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Amazon.co.jp ・映画 / ISBN・EAN: 4589921404686
感想・レビュー・書評
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撮影時、メリル・ストリープは67歳でヒュー・グラントは56歳。音痴でも人気の高い歌手は日本では珍しくないが、実力本位の米国では、その存在自体が稀有なケースだったのでしょう。それにしても、米国でのお話なのに、ヒュー・グラントのクイーンズイングリシュをなぜ直さなかった?
『マダム・フローレンス! 夢見るふたり』(Florence Foster Jenkins)は、2016年のイギリスの映画。日本での公開は2016年12月1日。第29回東京国際映画祭特別招待作品(オープニング作品)。実話を元としている。
フローレンス・フォスター・ジェンキンス(Florence Foster Jenkins, 1868年7月19日 - 1944年11月26日)は、米国のソプラノ歌手。ペンシルベニア州で生まれたフローレンス・フォスターは、幼い頃から音楽教育を受け、音楽留学を希望していた。しかし父親が費用の支出を拒んだので、彼女は医師で後に夫となったフランク・ソーントン・ジェンキンスとフィラデルフィアに駆け落ちした(のち1902年に離婚した)。そこでピアノ教師をして生活していたが、1909年に父親が亡くなると、両親と前夫から反対されていた歌手の道へ歩むのに十分な遺産を相続し、フィラデルフィアで音楽生活を始めた。自らヴェルディ・クラブを創立して基金を積み立て、歌唱のレッスンを受け、初めてのリサイタルを1912年に開いた。彼女の演奏したレコードを聴くと、ジェンキンスは音程とリズムに関する感性がほとんどなく、極めて限られた声域しか持たず、一音たりとも持続的に発声できないこと、伴奏者が彼女の歌うテンポの変化と拍節の間違いを補って追随しているのがわかる。にもかかわらず、彼女はその型破りな歌いぶりで大変な人気を博した。聴衆が愛したのは音楽的能力ではなく、彼女の提供した楽しみであった。音楽批評家たちは、しばしば彼女の歌唱を皮肉まじりに説明し、それがかえって大衆の好奇心を煽る結果となった。
彼女は自分を名高いソプラノ歌手フリーダ・ヘンペルやルイーザ・テトラツィーニに比肩しうると考え、自分の演奏中にしばしば聴衆が笑い出すのを、ライバルが職業的な競争心からやらせているのだと思い込んだ。しかし、彼女は批判に気付いており、「皆さん私が歌えないとおっしゃいますが、私が歌わなかったといった人はいませんわ」などと述べた。
フローレンスがリサイタルで立ち向かった音楽はモーツァルトやヴェルディ、R.シュトラウスなどの一般的なオペラのレパートリー(そのどれもが彼女の歌唱技術を大きく上回る)、ブラームスの作品やホアキン・バルベルデの『カーネーション』(お気に入りのアンコール曲)などの歌曲に加え、彼女と伴奏者(Cosme McMoon)が自ら作詞作曲した歌曲などを交えたものであった。彼女はしばしば衣装にも凝り、時には翼のついた金ぴか衣装をまとって現れた。そして『カーネーション』を歌うときには扇をはためかせ、髪に挿した大量の花を見せびらかしながら聴衆に花を投げたものである。
聴衆はもっと多く出演を望んだが、フローレンスは少数の気に入った会場でたまにしか出演しないようにしていた。そして、ニューヨークのリッツ・カールトンホテルの舞踏会場で年ごとのリサイタルを開いた。彼女のリサイタルに出席できたのは、彼女の忠実なファンクラブの婦人とその他特に選ばれた人々だけであった。彼女は羨望の種であった切符を自ら配布していたのである。1944年10月25日、76歳の彼女はついに公衆の希望に応じてカーネギー・ホールの舞台に立った。期待が高かったため、切符は公演の何週間も前に売り切れた。フローレンスはその1ヵ月後、マンハッタンのセイモアホテルで亡くなった。(Wikipedia)詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
歌が下手なのを超越して、人生に希望を与えてくれる。
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良い。
名演。名女優。名男優。
上手いだけが人の感動を生む訳では無いのだろう。 -
年齢は関係なく、才能も関係なく、やりたいことをやり抜いたマダム(メリルストリープ)はとても魅力的だった。
