神さまのビオトープ (講談社タイガ) [Kindle]

  • 講談社 (2017年4月20日発売)
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みんなの感想まとめ

非現実的な状況の中で、若くして夫を失った非常勤美術講師の主人公が、幽霊の夫と共に過ごす日々が描かれています。彼らの微笑ましいやり取りは、癒やしの時間を提供しつつ、周囲の人々との関わりを通じて様々な厄介...

感想・レビュー・書評

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  • 『今、こうしているわたしと千花ちゃんだって、明日になれば、いや今夜、一分後、どうなるかわからない。天災、事故、事件、あらゆる厄災は予告なく訪れる』

    私たちは日々の暮らしの中であくまで今が続いていくことを前提に生きています。今こうして読書を楽しむ私にしても、週明けに予定されている会議、来客対応等々、予定されたスケジュールをこなす未来を前提に一時の安らぎの時間をここに得ています。そんな私に対して、先ほど、珍しく(笑)妻がコーヒーを淹れてくれました。ちょうど本を読み終えた最善のタイミングで香りと味を楽しむ至福の時間。しかし、そんな幸せな時間がいつまで続くのかは”神のみぞ知る”世界です。日々、陰惨なニュースが伝えられる通り、私たちの身にもいつ何時、そのニュースの主役に抜擢される時がやってくるのかこないのかは分かりません。今、コーヒーを淹れてくれた妻を残して旅立つ私、そんな想像はしたくもないですが、そのような未来も可能性としてはあり得ます。しかし、もしそのような瞬間が予期せず訪れることがあったとしても必ずしも二人が二度と会えなくなるというわけではありません。えっ?まさかそんなことが?というそんなまさかを描いた作品がここにあります。告別式で見送ったはずの夫。『白布にくるまれた遺骨』となったはずの夫。それが『あのね、鹿野くんって本当に死んだ?縁側にいるんだけど』というまさかの存在を目にするその瞬間。そして、『こちらがわたしの現実』と考える主人公・うる波。この作品は、そんな亡くなったはずの夫と暮らす主人公の姿を通して、私たちが生きるこの世界、天地を創造したとされる神さまが作った『ビオトープ』を生きる意味を考えていく物語です。

    『夜通し眠れず、布団の中でじっと朝がくるのを見ていた』、しかしそんな朝になっても『どうして起きなくてはいけないんだろう』と考える主人公の鹿野うる波(かの うるは)。『わたしはこのまま横たわっていたい。けれど、お葬式をしないわけにはいかなかった』という うる波は夫が『交通事故で死んでから、まだ一日しか経っていない』と『買い物から帰ってきたら、留守番電話に警察からメッセージが入っていた』時のことを思い出します。一方で『理解も納得もできないまま、どんどん現実が押し寄せてくる』という今。そして『告別式の日はよく晴れていた』と式を無事終えた家の中、『うる波、わたし、そろそろ行くわよ』と叔母さんが声をかけます。『シングルマザーでわたしを産み』、うる波が十五の時に出ていった実母、そして引き取られた先の祖父母が亡くなった後の唯一の身内である叔母さん。『こんな辛気臭いとこに若い女がひとりでいると滅入るわよ』という叔母さんを見送り『いつの間にか眠っていた。ここ数日ほとんど眠れていない』という うる波。そんな うる波が『居間に戻ると、縁側に見慣れた背中があった』という衝撃。『あ、うる波ちゃん』と『鹿野くんが振り返り、わたしはその場に立ち尽くしてしまった』という衝撃。『叔母さん、帰った?』と訊かれて『…え?ああ、うん』と『とりあえず返事をした。驚きすぎてごく普通の反応しかできない』という うる波。『悪い人じゃないけど、いろいろ雑なんだよね』と言う鹿野くんは『ポケットから煙草を取り出して火を点け』、『辛気臭いって言葉、久しぶりに聞いたな』といいながら『ふうと煙を吐き出』しました。『混乱して居間の祭壇を見』る うる波ですが、『そこには白布にくるまれた遺骨があ』ります。『ふたたび縁側でタバコを吸っている鹿野くんを見』て、『どっちが現実なんだろう』と思う うる波は『叔母さんに電話をかけ』、『あのね、鹿野くんって本当に死んだ?縁側にいるんだけど』と訴えます。『ちょっと待って。すぐ戻るわ。次の駅で引き返す』と答える叔母さん。しかし『鹿野くんは叔母さんが苦手だから、叔母さんがきたら消えてしまうかも』と思い直し『叔母さん、ごめん。いい。気のせいだった』と電話を切った うる波。一方で『うる波ちゃん、なにか食べるものある?』と『食卓に腰かけて聞いてくる』鹿野くん。『慣れた手つきで戸棚からスパムの缶詰』を、『冷蔵庫から卵』を取り出した うる波。『よどみない動作で日常を遂行しながら、越えてはいけないラインを、気づかずに越えてしまったことを自覚した』という うる波は、『死んだ夫に食事を作る』ことが『いけない理由がわたしの中に見当たらない』と考え出します。『鹿野くんは死んだ。けれど戻ってきた。鹿野くんがわたしのまえに在り続ける限り、こちらがわたしの現実だ』とさらに考えを進める うる波は、『わたしは、鹿野くんがいれば、それでいい』と結論して、死んだはずの夫との今まで通りの日常生活をスタートさせました。

