◆ 真に護るべきものとは… ◆
以下、WOWOWの解説より引用させていただきます。
※戦場帰りでPTSDに苦しむヴァンサンは軍務を続けられないと診断され、休暇を取らされる。そこで友人の紹介で、アラブ系フランス人の大富豪ワリードの豪邸でボディガードをする日雇いのアルバイトを引き受ける。
ストレスや欲求不満に苦しむヴァンサンだが、いつしかワリードの美しい妻、ジェシーに好意を抱くように。ワリードが海外出張に行っている間、ヴァンサンはジェシーとその幼い息子を護衛するが、暴漢たちに襲われ……。 ※
内容は番組解説欄にあるとおり。
このところWOWOWさんでOAされる作品の邦題および副題が多くを語り過ぎていたり、的外れなネーミングをされてしまっていることに失望している筆者であるが…。
本作もそのグループ入りをしてしまった勘ありき作品。 『ラスト・ボディガード』ボディガードと名付けられると、どうしてもケビン・コスナー主演のあのイメージが湧いてしまい、本作も概ね依頼人の富豪夫人と雇われしボディガードとが恋に墜ちて云々…と然程の期待もなかったのだが、ただ監督が『博士と私の危険な関係』のメガホンをとったアリス・ウィンクール女史であることと、個人的にダイアン・クルーガーの美しさに惹かれているので観賞に至った。
アフガニスタンからの帰還兵ヴァンサン。 過酷な戦場でPTSDに陥るに具体的なシーンが無いため、観ている側にアフガニスタンという戦場に送り込まれし者が辿り着く先=PTSDは推して知るべし!的な委ねられ方をして済ませてしまっている辺りは、やはり女流監督だからかなあぁ…といった面持ちにさせられる。
しかし某インタビューに於いてウィンクール監督は、こう述べているーーー
*「映画のジャンルで一般的に男性に限定されている領域の方へ行ってみたかったのです。この分野を選択した中には間違いなく、現代の女性監督には《全てが許される》ことを再確認するという思いがあります。」*
であるならばもう少し果敢にアフガニスタンでヴァンサンの心が眼の前の現実に耐えられず剥離していく様を網羅しても良かったのではないか? …と、ふとそんな気がしてしまった。
何と本作の撮影は2ヶ月間も閉めきったセットの中で撮影したとのこと。 アンティーブにある広大な一軒家を貸し切って行なったらしい。 絶えず雷雨と暴風雨に遭っていたという記載もあったので、本編に於ける土砂降りのシーンは実際に見舞われた雨だったのかもしれない。
また同監督は本作品を主演のマティアス・スーナールツのために書いた…と語っておられる。 彼は撮影中に睡眠もとらず自らを体調不良に追いこんでいった様子。 役者魂を見せて臨んだということだろうか。
富豪夫人ジェシーに関して監督は、「トロフィーのようなお飾りの女性」として、真に愛されることが無いことで上辺だけの人生の中で自分を見失っていくという姿を描きたかったとも語っておいでになる。 『イングロ…』で見せてくれた美しさをクルーガーは本作でも余すところなく見せて下さっている。
満たされた生活に在って、心はいつも夫の仕事に暗躍する影に怯え続けている。 そんな富豪夫人の複雑な心理描写を彼女は実に巧く演じている。
タイトルから推して、そんな雇い主の夫人とボディガードとの甘っちょろい恋が展開していくものとばかり思いきやそれは無く・・・
筆者の天の邪鬼な性格(?)からか、この原題『Maryland(Disorder)』の「メリーランド」について、こじつけたくなるものを感じてしまった。 外科のオペに用いられる剥離鉗子の中に「メリーランド型」という鉗子があることに気づいた。
(Disorder)は「無秩序/調子を狂わせる/混乱している」といったような意味をもっているらしい。
ヴァンサンの深き心の負傷を癒やすにはジェシーという名の鉗子が、戦場の苦悩に癒着した表皮の1枚1枚をまさしくデリケートに剥離していくことが一番だったのかもしれないが***
ラスト、、、ジェシーは本当に戻ったのだろうか? いや、幻影だったのだろうか??
尊い命が使い捨てにされる戦争と武器を売る死の商人。
《恐怖、蔑み、絶望、憤怒、策略、嘲り》が渦を巻きヴァンサンを襲う時。
その幻聴、幻視を暫し共に体感しながら、先般のバラク・オバマ大統領の広島訪問に於けるスピーチを思いだしていた筆者であった。