宇沢弘文の経済学--社会的共通資本の論理 (日本経済新聞出版) [Kindle]

  • 日経BP (2015年3月12日発売)
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  • アダム・スムス国富論では、人間の最も基本的な表現は「生き、喜び、悲しむ」という人間的感情だとした。
    このような古典派経済学の本質を明快に解き明かしたのがジョン・スチュアート・ミル。ミルはそれまでの自由放任の経済的自由主義の考え方を超えて、人間的尊厳を守り、魂の独立を求め、市民的権利を最大限に保証するというリベラリズムの理念を謳った。
    このリベラリズムの思想を経済学の体系として定式化したのが、ソースティン・ヴェブレン。「人間的尊厳を守り、魂の独立を求め、市民的権利を最大限に保証する」というリベラリズムの考え方に適合した経済体制を実現しようとする主義(制度主義)の考え方を社会的共通資本という形で具体化した。
    ヴェブレンは快楽主義を批判。人間はそんな快楽と苦痛を電気刺激のように計算する機械ではないとした。また、近代資本主義制度を形作るのはマシーン・プロセスを具現化した産業と、この骨格に生命を与え営利企業ではるが、この両者の間には対立があるとヴェブレンは考えた。投機的成立をもつ営利企業によって、企業の「実態」はそんなに変わっていないのに、企業の発行する株式や負債は流動性が高く、そこでは企業の実態的な側面を反映するよりも、「金融資産保有に伴って得られる投機的利益に対する期待」によって作られる。ヴェブレンはこのように金融パニックを予測した。また、このような金融の世界の専門家たちが企業の管理を規則権益として獲得・保有することで企業は「反社会的になる」とした。

    ヴェブレンの主張の中で存在する「社会的共通資本」。それは1つの国や地域が、ゆたかな経済生活を営み、文化を展開し、人間的にも魅力ある社会をサステナブルに安定的に維持することを可能にする自然環境や社会的装置だと定義できる。土地、森林、道路、水道etc。こういった社会的共通資本の管理は、独立機構によって管理される。どういった社会的組織がその管理、維持をするか、そこから生まれるサービスをどのような基準で社会の構成員に配分するのかが重要な課題。

    森林のような自然資本に対して、どれを管理するための社会的組織として「コモンズ」という制度がある。

    社会的共通資本のネットワーク=人々が生存、生活するための基礎的な場。市場経済制度はこういったネットワークの中で機能する。
    市場経済制度とは、生産・商品のプロセスで必要とされる資源はすべて原則として私有・売買を許されると考える。土地、工場、あるいは財貨、サービスなど。市場制度では、得られる報酬=各経済主体が自分が持っている資源が市場でどれだけ高く評価されるか。こういう世界観なので、市場経済制度の中では効率的な資源配分が重要なので、公正性などは無視される。

    いわゆる新古典派は、職業や思想の自由といった考え方に基づいて、富めるものが富むのは市民の権利だとしていた。しかし、希少資源は常に私有できるものではない。また、生産手段をただ効率に基づいて変えれば様々な摩擦が生まれる。所得配分の公正さもない。こんな制度なので、19~20Cは失業や貧困が起きた。この時代に生存権という考え方が生まれる。

    っけインズはまさに市場経済制度に対して、希少資源の私有制や所得配分の問題ではなく、完全雇用の実現に分析の焦点をあてた。
    ★市場経済のもとでは、所得保障を通じて市民の生活安全性をカバーしようとしているが、本当に所得保障によって実現できるのだろうか?という問題がある。なぜって、お金を配ればインフレで価格が高くなるから、生活必需品の財貨・サービスの価格も高くなってしまう。このようにして最低所得水準はどんどん上がっていってしまう。
    だから、社会的共通資本の思想としては、市民の基本的生活に係る財貨・サービスのうち、必要度が高く代替性が低いものについては、公的あるいは社会的メカニズムによって供給しましょうと考える。こういう仕組みをどう実現するか。

    まずは社会的共通資本の特徴を考えてみよう。1. 私有が認められないが、そのサービスをどれだけ利用するかは個人が決められる。(例:道路)2. 社会的共通資本は国民経済の全構成員が必要とするだけには足りない場合が多い。これは混雑現象と言われる。このような特徴によって、社会的共通資本は、何らかの方法でその使用を制限しないと所与である社会的共通資本から生み出されるサービスを効率的に配分できない。

    ここで出てくる考え方が「限界的社会費用」という考え方である。これは、Aさんが社会的共通資本サービスを1単位使うと、混雑現象を誘発して他の人達にどれだけ影響を表すのかを示す。いわゆる社会的共通資本の相対的希少性を表す。
    これは、その社会的共通資本が「どれだけ使われているのか」ということと「そのような規定がもうけられているか」によって決まる。

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著者プロフィール

中央大学研究開発機構教授
中央大学地球環境研究ユニット(CRUGE)責任者

「2000年 『地球環境政策』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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