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Amazon.co.jp ・電子書籍 (226ページ)
みんなの感想まとめ
生きることの本質を問い直す一冊で、著者は東日本大震災を契機に節電を実践し、究極の断捨離を通じてシンプルな生活を追求します。電気やガスを使わず、手作りの食事や日常の工夫を楽しむ姿勢が描かれ、面倒くささの...
感想・レビュー・書評
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東日本大震災に遭遇して節電を決意した著者。こまめに電気を消すことから始めてどんどんエスカレート。灯りを点けない生活、掃除機を棄て、電子レンジを棄て、コタツを棄て、冷蔵庫を棄て…。ついでに洋服や化粧品、本、食器や調味料なども棄てまくり、究極の断捨離を実行。電気だけじゃなくガスも使わず水道もほとんど使わない。そして野菜の天日干しにぬか漬けに湯タンポに火鉢に銭湯に。「電気代は月150円台、洋服も靴も例のフランス人レベル(10着)しか持たず、暑さ寒さはただ甘んじて受け入れ、日々の家事は手足と試行錯誤でこなし、食事はカセットコンロで炊く飯と味噌汁と漬物。さらにはガス契約もやめてしまったので二日に一度の銭湯が最大の娯楽という体たらくの独身51歳である」。まるで江戸時代・長屋暮しの清貧生活!
どう考えてもやりすぎでしょ。でも読んでいて面白い。サバイバル生活、ワクワクしてくるなあ。
節電チャレンジを通して著者が発見したことは、生きること=面倒くさいこと。でも面倒くさいからこそ楽しい。面倒くさいことも、心を込めて一生懸命やれば面白くなる。なるほどなあ。
「物足りなくもないし惨めでもない。むしろ「美味しすぎない」からこそ毎日食べてもまったく飽きない」。これも深い言葉だ。
気に入ったお店には「お金を「応援券」として使うのだ。自分じゃなくて、相手にトクをしてもらう」、という考えも見習いたい。ついつい安い店を探しちゃうんだけど…。
人はなんのために生きるのか。著者は「働くって究極のところ、人を助けるということ、人を喜ばせるってことなんじゃないでしょうか、人は一人では生きていけないのです。その中でなんとか助け合いながら生きること、頑張って生き抜くことそのものに意味があるんじゃないでしょうか。その必要がなくなった世界で、人はいったい何をするというのでしょうか」、と仰っている。本当にそうだよなあ。
「魂の退社」でも感じたことだが、著者はとにかく頑張っちゃう人なんだな。手抜きがない。何でも一生懸命、全力投球。そこに可愛さというか魅力を感じる。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
きっかけは福島の原発事故から
節電につとめ それが
シンプルな生き方とは何なのか
という 哲学というか
生きた実験であり 冒険になっている本でした
自分でする しないは別として
地に足つけて たくましく生きれるんだ
という気持ちにさせる本です -
面白く楽しく読みました。
自分は震災後何も反省していないし、行動していないな、と反省。
家電を捨て、五感が敏感に、というのはわかる気がする。 -
連続読了の稲垣えみ子さんの本2冊目「寂しい生活」。
直前に読んだ「魂の退社」は「会社を辞めること」をメインに書いていた本で、こっちは「電気を辞めること(所有を辞めること)」について書かれている本、という役割分担なのかな。
原発事故に端を発して、電気を極力使わない生活を目指した著者さん。でも、その努力が「質素倹約」の悲しい生活ではなくて「面白い!」という方向に行くところが「面白い」。
そして、電気を使わない生活をしていたはずなのに、うっかり「オール電化」のマンションの部屋を契約してしまって、IHヒーターや夜間温水器と戦ってみたり、面白すぎる。
そして、最終的には
家事を楽にするために生まれたはずの「家電」は、本当に家事を楽にしたのか? 主婦には余剰時間が本当に増えたのか?
