アノニム (角川書店単行本) [Kindle]

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  • KADOKAWA / 角川書店 (2017年6月2日発売)
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感想・レビュー・書評

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  • 『世紀の新発見、未発表のポロック作品です。本作を手にする世界一幸運な方はいったいどなたになるのでしょうか。一千万ドルからスタートします。いきましょう、一千万。一千万。一千百万。一千二百万…』

    何億、何十億、何百億円というような落札額が話題となる絵画のオークション。2018年にはダ・ヴィンチの名画が500億円という途方もない金額で競り落とされたのを記憶されている方もいらっしゃると思います。『オークション会社とクライアントは心理的な駆け引きを展開』するというその過程。『コレクターや投資家やバイヤー、作品を手中におさめようと目論む人間たちはオークション会場という名の戦場で容赦のないバトルを繰り広げる』というその舞台。『美術品は「商品」であり「金で買うことができる」』という事実。そこに渦巻く『自分のものにできる』という欲望の蠢く場。そんな場に出品されたのは『どうしたらピカソを越えられるのか』とそればかりを考え、ついに新しい絵画の表現を見出した男の未発表の大作。そして、そんな舞台とそんな大作を原田さんが鮮やかに描き出したこの作品。

    見せてもらおうか、新しい絵画の表現とやらを

    『古ぼけた高層アパートの一室、狭苦しい床いっぱいに新聞紙が広げられている。その中心に、張英才は立ち尽くしていた』という冒頭。『確かに自分は十七歳の高校三年生だ』という主人公・英才。『自分は不世出の天才アーティスト』ではないかと思う英才。『脳が文字を判別できない、けれど言葉として理解はできる』という『難読症』であることが診断されるも『アインシュタインも、ダ・ヴィンチも、スピルバーグも、著名な天才たちはこの症状を抱えていたらしい』という話を聞き、『いよいよ自分の「天才」を確信した』という英才。『家族が寝静まるときを待って、準備を進めた』という『右手に黄色いプラスチックのバケツ』、『左手には刷毛』という出で立ち。『彼は左利きだった、左利きには天才が多いというのも彼が自分を天才と思い込んでいる理由のひとつ』、とどこまでも自分を天才と考える英才は『しばらくのあいだ沈思黙考のポーズ』ととった後、『かっと目を見開くと、「呀ーーッ!」』と『雄叫びを上げて、刷毛を振りかざし』、さらに『「ヤッ!はっ!ヤッ!はっ!」奇声を発しながら、上半身を屈めて、床の上に真っ赤なペンキをだぶだぶ垂らす。垂らしまくる』という独特な方法で絵を描いていきます。そんな脳裏に学校での一コマが浮かびます。『おれにねちねち絡んでくるクラスのまぬけの不良どもに、こいつを浴びせかけてやる』とさらに絵にのめり込む英才。『あいつらこそ、弱虫だ。デモに参加する勇気もないくせに』と思いの丈をカンヴァスにぶつけます。そして『おれは、違う。おれだってデモに参加しなかった。だけどそれは、たったひとりで闘うと決めたからだ』、とデモに参加しなかった自らの行動を正当化します。『なぜって、おれは天才アーティストだから』、とあくまで自らの『天才』を確信してやまない英才は『学生リーダーが次々に拘束されてるけど、彼らを助け出すのはこのおれだ』と誓います。そんな彼の目の前に『次第にでき上がっていく「作品」』。『踊るように、もがくように、全身を使ってペインティングするんだ』という英才の目の前に姿を表す作品。『どうよ、おい?こんなめちゃくちゃに破壊的で、むちゃくちゃにクリエイティブなこと思いつくアーティストが、この世界のどこにいるっていうんだ?』、と自信に満ち溢れる英才。『このおれがいるかぎり ここがせかいのまんなかだ』という強烈な自信が英才の心にみなぎります。一方でそんな英才の知らぬところで蠢く大人たち。香港を舞台にした大人たちの大活劇に英才も知らず知らずのうちに巻き込まれていくのでした。

    原田マハさんというと数多あるアート作品が多くの読者の心を虜にしていますが、この作品ではオークションの舞台裏を生々しく描いていきます。しかもそこには、伏せ字でもなく、似た名前を使うでもなく、現代も操業する世界最古の国際競売会社として有名な『サザビーズ』という名をそのまま登場させるという大胆さです。原田さんのアート作品はどこまでが事実で、どこからが創作なのかの境が極めて曖昧なところが魅力の一つです。アートにそれなりの知識を持っていないとそのすべてが事実ではないかと見紛うくらいに説得力のある文章で読者をアートな世界に酔わせてくれる原田さんのアート作品。この作品でもそれを存分に堪能することができました。