    デビュー以来一貫してBL小説を書き続けてこられた凪良さんが、初めてBL小説以外の分野の作品として執筆されたこの作品。女性が登場しないその物語世界を執筆されてきた中で『もっと違うものも書きたい』という欲が溜まっていたという凪良さん。『「できるかな」という不安はありましたが、「女の人を主人公にしてもいいんだ」という解放感のほうが大きかった』と誕生したこの作品は、結婚二年目にして夫を交通事故で亡くした鹿野うる波が主人公となる物語です。そして、そこには上記の通り夫の幽霊が現れ、以前と変わらぬ日常生活を送っていくという、まさかのファンタジー世界が描かれていきます。古今東西、死者が亡くなった後もすぐに昇天せずに元伴侶の元に留まり、その危機を救っていくというファンタジー作品は多々あります。しかし、この作品はそれらとは少し違った立ち位置から描かれていきます。『戻ってきた当時、鹿野くんは自分が死んだことに気づいていなかった』いうその起点。『徐々に自分が生きていないことを理解した』という霊になった鹿野くんについてこんな描写が入ります。『わたしの頬に手を当てた』鹿野くん。『短く切りそろえられた爪に油絵の具が染みている。香り。体温もある。なにも変わらない。なのに生きていないなんて』とリアルに描写される鹿野くんは、幽霊とはとても思えない存在であることが読者にも伝わってきます。一方で、そんな鹿野くんは実際には亡くなっているという現実を踏まえ、うる波は『いつまでも若いままの鹿野くんの隣で、自分だけがおばさんになって、お婆さんになっていくのはきっとものすごく切ない』と考えます。しかし、『どんな姿でもいいわ。ずっとそばにいてくれるなら』と、鹿野くんがいつまでもそばにいてくれることを強く望む うる波。そんな鹿野くんは『幽霊だけれど、生きていたころと同じように日々を過ごす。アトリエにこもって絵を描き、疲れると休憩し、食事をし、お風呂に入り、夜は布団を敷いて眠る』と、もう生きているのと何が違うんだというようにあまりにも普通の日常生活を送ります。そんな生と死の区別を『鹿野くんの観念の中での出来事』と凪良さんは表現しますが、これはなかなかに理解し難い不思議世界の描写です。そして、この作品で特徴的なのが、上記した世の中に多々あるファンタジー作品とは違って、鹿野くんは うる波を助けるヒーローのような役割を演じないという点です。そういった次元以前に、ヒーローにはとても感じられない鹿野くんは、かつてと同じように日常生活を淡々と送ります。この作品は”そうじゃない”作品なんだと早々に気づく読者の私たち。では、この作品の本質はどこにあるのでしょうか?