というところにまで辿り着いていて面白かった。
うーん、確かに。
「便利」という言葉に翻弄されすぎているのかもしれない。
「便利」という言葉で必要性のないものまで欲しがっていたのかもしれない。
ある程度の「便利」までは、本当に「便利」だったかもしれないけど、途中から「便利」を作り出そうとした家電メーカーに踊らされているだけなのかもしれない。
うーむ。
いろいろと考えさせられる本でした。
そして、面白かった。
稲垣さんのような、究極の生活はできないけれど、身の回りのものを見回したときに、「便利」という言葉に振り回されている自分に気がつけるキッカケになった気がします。
「生きるってね、面倒くさい。
でも面倒くさいからこそね、素晴らしいんだ。」 -
稲垣えみ子さんのエッセイ。生きるとは何か、私たちはどこを目指すのか、考えさせられる本でした。
掃除は、ほうきと雑巾で。
寒さには、湯たんぽとカイロで自分を温める。
料理は、ご飯と漬物と味噌汁で。食材はその日に食べられるだけを買い、残ったら干すか漬ける。
風呂は銭湯へ。
電気を手放して見えたものは、自由で清々しい暮らし。そして、失われていた人間の機能や感覚が取り戻されていく。
家電は家事を楽にする道具ではなくなっていた!
ミリマリストと似ているけど違う切り口で、豊かさとは、幸せとは何かを見直す。
足るを知る。
つまりは、今を生きること。
読み終え、今買うか迷ってるものがすごくちっぽけな事ではないか、と思えてきた。まずは、家事を楽しむこと。楽しくないことは少しずつ見直してみたい。
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そうだよな!!納得!
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読みやすかった
信念があると生活が変わるし生き方が変わる。
自分の考えにはない視点からの具体例で、興味深い
周りに流されていること多いけど、自分にとって大切にすべきことは何かな
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こんなに面白くて深い本、久しぶりに出会えた気がする。自分も何となく感じてはいたけれど、冷蔵庫とレンジで、未来の時間を貯めようとして、逆に今を失っていたとは…。そして、太陽が火、エネルギーだったとは…。すごい、すごい。少しずつでも真似したい。家事が娯楽になるなんて、ステキすぎる。そして、「電通戦略十訓」の沼に、どっぷりハマってきたわが人生よ。人生ってほんと何なのか?偽りの便利によって、どんな大きなものを失うのか?面倒くさいことの素晴らしさ。すごく深いところまで、自然にたどり着ける本でした。
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あっという間に(3時間くらいで)読み終えることができました。簡潔でわかりやすい文体だからでしょうか。
色々ものが捨てたくなる本でした。
今の私は煩悩まみれ。
尽きることのない物欲。達成するとあらたに浮かぶ欲。
そのスパイラルを切ると楽に生きることができるかもしれません。本を読んで痛感しています。
家電の呪縛ぐるぐるの私ですが、今後何かを買う時に、これ本当に欲しいの?必要ですか?と己に呪いをかけていこうと思います。 -
なんか変な本を読んでしまった。
東日本大震災で節電を始めた著者がなぜか止まらなくなって、冷蔵庫や洗濯機まで捨てちゃう話。普通こういうのはなんらかの信念か決意(大量消費社会への抗議とか)があって、そこから新しい?暮らしを組み立てていくものではないかと思うのだけれど、著者の場合はいろいろ捨てたら新しい景色が見えてきた、と順番が逆。その分説教臭くなく、野次馬的に気軽に読めて楽しかった。
著者の節約生活?は一種の趣味みたいなので(風呂は沸かさないけど銭湯には行く)人にどうこう言われる筋合いもないだろうが、ものを持つこと、持たないことにこだわり過ぎているんじゃないかという気がする。便利を追い求めてあれもこれも欲しくなるのはなんだかな、と思うが、あるものは大事に使えばいいと思う。電気を使うかどうかがいる道具といらない道具の境目、というわけでもないだろうに。この本だって電気使わなかったら出版できなかったのでは? -
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電気が無くても結構いける、という著者。本当にすごい、憧れてすら感じる。後半で便利は本当に便利?という話に。面倒な事は豊かさというのはある程度経験して気づく。稲垣さんほどストイック生活は無理そうだが共感。食はまさに。
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東日本大震災の原発事故をきっかけに、節電に取り組むようになった著者。その節電がきっかけで、電子レンジをすて、冷蔵庫を捨て、洗濯機を捨て、さらには仕事を辞めることに。