    そして、この作品ではオークションというものの内幕を垣間見ることができるのも魅力の一つです。『オークションでの落札価格というのは、結局、ほしいと思って手を挙げられるお客さまが決めるものなのです』という一見反論の余地なき正論。『価値があるのかないのか、ふさわしい値段なのか否か。すべてのキーを握っているのは、お客さま』であるという正論は確かにそうなのかもしれません。しかし、それだけでは終わらない、いや、そんな単純に説明できないオークションの世界がこの作品の中で展開していきます。『オークションとは、アートを巡る熾烈な闘いである』という現実。それを仕切るのが『オークショニア』と呼ばれる人。それは『すばやく、しかもスマートに采配できる者でなければならない』という能力を兼ね備えている必要があります。そして、そんな『オークショニア』が仕切る本番の『オークション』。この作品でも、手に汗握るその場面が一つの山場を作っていきますが『もっといける、まだいける、いけそうだ、とビッダーに思い込ませ、巧みに煽る』という『オークショニア』は『ほんとうに最後の一瞬まで、競争相手よりたとえ一千USドルでも多く積めばこの作品をものにできるのだ、とけしかけて』ゆきます。そして『まだいける、いける、いける…と踏ん張り続け、一方がついに降り、一方が最後までパドルを上げ続ける』という盛り上がりに盛り上がるその場が頂点に達した後『ハンマーが振り下ろされ、セール成立となる』というオークションのフィナーレが訪れます。その時『その瞬間のなんともいえぬ高揚感』が襲います。『アドレナリンが体じゅうを駆け巡り、しびれるような陶酔感を覚える』というその時間。それは『落札者はもちろんそのはずだが、オークショニアはあの瞬間のためにこそ生きている』という『オークショニア』が『オークショニア』であり続ける理由が強い説得力を持って語られます。この手に汗握る描写は、実際にオークションが行われる舞台に行ったことも見たこともない、そんな私の中にもアドレナリンが駆け巡るのを感じることのできた素晴らしい場面でした。

    『アメリカ抽象表現主義の旗手、ジャクソン・ポロック作「ナンバー・ゼロ」』が中心に取り上げられるこの作品ですが、私はポロックについては全く知識はありません。原田さんの作品を読むときは、登場する絵画を一つひとつWeb検索しながらというのを恒例にしていますが、画面に表示されたこの作品は、実に難解でした。原田さんのこの作品がなければ興味も抱かなかったでしょうし、そもそもどのように見たらよいか皆目見当もつかない、少なくも私には一番苦手な部類の絵画であることは間違いありません。でもそんな作品を生み出したポロックの思い。『どうしたらピカソを越えられるのか』と考え、やがて『アクション・ペインティング』という手法を見出していくまでの苦悩にはとても魅かれるものがありました。『なんという巨大な壁。なんという遠い星。しかし越えなければ、越えていかなければ、新しい表現を見出し、自分だけのスタイルを確立しなければ』という使命感に取り憑かれたポロック。原田さんはそんな苦悩の末に新しい手法に辿り着いたポロックを『画期的なアーティストが登場するときには、時代が大きくかかわっている』と画家が生きた時代をそこに重ねていきます。そして、このバックボーンの上に香港の民主化を求める学生運動の動きをさらに重ね合わせていきます。このように複層にストーリーを重ね合わせ、そのものが持つ意味合いを広げ、深めていくという原田さんお得意の手法により物語に厚みが生まれていきます。そしてさらに、これはこの作品世界の外のことではありますが、昨今の香港の激動の状況が間接的にさらに作品に厚みを持たせることにもなっている、今の香港をも感じさせる物語、そんな印象も抱きました。

    『アートには世界を変える力はないかもしれない。けれど、ひょっとすると、アートで世界を変えられるかもしれないと思うことが大切なんだ』というポロックの叫び。その叫びがカンヴァスを通して世界に、世界じゅうの人々の心に広がる未来を予感させる結末。

    オークションの世界を通じて、アートの世界の違う側面を垣間見ることのできたこの作品。原田さんによる極上のエンタメ・アート作品でした。

  • 今までのお話と趣が違いますね~式辞障害のある張英才は、それが故に自分は天才だと思っている。部屋に新聞紙を敷き、ペンキを滴らせた。香港に出来るメガミュージアムに出掛けたのはたった二人で、人気のある玉欄と設計士である日本の女性の説明を受けた。そのかれにポロックを真似て描いてみないかと接触してきたのはアノニムと名乗った。台湾出身のIT長者・蒋恩堂は美術品を修復して正当な持ち主に返す活動をしている。金持ちが個人で鑑賞する物ではないからだ。小さな村の教会が持つ受胎告知を戻したのも彼のチームだった。チームには、設計士のミリ、鑑定士のイタリア人サラ、オークショニアのネゴ、ペルシア絨毯商人のエポック、インド系IT技術者オーサムなどがいる。謎の大富豪<ゼウス>に過去最高額の落札額を出させ、本物は将来ある芸術家の卵のために使う。落札されたら直ぐにフランス行きの飛行機に乗せるが、途中でボスの所有するホテルの駐車場ですり替えるのだ~まあ何と言うことはないすり替え。強盗?いや窃盗だね!

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著者プロフィール

1962年東京都生まれ。関西学院大学文学部、早稲田大学第二文学部卒業。森美術館設立準備室勤務、MoMAへの派遣を経て独立。フリーのキュレーター、カルチャーライターとして活躍する。2005年『カフーを待ちわびて』で、「日本ラブストーリー大賞」を受賞し、小説家デビュー。12年『楽園のカンヴァス』で、「山本周五郎賞」を受賞。17年『リーチ先生』で、「新田次郎文学賞」を受賞する。その他著書に、『本日は、お日柄もよく』『キネマの神様』『常設展示室』『リボルバー』『黒い絵』等がある。

原田マハの作品

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