    1990年のアメリカ映画「ゴースト」に代表されるように、死者が影のヒーローとなって元伴侶のピンチを救うという作品群は、もっとファンタジー色が最前面に表出されるのが一般的です。その奇跡の瞬間に涙する、そのような物語はそんな風に演出がなされていきます。しかし、この作品はそれらとは違って、物語自体とてもウエットに展開します。そんな物語は、高等学校で美術の非常勤講師をする主人公・うる波が関わっていく人と人との関係を深く描いていきます。六つの短編それぞれに描かれるちょっと変わった関係の二人組が、その関係に悩み、苦しむ、そのような物語です。六つの短編の舞台設定はとてもバラエティ豊かです。例えば、二編目の〈アイシングシュガー〉では大学生だけど付き合いはじめてすでに八年という佐々くんと千花ちゃんが登場します。重度の『そばアレルギー』を持つ佐々くんと、それを常に意識して彼を守り続けてきた千花ちゃんのまさかの愛の行方が描かれるこの作品。『神さまは容赦ないね』と鹿野くんが語るその物語は『摘み取ったはずの黒い芽は根が残っていて、土中で瞬く間に成長していく』というまさかの二人の秘密を垣間見るものでした。また、三編目の〈マタ会オウネ〉では『お友達はロボットだけ』と家に引き籠る小学四年生がまさかのロボットとともに登場します。『大学の研究室で試作品として開発された子供型ロボット』を父親からプレゼントされた少年。一見突飛な物語が展開しますが、そこに描かれるのは『命あるものとないもの。けれどそれが愛してはいけない理由になるのだろうか』というまさかの人間とロボットの関係性に光を当てる物語でした。

    そんな色々な組み合わせの二人の関係に焦点を当てていくこの作品。人は群れで生きる生き物です。生きていくためには、人と人との関係をどう構築していくかは避けて通れない問題です。そんな関係性には、仲良くやっていても長い目で見ると幾度となく試練が訪れるものです。『試練に打ち勝てる人にのみ、神は試練を与える』という言葉を『人を励ますための方便』だと考える うる波。『苦痛に意味なんかない。そんなのないほうがずっといい』と考える うる波。『試練はヒトを成長させる。ある部分では否定しないけれど、かけられた圧力で心は歪んでしまう。以前のような美しい円形ではいられない』とも考える うる波は『試練を与えるのが神さまだというなら、そんな神さまこそ消えればいい』とまで言い切ります。しかし、そんな うる波の思いにも関わらず、私たちは、日々の暮らしの中でそれぞれに他者との関係に悩みながら、その関係に訪れる予期せぬ試練とも向き合っていかなければなりません。それが人として生きるということだからです。しかし一方で、現実世界に姿を見せながらも存在としてはあくまでこの世から切り離されている鹿野くん。現世の人と人との関係性に悩む必要がなくなったその非日常にある存在が、現世を生きる うる波と日常生活を営むというこの作品。そして、そんな状態を『誰がなんと言おうと。後ろ指をさされようと。たとえ世界から切り離されようと。わたしは、鹿野くんがいれば、それでいい』と言い切り、鹿野くんと暮らすことをあくまで心の支えにする うる波。そんな作品は『ラストに決着をつけたくなかったんです』という凪良さんの強い思いもあって、数多のファンタジー作品とは異なる予想外の結末を迎えます。決して安直な結末にするのでなく、不安定であっても、主人公の気持ちにどこまでも寄り添う凪良さんが描く物語。そんなこの作品には、ファンタジーなどなく、あるのはあくまでリアルな人と人との物語だった、そう思いました。

    人がそれぞれに思う幸せの形は異なります。しかし、誰もが何かを信じ、何かを求めて生き続けています。他の人からすれば奇妙奇天烈なことであっても、その人にとっては大切なこと、それはその人の心の内に形作られるその人だけの世界でもあります。『世の中は秘密だらけで、それでもなんの不都合もなく回っている』。人それぞれの世界の中で完結する限りにおいては、誰も誰かを否定することなどできません。それぞれの心の拠り所は人それぞれです。そして、それは相手のことを思う時も同じです。

    それぞれがそれぞれの形で相手を思い、思われる、それが私たちが生きるこの世界。そう、その世界こそが、神さまが私たちに用意してくれた『ビオトープ』なのかもしれない、そんな風に感じた不思議な感情の残る作品でした。

  • 若くして交通事故でいきなり夫を亡くしてしまう非常勤美術講師のうる波。
    葬儀の直後不意に現れる、自分以外には見えない夫の幽霊と過ごす風変わりな日々。

    非現実的なシチュエーションながら、二人のやり取りがあまりにも微笑ましくて、なんだかそういう癒やしの時間も良いなあ、と思ってしまう。
    ところが癒やしの時間という現実へのリハビリ的な展開ではなくて、二人?が関わる人たちいろいろな厄介事に巻き込まれていくお話

