したが、頑張って読んだ甲斐があった。色々考えさせられる厳しいテーマだが、希望もある。読んで良かった。

    舞台は、アーサー王没後すぐ(解説によると六世紀くらい)のブリテン島。そもそもアーサー王自体実在性が怪しい神話的な人物だが、当たり前のように鬼やら竜やら妖精やらが登場する。源氏物語にも生き霊が出てきたりするし、ファンタジーというよりはそういう世界認識の時代なんだとも捉えられる。

    ※もし「ブリトン人とかサクソン人とかが意味不明でめげる」という場合は、漫画家山田南平さんのブログの「サクソン人って誰?」という二〇一八年五月の記事を一読することをおすすめします。

    もうちょっと踏み込んで、私の解釈であらすじをむき出しに紹介すると次のようになる。
    タイトルの「忘れられた巨人」とは、地中に葬り去った民族殺戮の歴史の記憶だ(原題は"The Buried Giant"なので、直訳すれば「埋められた/埋葬された巨人」)。
    殺戮の果てに国家平定を成し遂げた為政者は、平和の定着のため、その歴史に蓋をして前に進むことを選んだ。過去の暴力を人々の記憶から消し去るのだ。その企みは概ねうまくいっていたが、殺戮された側の人間は、正義と復讐を成就させるべく(あるいは、そういった人々の感情を利用して新たな欲望を満たすべく)、そのからくりを暴き、破ることに成功する。かくして土の下の巨人は目を醒ますこととなり、忘れられていた憎悪や怨恨がむくむくとよみがえり暗雲のように立ち込めて、地上が再び闇に閉ざされる未来が予見される……。

    と、まるで、政治活劇、偽りと復讐の二者択一、いずれもバッドエンド、という様相だが、作者はここに、主人公である老夫婦や彼らと出会う戦士や少年等の個人の人生をも丁寧に描くことを通して、確かな希望も提示していると私は思う。生身の人間同士が共に過ごすことの積み重ねでしか生まれない何か。共に過ごすことにより、時間はかかっても必ず生まれる何か。これが、私たちを良い道に導いてくれるはずだという希望。最近読んだ『クララとお日さま』にもそんな何かのことが語られていた気がする。

    物語内で霧が晴れるにつれて、読者の私も、これまで曖昧に読み進めてきた物語の筋道がクリアになっていくのがわかる。何が問題提起されているのかを認識する。スタートはここからだ。

  • ・この著者の作品をよんだあとは、記憶のたよりなさが恐ろしくなる。
    ・人間の感情にあわせて変化する場の空気の表現が上手い。

    • 中尾さん
      カズオイシグロのぼやかしだったり隠喩って絶妙だよね。初めて作品読んだ時、結構衝撃だった
      カズオイシグロのぼやかしだったり隠喩って絶妙だよね。初めて作品読んだ時、結構衝撃だった
      2022/10/21
    • ともひでさん
      たしかに。もっとも、ほとんど気がつかずに、読み流しているが笑
      たしかに。もっとも、ほとんど気がつかずに、読み流しているが笑
      2022/10/21
  • 結構前に読んだ記憶を掘り起こしてみる。
    老夫婦が息子を探しにドラゴン退治する。そんな話しだったと思うが、とても温かく靄のかかった愛を感じる印象が未だに残っている。
    Kindleの電子書籍しか持ってないから、ハードカバーと文庫両方揃えてしまおうか。今の積読が終わったら再読しよう。

  • 『分かち合ってきた過去を思い出せないんじゃ、夫婦の愛をどう証明したらいいの?』

    記憶にまつわる幻想的な冒険譚。暗くないのに暗い、優しいのに悲しい、この人が描く物語には独特の重たさがあって、本作もずーんとくる。

    命と記憶、どちらかを奪われるとしたら。
    「私」をなくした私は、誰として生きるのだろう。その時、「私」は生きているのだろうか?