それを支えるシンクレア(ヒューグラント)も、いい加減な部分を残しつつ、マダムに深い愛情を持っているのが随所に感じられ、とても良かった。
メリルストリープの歌声、ヒューグラントのダンス、ピアニストのサイモンのおどおどした演技など、思い出すと笑えるシーンがたくさんある。
意外と感動した。 -
フローレンス・ジェンキンスのお話。メリル・ストリープはどうしても外している感があって、(うまいから)違和感がすこしのこる。けれど、やっぱり名女優ですね。ヒュー・グラントは少し見ない間に白髪混じりになっていて、驚いた。
本人の歌声はレコードがあるのがびっくりするくらいに音痴で、正確ではないのに、聴いていくとひきこまれて、次第にはすきになってる。本人の人柄も良かったらしく、人気の理由はそこにもあったのも、映画を通して理解できた。音楽がすきだという気持ちがよく伝わってくるし、楽しんでいるから、ついつい何度でも聴いちゃう。今の所こうもりがお気に入りです。 -
これは美談なのか? 勘違い女のイタイ話というだけではないか。
とんでもなく下手な歌が人気を博してしまうというシチュエーションは笑えますが(メリル・ストリープが本当に歌っているわけではないでしょうが、インパクトのある歌声でした)、何も知らない彼女を笑いものにするというのはあまり趣味がよろしくないかと。結局気づいた本人は傷ついて死んでしまうのですから、なんとも後味悪いです。 -
音痴でありながらカーネギーホールでコンサートをした実在の人物を映画化。
これは面白いなぁ。
メリル・ストリープの音痴の演技が完璧! ヒュー様の存在感もいい。
音痴を本人に隠すという設定の面白さ。その献身と勘違いがカーネギーまで行ってしまうのだからすごい。
最後の展開のカタルシスも良い。よく"笑わせる”と"笑われる"は違うというが、本当の笑いにはそういうとこを超えた何かがあるように感じた。 -
ひたむきな献身と「知らないことの方が幸せなことがある」ということをまざまざと描いた実話映画。嫁さんには献身的なのに愛人がいる旦那さんとか色々と気になる描写があったりしたが、そこら辺も一筋縄じゃいかない人生の苦みなのかなと。
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歳をとってもヒュー・グラントは、
どうしてこんなにも二枚目半が似合うのだろう。
そうしてあんなに歌のうまいメリル・ストリープが、
音痴に歌う演技がすごい。
やけに人間味を掘り下げるより、
コメディとして描いているからこそ面白かった。
伴奏役が実は良いスパイス。 -
おばちゃんリサイタル絶賛上映中
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2017.12.26
「マーガレット・サッチャー」とは全然違う役所のメリル・ストリープ。さすが。
実はというからビックリ。
マダム・フローレンスは誰よりも「ピュア」だと感じた。純粋であり、無垢である。本当に音楽を愛してたんだなぁ。あと、心の広くて強い女性だったんだね。
ヒュー・グラントってどこがダメな役が多いんだけど、キリッとした感じでカッコよかった。 -
観了。
『ビッグバン・セオリー』の大好きなサイモン・ヘルバーグが出ていると聞いて観てみた。
あまり期待はしていなかったけど、なんだか良かった。
最初は何も知らないマダムを滑稽だし、ただただ可哀想な人としか見れなくて、更にそれに振り回される人達大変、でも自分たちでそうしてんだから仕方ねぇかぐらいだったけど、途中から切なさや哀愁まで感じてきた。
サイモンは安定のピアノの巧さ。 -
なぜだかやたら泣けた。普通の形じゃないかもしれないけど、それでもこの夫婦の間には確かに愛があると思った。シンクレアの笑顔がいい。
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1944年、ニューヨーク。
お金持ちの優雅な遊び。
純粋で滑稽。でも一生懸命な姿ってなんでこう胸を打つのか。
歌いたいマダムと、マダムの音痴の悪評を揉み消し続けるシンクレア。
マダム・フローレンスの箱入り娘感も、音痴だけど音楽を心から愛している姿も、とても魅力的。
シンクレアは献身的な夫というよりも有能な秘書ってかんじ。愛しているんだろうけど、どこかビジネスライク。 -
ピアニストさんが秀逸。
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