    「アイシングシュガー」
    鹿野君の言う
    歪んでいない愛情なんてあるのかな?
    が心に刺さる

    「マタ会オウネ」
    なんとここで叙述トリックが!
    見事に騙された。
    トロッコ問題を、人間の倫理性とAIのプログラムがどういう答えを出すのかという深い問題。
    人間らしさ、というか人が人であるということはどういうことをいうのかという問いを秋くんと春くんは我々に突きつける。

    「植物性ロミオ」
    幸せの定形。
    自分たちだけの、他人には理解できない幸せ。
    世間の常識や、無意識に、自分たちの理解できる枠にどうしても当てはめようとする世の中に対する抵抗。

    「彼女の謝肉祭 」
    作者の心の底にいつもあるのは人の心の歪みや歪さなのではないかとふと思う。
    真円を描いてこの世に生まれてきた存在が、非情な現実に少しずつ歪んでいく、しかしそれが美しく、愛おしいと。

  • 交通事故で死んだ夫の鹿野くんの幽霊と暮らすうる波が主人公の五篇の物語。

    切ない。

    うる波がロボットと兄弟のように暮らす男の子の家庭教師になる「マタ会オウネ」が、かわいそうでかわいくて好き。

  • 他の人からしたら、自分は普通じゃないかもしれない…それでも…
    そんなことを考えながら読んでいました。
    凪良ゆうさんの本は、これが初めてです。
    もともと歪な生活、愛情の話が好きな私にとってはとても好みな内容でした。
    皆様もぜひ…_(._.)_

  • 命があることの尊さ素晴らしさを教えてくれる小説だと思います。なんのために生きているのかわからい。
    出口がなく、疲れてしまって、寄り道してしまって今更自分が正しいと思える道に戻る勇気がない人、取り返しがつかないかもしれないことを犯してしまった人
    この世には肉体的には生きてるけど、
    心が消えて・死んでしまってる人が沢山いると思う。
    その人たちに届いて欲しいなと思う。
    生きてるだけで、いくらだってやり直せる。
    何度だって立ち上がれる
    だから心を消そうとしちゃいけないなって、
    そう気づかせてくれる初心を思い出させてくれる1冊でした。

  • 夫の鹿野くんを事故で失ったはずのうる波さんが、うる波さんにだけ見える鹿野くんと暮らしていく話。
    そんな2人に関わりのある人々が、優しさと裏切りを見せ、うる波さんの心は揺らいでいくけれど、結局のところあるがままに夫と暮らしていくことを選択する。

    実際にうる波さんは鹿野くんが見えていたのだろうか。最後までそこはわからなかった。

  • ほの暗い読後感の短編集。夫を亡くしたうる波と、その夫の鹿野くんの幽霊を中心として、長年の恋人を殺してしまう子や、年齢差の恋愛、ロボットと人間の友情、絡まってねじくれてしまった関係性や秘められたきょうだいの恋など、本人たちは幸せだけれど周りから見たらおかしいと思われる関係がたくさん詰められていた。幸せってなんなのか、普通ってなんなのか、善意の押し付けになってはいないかと、ほかの凪良先生作品にも感じられる問いかけがたくさん詰められている素敵な作品だった。

  • 凪良さんの作品には、いつも「生きづらい人」が出てくる。
    それがとても好きだ。

    この物語では、「人が何を幸せだと思うかは自由でいい」ということが綴られていると思った。
    幸福にも不幸にも決まった形などない。
    だから自由に幸せを感じていいのだ、と。

    それでも、理解されにくい幸せの形をしていると、多くの人たちは受け入れず、型にはめたがる。
    自分の中で信じていたいものがあったとしても、周囲の言葉で揺らいだり不安になったりしてしまう。

    死んだ夫と暮らしている主人公のうる波は、今の生活を幸せに感じているのに、それを知られると周りからは変な人だ、旦那を亡くして狂ってしまったのだという扱いをされる。
    だから彼女は、今の生活を守るために必死だった。
    その薄氷の上を歩いているような、壊れやすく不安定な日常が、どうかもう少しだけ、できるだけ長く続きますようにと願わずにはいられない。

