入江のほとり [Kindle]

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  • 2016年2月2日発売
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  • 正宗白鳥 入り江のほとり
    英語に勉強熱心な田舎の住まいの主人公辰男が、都会暮らしの兄や姉と過ごすなかで自身の身の振り方に疑問を感じつつ、離れで勉強をしていた際にランプを落としてしまい、火事を起こしてしまうお話。評論で有名な正宗白鳥の小説ということで、彼の小説はどんなものだろうと楽しみに読んでいた。
    この作品には総じて二つの構成の柱がある。ひとつは田舎コンプレックスとも言うべき都会の住人への嫉妬という視線。そしてもうひとつは、趣味人の誰もが一度は考えるであろう「好きなことをしていて生活を立てられるのか」という問いかけである。前者は地域社会に閉じ込められ勝ちであった作品時代特有の空気とも思えるが、この作品においてこれは直接後者のテーマと結び付いている。地域社会にいては話す機会はなく、使う機会も本を読むことくらいである英語という言語を学習する意義が、大正時代のどこにあったのか、ということを辰夫は兄や姉との交流の中でずっと考えている。
    作中の
    「むだなことばかり気ままに勉強していても、食う道はちっともついていないのだから」
    とは、辰夫の兄の言葉で、食うことを第一主義としている環境において、気ままな学習というのはそれ自体が意義ないものと見なされ勝ちである。今でもおそらくこういった世の中の見方は根強く残っているだろう。寧ろ時間に終われながらも多様な学習が可能な現代人の方が、この言葉に反応してしまう人は多いのではないだろうか。ちなみに私は...とても耳が痛い。(苦笑)
    さて辰男は結婚すべきという家族や兄の言葉から逃れるようにして、ランプを持って自室にこもり勉強をするのだが、ふと睡魔が差した瞬間にランプを倒して自宅を家事にしてしまう。意図的ではないにも関わらず、自宅を燃やすという惨事を招くこの流れは、いかにも辰男が「気ままな学習」を行っていた結果、一家に招いた不幸という暗示として読むことができる。よく練られた展開といっていい。ここで取りこぼすアイテムのランプは、作中何度も出現しており、兄弟に「ランプをつけっぱなしにしては危ないぜ」と言われるなど、実は伏線も張られているのであり、中々巧妙に作品全体が構成されているようである。

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著者プロフィール

正宗白鳥(1879.3.3~1962.10.28) 小説家。岡山県生まれ。東京専門学校(早大の前身)文学科卒業。キリスト教に惹かれ受洗、内村鑑三に感化される。後に棄教の態度を示すが、生涯、聖書を尊重した。1903年、読売新聞社に入社、7年間、美術、文芸、演劇の記事を担当、辛辣な批評で名を馳せる。『紅塵』(07年)、『何処へ』(08年)を刊行するや、代表的自然主義作家として遇される。劇作も多く試み、『作家論』『自然主義文学盛衰史』『など評論でも重きをなした。『入江のほとり』『人を殺したが…』『内村鑑三』『今年の秋』等、著書多数。

「2015年 『白鳥評論』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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