深い河 (講談社文庫) [Kindle]

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  • 講談社
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感想・レビュー・書評

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  • 遠藤周作という作家が好きなので、深い河も読んだ。この本にも遠藤周作独特の宗教感覚というか、目線というか、そういうものが感じられ、私には非常に好ましいものだった。この物語には様々な背景を抱えた人物が登場する。各々の苦しみと感性を背負った人物たちは、どこか過去の遠藤周作作品で出てきた人々に似ているとも感じられる。それらが集大成のように「河」に集まってくる。なんとも不思議な、それでいて因果を感じさせる物語である。

  • 世界のどの宗教であれ、無心論者の自分が宗教色の濃い本に向かうと受け止めきれなくて挫折することが大半なのだけど、これは旅行ジャーナル的な要素も多く、また作者の伝えようとせんとするところもとても分かりやすくて余裕で読破できた。

    また、言及する宗教が1つでないことも人間が作り出した観念であるところの「神」という存在のとらえ方というか認識の仕方が少し自分の中でクリアになった。

    しばらく時間をおいて再読を重ねるのが良い作品だと思う。

  • それぞれに「闇」を抱えた5人が行き着く先はーー。

    前半は複数の視点や交差するストーリーに引き込まれたが、
    後半は集中力が切れてしまった。

    もっとゆっくり、じっくりと読めば良かった。

    再チャレンジしたい。

  • 令和2年10月 
    ツイッターか何かで、一番感動した本として上げれていたので、読んでみる。

    インドに行く。そこで、ガンジス川を感じる。

    深い河って、ガンジス川のことね。そして、深いって深度ってことじゃなくて、器のことですね。

    出だしで、号泣でした。結婚して、数十年。子供なし。会社一筋の旦那。そんな夫婦の奥さんがガンで死んでいく。その奥さんの最後に、私を探してって

  • 「ガンジス川の聖なる水に浸る時はすべての罪障は浄められ、死が訪れた時、その死体の灰を河に流されれば臨廻から解放される。」(P215)
    この作品では様々な思いを持つ人々の生命と死が混在するガンジス川の様子とそこに訪れるツアー参加者それぞれの複雑な事情を描いている。どの参加者にも共通することはみな、何かしら大切なものが欠けていることであった。
     このツアー参加者の中で磯辺という人物がいるが、彼には末期がんを患っている妻がいる。余命が残り3、4か月であることを知った時、妻に今まで支えられ、愛されてきたのだがそれに見合うような恩や愛を与えられていないのではないかと彼は悩まされる。その中でも、妻は死ぬ間際まで生まれ変わることを信じ続けていた。それでも磯辺は始めから転生など不可能だと思っていた。しかし実際に失った後、妻が家にいないという非日常の日々を過ごす中で最後の遺言を忘れられずに妻の存在を探している磯辺の描写が幾度となくある。そして彼は本当の意味で妻を愛することはできていたのか、結婚とはどういうことを指すのかなど自問自答を繰り返す。
     「妻は夫にとって空気のようなものになればいいのです。」(P202)
    これは妻を失う前の結婚当時の磯辺の言葉である。現代社会でこのようなことは決して他人の前で言うことはできないくらい冷たく、愛のない、まるで何かの作業であるかのような結婚観であったと考えても良いのではないか。仕事第一に生きていた彼に謙虚で空気のような安心感と愛で優しく包み込んできた妻の気持ちなど考える余地もなかろう。ツアーに参加していくなかで彼の結婚観の間違いに気づき、妻の転生を願う姿に彼の生身の人間らしさを私は感じた。
     次に注目した登場人物は成瀬という人物である。彼女もまた、転生を信じない人であった。そして人を真に愛することができず、一度も誰かを愛するということをしなかった。しかし、彼女にとって大学時代に出会った大津という人物だけはいつも冷徹に接するが無関心ではいられなかった。彼は母のぬくもりである『玉ねぎ』を一生信じ、ガンジス河も『玉ねぎ』という愛の河であると異端な主張する者だった。大津と再会し手紙のやり取りをする中で成瀬の考えも変化していく。
    「信じられるのは、それぞれの人が、それぞれの辛さを背負って、深い河で祈っているこの光景です」(P338)
    成瀬は自らの人を愛することができない悲しみや、大津のような一般的に理解されがたい『玉ねぎ』などの永久の願いを重ね合わせてこのガンジス河に祈っているのではないかと私は考える。その後大津は自身の命を失うことになるが、なぜそこまでして『玉ねぎ』を信じたのか。私は彼の中で転生への考えが大きく、それと同時に『玉ねぎ』のためであれば自分の一生をすり減らしても良いと信じていたからなのではないかと思う。
    そのような意味でこの河は複雑で、多くの人のそれぞれの想いが入り混じり河をより濁らせている。彼らに共通しているのは大切な存在を失ったことで、転生という考えに寛容になったということではないか。そしてどちらも真の愛や一生の何かを得ることを目的としていると感じた。

  • 「ぼくが神を棄てようとしても…‥神はぼくを棄てないのです」
    「ツカダさん。わたし、祈る。わたし、祈る」
    「それしか……この世界で信じられるものがありませんもの。わたしたちは」

  • インドで読んだ。情景が生々しい。
    救われたようで救われない話。

  • 日本人的汎神的感覚を突き詰めていくとガンジス河、に充分理解が追いつかないのが無念も、うーん、と考え込まされる小説。相変わらず、温度も湿度も色も全く異なる場面を前後に挟む効果は絶妙だし(病院や上智大学からの、インド)、ガストンさん、九官鳥、インパール、チャームンダー、と魅力的な小道具が沢山。占い師の場面ではジム・キャリーの「マン・オン・ザ・ムーン」を思い出す。三条夫妻はじめ、薄っぺらいキャラが複数いるのに不満は残るが、大津さんの存在は圧倒的で、特に「弱ったな」って台詞に痺れた。次は何を読もうか?

  • 本作が書かれた20年前に読んだら、今とは違う感覚だろう。登場人物の女性の話し言葉が、昔の映画女優を髣髴とさせる。高度経済成長をささえたサラリーマン、過酷な従軍をした人の姿は、現在の物語にはなかなか見られない。けれども物語の深奥を流れる人生観、宗教観などは普遍なのだと思う。すべてが劇的で一気に読んだ。

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著者プロフィール

1923年東京に生まれる。母・郁は音楽家。12歳でカトリックの洗礼を受ける。慶應義塾大学仏文科卒。50~53年戦後最初のフランスへの留学生となる。55年「白い人」で芥川賞を、58年『海と毒薬』で毎日出版文化賞を、66年『沈黙』で谷崎潤一郎賞受賞。『沈黙』は、海外翻訳も多数。79年『キリストの誕生』で読売文学賞を、80年『侍』で野間文芸賞を受賞。著書多数。


「2016年 『『沈黙』をめぐる短篇集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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