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感想・レビュー・書評
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編者の筒井清忠氏は昭和史とは「幾重にも逆説の重なった複雑なプロセス」であると言う。自戒を込めて言うのだが、だから読者が最も警戒しなければならないのは、左右を問わず「単純な歴史」である。戦後あまりに単純な左翼史観が幅を利かせてきたが、近年それへの反動から資料的根拠の乏しい俗説に満ちた「目から鱗」の歴史本が氾濫している。市井の人々が歴史に関心を持つのは喜ばしいことだ。だが過去を単純に裁断する者は同じように未来をも簡単に構想し、現実の複雑さに足元をすくわれる。だからこそ、今最も必要なのは、歴史を単一の論理に還元する左右のイデオロギーから自由であり、信頼に足る実証史学の成果を踏まえながらも、一般読者が容易にアクセスできる手軽さを備えた本書のような書物だ。
言っておくが、歴史書を読んでスカっとしたい読者には本書をお薦めできない。分かりやすい理論や解釈では説明できないことは山ほどある。それが歴史というものだ。幣原喜重郎が善玉で松岡洋右が悪玉であると信じたい読者も、反対にその逆であると信じたい読者も、本書を読めばことはそんなに単純でないと解るだろう。いずれも何がしかの功があり何がしかの罪がある。満州事変や日中戦争についてもそうだ。まさしくそれは「自衛」と「侵略」が幾重にも重なった複雑なプロセスなのだ。
評者などは通史というものはその道の碩学が単著で出すものだという古臭い固定観念があり、分担執筆というのはどうも二流品のような気がして食指が動かなかった。実際、有名教授を編者に頂き、そのネームバリューで弟子筋の若手に発表の機会を与えるだけのコンセプトのはっきりしない中途半端な本も少なくない。だが本書は違う。執筆陣は70年代生まれの比較的若手が中心だが、ほとんどの執筆者が単著で本格的な研究書を公刊しており、実績は申し分ない。加えて、昭和史の専門領域の細分化が進み、単独で最新の研究成果を踏まえた通史を書くのが困難になっている現状を踏まえるなら、むしろしっかりした編集方針のもと、各分野の最先端の研究者が分担執筆するほうが理にかなっている。本書はその成功例と言ってよい。新書でこれだけの密度の濃い本も多くはない。お買い得だ。詳細をみるコメント0件をすべて表示