    うる波や他の登場人物たちは、何かしら秘密を抱え、信じているものを持っている。
    中でも、秋くんと春くんの話が好きだった。

    人は誰しも秘密を抱えて生きているし、心の中にある気持ちは誰からも否定されるべきではないと思う。
    例え自分にとって理解できないことでも、心の中は自由でいいのだ。

    彼らにとって日常は生きづらいものだと思うけれど、自分の幸せのために生きてほしいと思った。

  • さまざまな秘密を抱える人たちの連作短編集。
    凪良作品を読むと、いつも「おまえはどうなの?」と
    自分自身に問いかけられている気がする。
    作中の「西島夫人」になりたいなぁ・・・
    心とは裏腹に「叔母さん」自覚有り。

  • p112
    「二人が親友であるという確かな事実の前では「であるべき」という誰かの理想は意味を失くす」

    p225
    「苦痛に意味なんかない。そんなものない方がずっといい。なくても幸せに生きていく人は大勢いる。」

    何回も読みたくなる小説でした!!流浪の月ぐらい良い小説です。
    それぞれ愛の形は違うけれど、自分らしく生きていこうというお話しでした。

    きっと誰もが持っているであろう「であるべき」思想。私も、であるべきであるべき…を人に押し付けていたのかも??と不安になります。
    悪意のない好意、善良が一番やっかいだ。と主人公も言っています。

  • ビオトープというイメージで読み始めましたが
    ちょっと違うかな?
    と 思ったけど 最後には納得という感じでした。

    まだ 新婚という位(結婚二年)の旦那さんが
    突然亡くなってしまった。

    しかし 主人公には 旦那さんの幽霊が見える。

    この二人に絡む お話がいくつかありました。

    大好きな彼に新しい彼女?ができてしまったので
    永遠に自分の彼にしたくなった 女の子や

    頭が良すぎて ロボットの親友としか上手く付き合えない子や

    少女(自我の目覚めていない)しか愛せない青年など。

    色々な愛のカタチ。

    勿論一番 奇妙(一般常識的に)なのが
    やはり主人公の 幽霊との同居になるけど
    どれも人には大きな声ではいえない。
    マイノリティな愛だけど それぞれ真剣だし
    それで 幸せなのです。

    この秘密は 他の人から見たら
    ちょっと変かもしれないけど
    この本の中のように 他にも色々人に言えないような
    秘密の幸せが あると思う。

    秘密だけど その人が 幸せならば 良いのではないのかな?
    と 思う内容でした。

  • ◾️record memo

    これからずっとこうなのだろうか。定員二人の舟を、ひとりでゆらゆら漕いでゆくんだろうか。

    幼稚園の落書きみたいにデタラメで、緻密に組まれたステンドグラスみたいに美しく、グラスの縁いっぱい表面張力で保っている水面のようなこの光景は、たったひとつの不用意な質問で、ぱっと消えてしまいそうな脆さがあった。

    食べられてしまったのは幻の卵焼き。ここにいるのは幻の夫。けれどそれでいい。いけない理由がわたしの中に見当たらない。わたしは笑って、この『普通の毎日』を死守しようと決めた。鹿野くんは死んだ。けれど戻ってきた。鹿野くんがわたしの前に在り続ける限り、こちらがわたしの現実だ。わたしは昂然と顔を上げ、こちら側で生きていこう。誰がなんと言おうと。後ろ指をさされようと。たとえ世界から切り離されようと。わたしは、鹿野くんがいれば、それでいい。

    鹿野くんは好き嫌いがはっきりしている。苦手なものに向かい合わないし、克服できるようがんばることもしない。無駄な努力はしない。代わりに、好きなものには愛と力を注ぐ。わたしは、いいかげんで真面目な鹿野くんが大好きだ。

    鹿野くんとの暮らしは、熱い紅茶に落とされた角砂糖のように脆いものだから、誰の言葉にも惑わされないよう、心の中で何度も繰り返さねばいけない。
    鹿野くんはここにいる。
    鹿野くんはここにいる。
    確固たる意志を持って、自分の目に映るものを信じ続けなくてはいけない。脆くて甘い砂糖細工の城を、終生守っていけるように。

