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みんなの感想まとめ
アナキズムについての新たな視点が得られる一冊で、著者は鶴見俊輔の定義を通じて、アナキズムが権力による強制なしに人々が助け合って生きる理想を追求する思想であることを明らかにしています。従来の国家転覆やテ...
感想・レビュー・書評
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著者が紹介する鶴見俊輔のアナキズムの定義は、『アナキズムは、権力による強制なしに人間がたがいに助けあって生きてゆくことを理想とする思想』である。
僕は、アナキズム、無政府主義というのは、国家転覆を狙ってテロを繰り返すものかと思っていたが、主流は、そうではなかった。
ダーウィンが相互扶助を唱えているとは知らなかった。
『もっとも繁栄し、もっとも多くの子孫を作る群れは、もっとも共感し合うメンバーを最大に擁したものである。』
適者生存は、激烈な生存競争によりもたらされると考えられているが、相互扶助を行った生物こそが子孫を繁栄させるというのだ。
非常にフランクにくだけた文章で書かれているが、著者の森元斎は、アナキズムに関する本が現在ほとんど書かれていない事を考慮し、執筆を決め、資料を求めてスイスのローザンヌのアナキズム文献センターまで行った、本格的な書である。
海外のアナキスト5人が紹介されているが、本書を読むことにより、アナキズム全体がわかるようになっているのではなかろうか。
更にアナキズムについて知りたくなったが、残念なのは、読書案内がないのである。
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NDC(10版) 309.7 : 社会思想
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あえてこのような文体で書いているのか? よくわからない。
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国家なんて要らない。
たしかに、その意識が編み出される状況がこの世界には少なからずあることは間違いがない。でも、いまの日本で、こんなことを言いだす奴がいたとしたら、そいつは悲しいほどの幼稚なガキだと見做すことしかできない。いまを生きている自分を、いまを生かされている自分を、その自分を取り囲む世界を相対的に捉えられることができない、バカでしかない。リベラリズムが落ち込むところはいつだってそこなんだ。自分の住む国を好きじゃないとか嫌いだとか、とにかく否定せずにはいられないそういう振る舞いはもちろんのこととして、例えば、原発ゼロを騒いだり、男女平等を殊更騒いだり、平和主義幻想を盾にして独裁や軍国主義なんていう時代錯誤のありもしない妄想を担ぎ上げたり、強いて挙げれば、大したことのない病気で大騒ぎする状況を巻き起こしたり、自分たちのことは棚に上げながらたったひとりの人間の不完全なところをよってたかって袋叩きにしたり、環境や自然、エネルギーという社会基盤の話において、綺麗事を眩された新しい利権が作り出され置換されただけの似非指標に自分たちの生活を丸投げすることも、すべてはまるで繋がっている。こんなことを繰り広げる社会がそばにあるのだとしたら、そんなものは要らないという気持ちになっることだって、それは不自然なことじゃない。
でも、日本はそうではないんだ。そのはじまりからいままで、けっしてそうではなかったんだ。変わってしまったように見えているけれど、そのほとんどはいまも何も変わっていないんだと言える。ほとんどのふつうの日本人はその感覚を共有できている。共感できている。それはわざわざ言葉にしなくても、イデオロギーのように担ぎ上げなくても。ごくごくふつうに当たり前に内に抱えているものだからだ。その共有共感こそが、寄り集まってひとつの姿として、言い換えれば国というものになるだけなのであって、言ってしまえばそれだけしかなく、だからこそ、揺るぎのないものなるということなんだろう。
ばか騒ぎするリベラルは、だからこそますます余計に、ばかばかしい姿をさらけ出すようになる。自分の足元が見えていない。自分がどうやって生きているのかが掴めていない。頭だけが賢くなった愚かものたちがいつもそこに堕ちていく。見事なくらいに堕ちていく。
革命という言葉がきらいだ。革命なんてことばを簡単に口にするやつらが到底信用ならない。観念的な言葉に飲み込まれるしかないそういう存在がいつだって鼻持ちならない。
でも一方で、革命の概念をきちんと共有できる存在もきっといることを想像できる。そういう世界の話をいくらでも語り合える、たくさんの世界観を共感できるような存在はたしかにいてくれると思っている。アナキズムの思想の歴史に表れてくる彼らはそういう存在だったのではないかと想像する。
ルクリュは歩いた。どこに行くにも、どこまでも行くのに、どんなところへだって、自らの足で歩いていった。まっさきに歩き出していた。その過程で途中で見聞き体験したものを自らに取り込みそれらをまとめっていった。大らかに言えば地理学といっていいものをひたすらに捉え、素晴らしい成果を築いた。自らでただひたすらに歩き続けたその結果として、だれよりも人間科学を広く深く摑まえる、そんな人になったんだ。その足並みに揃えながら、当然ながら思想家であり続けた。そして、革命家として生きていた。なんどだって言う。革命というのならば、それはただ漸進することでしかない。言ってしまえば歩き続けることでしかない。それはきっと、歩き続けることと同じ意味だ。
まっさきに歩き出してしまう。いつだって歩いている。歩くことがきっと好きなんだ。その様子を思い浮かべていると、ほんとうに心が温かくなる。それだけでいいと思ってしまう。
たったそれだけの共感がそこには生まれてくるんだ。 -
講談かっ! (^O^)
好きこそ物の上手なれだなぁ。
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