人間と機械のあいだ 心はどこにあるのか [Kindle]

  • 講談社
4.00
  • (1)
  • (1)
  • (1)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 11
レビュー : 4
  • Amazon.co.jp ・電子書籍

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • 単純にどんなロボットを作っているかということを知りたくて読んだ。単純に外見や動きを生物に近づけるよりも、フィードバックを返す仕組みを用意する方向が流行りの方だ。確かに考えてみれば、アニメキャラというのは生身の人間から離れた外見をしている。それでものめり込む人が多くいるのだから、外見は記号的なもので済ませておいて、振る舞いを追求した方がいいのかもしれない。

  • たまたま立ち読みしたら、ちょうど気にしていた「進化」のテーマで語られていて、すぐに買って読んだ本。非常に示唆に富む内容でおもしろかった。

    順不同になるけど、まずは石黒先生の研究結果やALIFEの話として以下が語られる。このあたりはこれまでの講演で聞いた内容。
     ・「心」は観測者に依存する可能性がある
     ・複雑性からのパターンの発露、ロバスト性が生命性に関係する

    また、言葉が新たな概念を規定し、これが世界を広げるという前提のもと、自然の人工物への置き換えが宇宙の法則の克服に繋がるとしており、このあたりはテクニウムやシンギュラリティの議論、さらには持論である「進化の意味」とも符合していた。

    その上で、次の2つの大きな発見があった。

    1つ目は意識と時間概念の関係。意識とは観測主体であるところ、「意識」という観測主体を自分の中にもって、再帰的に観測することで、時間概念を克服し、これにより記憶を獲得しているという話。現実の時間の制約から自由になることが、記憶や意識といった次元の知性の根本原理である可能性がある。

    2つ目は、インターネットがなぜ意識を持つのか、ということのロジック。マッシブ・データ・フローが生むパターンや、ウェブにみられるデフォルト・モード・ネットワーク、あるいは「興奮と抑制」が人間の意識に相似する、という現象もおもしろかったのだけど、それ以上に、上述の「自分の再帰的シミュレーションによる時間概念からの脱却」がインターネットにも起きていて、これに基づき意識の可能性を示唆している点がおもしろかった。



    ・自己意識と記憶と時間概念
     -自己意識とは「記憶を参照する主体」
     -記憶は時間概念を捨てることにより獲得される
     -自由意志
     -意識により編集される時間

    ・言葉と概念と進化
     -技術開発が止まらない理由
     -進化とは「自然の人工物への置き換え」による支配
     -次の知性は時間概念を超える
     -言葉により意識が生まれる
     -言葉を作ることにより概念が深まる

    ・心と機械
     -心の本質は観測主体にある
     -不気味の谷と生命
     -社会的相互作用としての心と機械

    ・ALIFE -生命の原理
     -ALIFE
     -観測者か、最小要素か
     -ロバスト性と生命性
     -ホメオタシス
     -複雑性から生まれるパターンと生命性
     -Massive Data Flowと生命
     -デフォルト・モード
     -オルタのアルゴリズム

    ・インターネットは心をもつか
     -ウェブのデフォルト・モードと興奮と抑制
     -センサーが心を作る
     -自分の再帰的シミュレーションにより時間概念を取り除く

  • 『人間と機械のあいだ』(石黒浩、池上高志共著)。人間と機械の境界はそれほど明瞭ではなく、時間・空間・記憶といった物理的数学的概念の導入、はたまた生命性の定義といった哲学的抽象論もマストで考慮しなければならない。機械人間オルタの開発を通じた思想書。

    僕の考えている意識とは、クオリアではなく自己意識である。自己意識とは、自分のことを第三者視点で見ている自分のこと、つまり自分を自分であると認識している意識のことである。3%

    意識とは「世界」と「自分」のモデル化である。脳内に作られた仮想世界で自分をシミュレーションしているのだ。「世界」の認識と「自分」の認識、それが同時に脳内で起こっている。4%

    人間の機能の技術への置き換えは、人間をモデル化することによる人間理解であると同時に、消去法的な人間理解の方法でもある。技術によって置き換えられる部分には人間の本質がないと考える人は多いだろう。では、人間の身体をどんどん機械に置き換えていったとき、最後に人間のコアのようなものが、果たして残っているだろうか?8%

    「アンドロイド演劇」
    「心」とは社会的な相互作用に宿る主観的な現象だということになる。12%

    人間とは技術を使う動物であり、技術によって進化してきた。その技術が作り出すロボット社会において、人間はその本質に向き合うことになるのである。人間の真の進化とは、人間そのものの本質的理解に到達することなのかもしれない。12%

    心は存在か、現象か 18%

    ALIFEにおけるLIFEとはなんなのですか?
    池上:僕は「理解したいと思ったときに、中を開かないでも(から)理解にたどり着けるようなシステム」と答えています。53%

    【生命は主観の問題か?】54%
    科学研究としてやるときには、生命に「自己維持・自己複製・自己修復」などの定義を与えます。

    想像力が生命の要件なのか?61%

    生命は抽象的で数学的な代物であり、見かけではない。電気回路、ロボット、化学反応、コンピュータのプログラム、どこにでも生命が創発する余地があってもいいじゃないか。それが人工生命の研究である。97%

  •  東京大学の池上教授は人工生命の研究者で、大阪大学の石黒教授はロボットの研究者。池上教授は本書で初めて知ったが、石黒教授は人間そっくりのロボット(アンドロイド)を作っていることで有名だ。彼の作ったアンドロイドを用いた平田オリザの演劇プロジェクト「アンドロイド版 三人姉妹」を観劇したことがある。

     さて本書は彼と人工生命の研究者の活動と対話を通して、生物とは何か、心とは何か、人間が対象を人間あるいは生物と感じる条件は何か、といった問題を考察している。内部構造やルーツから考える生物学的なアプローチではない所が新鮮だが、やや哲学的な議論に入り込んでしまっており、後半はちょっと何を言ってるかわからないと感じた。

     ただ、本書で紹介されているアンドロイドは見てみたい。

全4件中 1 - 4件を表示

著者プロフィール

池上高志(いけがみ たかし)
1961年、長野県生まれ。複雑系・人工生命研究。東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。理学博士(物理学)。現在、東京大学大学院総合文化研究科教授。人工生命(ALIFE)に新たな境地を切り拓き、研究を世界的に牽引。アート作品でも注目される。著書に『動きが生命をつくる』『生命のサンドイッチ理論』など。

「2016年 『人間と機械のあいだ 心はどこにあるのか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

人間と機械のあいだ 心はどこにあるのかのその他の作品

人間と機械のあいだ 心はどこにあるのか 単行本(ソフトカバー) 人間と機械のあいだ 心はどこにあるのか 池上高志

池上高志の作品

外部サイトの商品情報・レビュー

人間と機械のあいだ 心はどこにあるのかを本棚に登録しているひと

ツイートする