    思い出と歴史がまじりながらその断片を時折投げ返してくる。忘れながら見ていた夢から覚めていくラストまで、「記憶」のことが頭から離れない一冊でした。

  •  幻想的な世界観で、記憶に霧がかかったという設定をうまく表している。ファンタジー要素が強く、おとぎ話の中の現実と文学的なメタファーの境界が溶けて滲んでいる。何かしら示唆されているのだろうなと思っても、難しくて私には捉えきれなかった。読書会とかで他人の解釈とか、文学通の開設を聞いてみたいなと思った。

    特に解せないのは以下の点。
    ・少年に最初に傷をつけたのは何だったのか?
    ・少年が縄を解いてやった少女は何だったのか?

    年をとったら、また読んでみたいと思う。忘却と許しがあったもの、反芻により濃くなった怒りや恨みが残ったっものがより顕著になるであろう年代が読んだら、また違う感想になると思う。


    ちょうど漫画の「進撃の巨人」を読んでいたので、言及せずにはいられない。過去の暴力・戦争、憎しみあい、意図的な忘却、敵対勢力間に芽生える個人的な友愛感情と両作品に共通する要素が多い。「進撃の巨人」の種本かと思ったが、「忘れられた巨人」の方が後進だった。

  • 「忘れられた巨人」(カズオ・イシグロ : 土屋政雄 訳)を読んだ。「わたしを離さないで」は嫌い、「日の名残り」は好き、「充たされざる者」は途中で挫折、と作品ごとに私の中での評価がバラバラなイシグロさんですが、この作品については、『嫌いではないが悲しすぎるだろ!』というところかな。

  • 小説で、慣れるまでは読みにくいがノッてくるとハマる、というのは多い。これは、なんと初めから最後まで面白い。
    アーサー王が死んだ後に残された世界。
    統一したように見えて、民族の間には遺恨がある。
    それが一時的に忘れ去られているが、思い出したらどうなるのか。失われている記憶が戻ったら、という問いが個人や民族に対して行われている。

  • 「訂正する力」に書かれていたギリシア人が内乱を収めるためにあえて忘れることにした、という史実を思い出した。政治だけでなく、夫婦や個人の関係などにも通じる秩序の問題を、物語の中で風刺されているように感じた。
    明確に記録しそれを掘り起こし続けることが本当に正しいのか、デジタルタトゥーのような問題も含め人間の忘れるという能力の価値に思いを馳せるきっかけになった。

  • とにかく寓話的で、私はこういう語り大好きだしイシグロの傑作に入ると思うんだけど、ラストに驚いた。そしてここまで読んできた私はいったい…と徒労感に襲われたのも事実。ちなみにオーディブルの語りの声が気に入ってはじめてオーディブルで完走した。

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著者プロフィール

カズオ・イシグロ
1954年11月8日、長崎県長崎市生まれ。5歳のときに父の仕事の関係で日本を離れて帰化、現在は日系イギリス人としてロンドンに住む(日本語は聴き取ることはある程度可能だが、ほとんど話すことができない)。
ケント大学卒業後、イースト・アングリア大学大学院創作学科に進学。批評家・作家のマルカム・ブラッドリの指導を受ける。
1982年のデビュー作『遠い山なみの光』で王立文学協会賞を、1986年『浮世の画家』でウィットブレッド賞、1989年『日の名残り』でブッカー賞を受賞し、これが代表作に挙げられる。映画化もされたもう一つの代表作、2005年『わたしを離さないで』は、Time誌において文学史上のオールタイムベスト100に選ばれ、日本では「キノベス!」1位を受賞。2015年発行の『忘れられた巨人』が最新作。
2017年、ノーベル文学賞を受賞。受賞理由は、「偉大な感情の力をもつ諸小説作において、世界と繋がっているわたしたちの感覚が幻想的なものでしかないという、その奥底を明らかにした」。

カズオ・イシグロの作品

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