- 講談社 (2017年1月10日発売)
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感想・レビュー・書評
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『花腐し』
「万葉集は面白いぜ。俺、何日もぶっ通しでコンピューター弄くってて、いい加減うんざりすると万葉集読むのよ。何しろ新宿が、いや東京全体がただの野っぱらだった頃の色恋沙汰の話だからなあ。のどかなものよ。でかい面した役人もいない、コンピューターのエンジニアもいない、そういう時代のなあ。まあ、その頃だってホームレスはいただろう、キャバクラの女の子みたいなのだっていたろう。でも、こういう巨大お化けみたいのはまだなかった」
『幽 かすか』
梨木香歩の『家守綺譚』を思わせる。江戸川沿いの家を「どうぞ使ってください」と偶然会った昔の職場の後輩に言われ、住むことになる。男は大病をして入院している間に娘が交通事故死。退院すると妻が家で他の男と暮らしていた。
後輩の永瀬は死んだと聞かされてたかもしれない?
『家守綺譚』は2004年
『幽』は1999年
暗く重く深く、湿り気を帯び、臭気を放っている。腐臭、嘔吐、生きることと死ぬこと。
川に対する思い入れ。東京の暗渠への憎悪。
独特の漢字の使い方。
「滾(たぎ)る」
「芒(すすき)」
「翳(かざ)す」
「幽(かそ)けき」
など。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
〈Kindle版〉
松浦寿輝の芥川賞受賞作「花腐し」が荒井晴彦氏の脚本・監督で映画化されたことを知った。荒井氏の映画は、最近では「この国の空」「福田村事件」と観てきたので近々観てみたいと思っていたところだが、その前に元の原作を読んでみようという気になり「無縁」「ふるえる水滴の奏でるカデンツァ」「幽かすか」「花腐し」と立て付けに読んでみた。
松浦寿輝は、詩人、批評家、小説家で主だった文学賞を多く受賞している目を見張るような経歴の作家のようであるが、恥ずかしながら私がこの作家の本を読むのは今回が初めてである。長いこと非文学系統の書物に親しんできた為、恐らく映画化のことを知らなければ、この著者や作品に気付くことも無かったかも知れない。そこで何冊かの作品を読んだ限りでは、芥川賞の候補作や受賞作に選ばれたほどの力量であるから、文体の技巧や芸術性については素人の私の感想などは論外で、優れた作品であることは間違いないだろう。
上述の一連の作品に共通して私が感じたことは、世間的には既にスピンアウトした、壊れかかった中年男の虚脱感、妄想とも思える精神状態を作者一流の文体で表現したものと言える。作中、クタニ(栩谷)とイゼキ(井関)という売れない脚本家の中年男二人と祥子という女を巡って「性」と「生」の絡み合いを新宿の安アパートを舞台にしてモノクロームのイメージで展開していく。エロスとタナトスの相剋の世界。年譜によると松浦寿輝という作家(詩人)は、東大文一に合格したが、「丸山真男のいない法学部」では意味が無いと、文学部仏文科に移籍し、その後29年間に亘り東大で教職についていたという秀才だ。その松浦が激しいセックス描写やマジックマッシュルームまで持ち出した現実と幻影の交錯した小説を描いたことには驚く。作品の発表が2000年であるから、世紀末の空気と行き場の無い中年男の腐った人生観を写し出したものか、あるいは遡って1970、80年代の全共闘時代の挫折感の残滓をダブらせたものか、作者松浦にも重なる部分を感じさせるものがある。私も学生時代にそういうニヒルな空気を多少なりとも味わった経験から、主人公クタニの投げやりな生き方は自分自身に置き換えて想像できないこともない。
学生時代に法学部で「当為=法」の論理を学びながらも、寧ろ歴史、政治、思想、などに関する書物に興味をひかれて来た私は、非論理的な小説の持つ虚構と幻影の世界に「こんなもの読んでどうなる」という違和感が絶えず存在していたものである。私にとって小説は「当時の流行りの文学的スタイル」としか映らず、時たま気晴らしに読んでいたに過ぎない。不条理な世界にのめり込めない文学的感性の乏しい男であった。しかし、最近になってこの世の中には、論理的なロゴスの世界だけでなく、まさに作者の言葉を借りるならば「タンパク質の分子が結合し、進化してできた塊としての巨大な人間社会が、また元の分子にバラバラと解体していく」ような、単純な構造に還元していちいち深く考えず、感情や感性の赴くままに生きてみたいと思う時もある。齢のせいだろうか、頭脳の劣化によるものだろうか。ロゴスの世界からパトスの世界に、或いはパトスの世界にロゴスを溶解させたような生き方にも興味を持ち始めている。そう言う意味では、松浦寿輝の「幽かすか」や「花腐し」は私にとっては現実と非現実の入り混じった、今までに味わった事のない感覚に触れた感じがする。しかし、ある意味では、この年(78歳)になってから氏の作品に触れたのが寧ろ幸いであったようにも思われる。もし若い時分にこのような作品に接していたなら、人生を半分捨てたような男と女の不透明な得体の知れない幻影が私の生き方にもネガティブに作用していたかも知れない。同じ退廃的、敗北的な生き方であっても、太宰や坂口、織田作のそれは人生のリアリティを感じさせる。松浦寿輝の描く世界は「酒と女と行き詰り」から来る「古典的な退廃」とは全く異質の世界を感じる。もう後戻りの難しい現代の踏み外した男や女の末路の姿を、クタニやイゼキから感じとれる。松浦寿輝は今の世の中にそれを警告しているのだろうか。何れにしても難解な小説である。本書を読んで芥川賞の文学世界も、今や私なんかのオールド人間には到底理解し難い複雑なものに「進化?」したように感じた次第である。
2024.5.20 公祥
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松浦寿輝の作品