私もシンプルで余裕のある生活を目指しているけれど、その最終形態を見た感じ。
便利だけが良いことではない。便利さと引き換えに、失っているものもあることを強く心に刻んだ。 -
稲垣さんの本はいつも元気が出ますね。
これは朝日新聞社を退職されて、補償とかもなーんもなくなった稲垣さんの冒険のお話。
20代の時のように若さの勢いだけでなんとかなるもんでもなく、自分を受け入れ、今の流れに身を任せる感じが良いのです。 -
アフロさんの面白節電生活が楽しい。巷にあるケチケチ本とは一線を画する哲学が感じられる。原発反対を唱える前に、是非一読してほしいと思う。
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朝日新聞を退職したあとの生活について綴られているエッセイ。
さすが朝日新聞時代も、社内で活躍した著者だけあって、生き方が斬新である。
反原発は、綺麗事の塊で個人的には好きではない主張。
著者も指摘しているとおり、都会で電気のある生活にどっぷり浸かっておいて、反原発を主張するのはいかがなものかと思う。
原発ゼロを掲げるなら、電気のない生活を覚悟した上でするべき。
著者も同じ考えのようで、電気のない生活を実験的に始めてみたとのこと。
徐々に電子レンジ、炊飯器、暖房機、冷蔵庫を手放していったというからびっくり。
しかし、考えてみると著者も言うように、100年ほど前までは電気がないのが当たり前だったのだから、やろうと思えば出来なくはないのだ。
時代劇にヒントを得て、今では江戸時代の様なライフスタイルを送っているそう。
ここまで姿勢が伴っているなら、堂々と反原発を主張して良いと思う。
電気のない生活で、著者が手に入れたのは、今を生きるというブッダの教え。まさに悟りに近い心境に近付いたそうな。
冷蔵庫がないことで、食料の備蓄ができないため、今日明日のご飯しか買うことができない。
その生活は、過去も未来も関係なく、ほんの一瞬で過ぎ去る今を懸命に生きていることに繋がる。
現代人が恐るべきは収入が減ることではなく、周囲やメディアに踊らされ、コントロールできなくなる自分自身の欲である。
自分にとって本当に必要なものと、そうでないものの境界をはっきりさせること。
そうでなければ、ぼんやりとした欲望に振り回される人生になる。欲を持つことが悪いことではない。欲の正体を見極めること。
良いことが起きる前というのは、どうしようもないピンチや逆境が存在している。そして、その闇が深いほどに得るものも大きい。
できることが増えるということは、やらなきゃいけないことも増える。そして、いつの間にか、やりたいことと、やらなきゃいけないことの境目が分からなくなる。
物が増えるほどに時間は奪われていく。
高度経済成長を通して、物をたくさん所有すれば問題は解決する、幸せになれると私たちは洗脳されてきた。
しかし、結局のところ、物は人を救ってくれない。 -
家電を手放していく手記。
自分は、田舎から都会への転勤で、部屋の面積が半分になる引っ越しをしなければならず、荷物を半分以下に減らす最中だったので、自分の状況と重ねながら楽しく読んだ。
本書にあった「掃除機はむしろ家事のハードルをあげる。箒の方が家事を始めるハードルがさがる」という著者の経験談。わかる。自分も掃除機は処分した。
冷蔵庫を捨てる試行錯誤などはかなり参考になった。
著者は冷蔵庫と電子レンジ両方を持たない生活だが、やっぱり、最低限どちらかひとつないと不便だよなあ、とこの本を読みながら自分の生活をイメージして思った。
ミニマリストの本などもいくつか読んだことがあるが、この本が自分にとって一番等身大の「物を持たない生活」をイメージしやすかった。 -
家電によってかえって不便が増えているという視点は目から鱗であった。
節電をする中で稲垣さんが見つけた価値観というのは、うんうんわかる、と頷けるものばかりだった。 -
〖本から〗
自分が変われば世界が変わる。誰よりも私自身がそのことにびっくりしているのです。
何かをなくすと、そこには何もなくなるんじゃなくて、別の世界が立ち現れたのである。もともとそこにあったんだけれど、何かがあることによって見えなかった、あるいは見ようとしてこなかった世界。
「生きていくのに必要なものはほんのちょっとしかない」という衝撃は、地殻変動のように私の身の回りを揺るがした。
「所有することがリッチなのだ」という思い込みから離れると、すべてが違って消えてくる。 -
うーん、なんだか私にはフィットしない。
生きることにそこまで貪欲じゃないと思えてしまう。
著者プロフィール
稲垣えみ子の作品
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