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Amazon.co.jp ・本 (298ページ)
感想・レビュー・書評
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自分の通った中高一貫校が特別な薫陶を与えてくれた、という印象は正直あまりないのだが、それでも推薦図書だけはやたら挙げてくれたことは感謝している。
当時は読んだり読まなかったりだし、かつほとんど内容の記憶もないのだが、なぜかタイトルと、何か読む価値のあるものだ、という感覚だけは憶えているものだ。
そんなわけで、娘に夏の課題図書として渡したのだが、案の定当時の私同様まともに手に取っていない。なので、自分がパラパラよんだらすっかりハマってしまった。宗教というよりは物語として書かれているので、以下、私の勝手な解釈も許してもらおう。
まず旧約。
子どもの頃は、わかりやすい教訓話や、勧善懲悪の気持ちよさ、伏線回収の快楽などが一切ない、要するに意味不明エピソードの羅列に思えていた。
で、40過ぎて読むとまさにそのとおりであり、この不条理さこそが人生経験と思いっきり重なってくる。
アスリートやアイドルなどがちょっと発言するたびに、努力は報われるか否か、というしょうもない論争が始まるが、そんなものは努力の量次第、報われるタイミングをいつと想定するか(下手すれば次世代)次第、報われたとかんじるこころ次第、まるっと神様の気まぐれ次第、いや気まぐれという言葉がすでに神を自分の想像の範囲の存在と考えているという意味で不遜、そんなスケール感が迫ってくる。
そもそも、旧約はユダヤ人の民族の歴史をまとめたローカルなものだから神様も民族の都合だけを考えているのである。なのに理不尽なまでの普遍性も兼ね備えているあたりにまた不条理を覚える。
新約。
基本的に妬み深い神であり、人々が信仰を忘れるとすぐ報復する旧約の唯一神ヤーヴェが、どこまでも人々を慈しんでくださる愛の神様になるのはイエスによる思考の発展の結果(厳密には先行するヨハネなどの預言者の影響を含む)であることがよくわかる。
やはり不信心者の私でも胸をつかれるのは有名なこの一節。
「明日のことを思い煩うな。明日のことは、明日自身が思い煩うだろう。一日の苦労は、その日一日だけで十分である」。
心配するな、神様がきっとよいようにしてくださる、と。
こういうのを読むと、今ここに集中する禅などとも共通するというか、理屈のプロセスにはいろいろあっても、自分では制御できない未来への不安を取り除こうという意思が真っ当な宗教には感じられる。
真っ当かそうでないかの差は、私の感覚では、その不安を取り除くのに、その神様なり教祖なりが「信仰心以外のなにかを対価として求めるか求めないか」、その一点ではないかと思う。
その他、文学作品とか(エヴァとか)に出てくるキリスト教系小ネタの復習にも非常に有益な教養書。
さあ、うちの娘は何歳のときに再読するのであろうか、、、詳細をみるコメント0件をすべて表示
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