    大事なのは今の鹿野くんとの暮らしで、鹿野くんの存在をみんなに認めさせることではない。そこを間違えるとしんどいことになる。

    「みんな、自分が見たい夢を見ればいいと思う。わたしはわたしの。千花ちゃんは千花ちゃんの。わたしはあなたの夢を否定しない。だから、わたしのことも放っておいて」

    鹿野くんはお気に入りを大事にし、気に入らないものを排除する。それがアンバランスであっても気にしない。それ変と指摘されてもマイペースを貫く。

    ------人を想う気持ちに、型やルールなんて必要ないわ。好きなようにやればいいじゃないと微笑まれ、わたしは玄関先で思わず泣いてしまったのだ。西島さんは大丈夫、大丈夫とずっと優しく背中を叩いてくれた。

    紙袋には水羊羹が二つ。わたしと鹿野くんの分。鹿野くんが亡くなって今年で三年目。変わらない心遣いに、隣で鹿野くんがありがとうございますとお礼を言った。

    「子供の心は明るく開かれているべき、っていう謎の呪いが世の中全体にかかってるんだよ。そこから外れた子は悲劇だな。俺も小学生のころ、人見知りの傾向あり、積極的にお友達を作れるよう親子の対話をしてくださいって通知表に書かれ続けたよ」
    「ご両親と対話をしたの?」
    「『自分が苦しくない程度に、適当にはいはいって聞いときなさい』って言われただけ」

    先日、若い女性が一軒家にひとり住まいなんて物騒だからと、叔母さんと町内会の会長から二連発でお見合いを勧められた。夫を防犯ベルか番犬とでも勘違いしているかのような勧め方だった。

    「さっき、うる波ちゃんが言ったことに賛成するよ」
    「なに?」
    「エクトプラズムになって、俺に似たロボットの中に入って俺の意思で動かしたい。身体があったら、春くんみたいにうる波ちゃんを守ってあげられたのに」

    「そうだね。今あるもので充分だ」
    そう。そうだ。わたしたちは今に満足している。それがどれだけ悲しい現実でも、悲しいと認めなければ、なにほどのこともない。

    いざというとき、誰よりもまず一番に我が子を守る。人間の親ならごく当たり前の行為を、ロボットがすると暴走と定義される。ロボットのプログラミングに当たるものが人間の道義心だとするなら、命は平等に助けるべきとなる。わかっているのに、そうできない感情という名の非合理性。自分たちには許すことを人工知能には許さない。命に近いものを作りながら、自分たちと同じ権利は与えない。都合よくのみ使おうとする。
    それは、奴隷とどう違うのだろう。
    わたしたちは、それほど偉い生き物なのだろうか。

    それはそれでひとつの手だと思う。悲しいかな、世の中にはどうがんばってもわかり合えない事柄がたくさんある。無駄な努力で傷つけ合うより、撤退することで医者のいう戦争も回避できるだろう。一抜けたは卑怯でも逃げなんでもない。

    けれど、そもそも、わたしたちの祖先はちっぽけな微生物だったのだ。その微生物はどうやって生まれたのか。故郷となる地球はどうやってできたのか。その他の星々、根源となる宇宙の成り立ちは?実はわたしたちはなにもわかっちゃいない。
    すごい確率での偶然が重なった結果、もしくは超越したなにか、昔から神さまとか呼ばれている存在が、今度は機械であるロボットに感情を与えたという可能性を、元ちっぽけな微生物だったわたしたちが否定していいものだろうか。

    どれだけ笑って日々を過ごしていても、いつ割れてもおかしくない薄い氷の上を歩くような怖さに包まれている。鹿野くんが死んだなんて信じたくない。幽霊でもいいから戻ってきてくれて嬉しい。でも、いつまでわたしたちは一緒にいられるだろう。
    幽霊でもいいなんて嘘だ。
    ずっと鹿野くんに生きていてほしかった。
    ずっと鹿野くんと生きていきたかった。

    ------人間ハ、ロボットヲ好キニナッテハイケナイノ?
    混沌とした世界のあちらこちらから降ってくる弾丸のような激しい『常識』や『正義』や『思い込み』や『決めつけ』に、小さな秋くんは敢然と立ち向かっている。

    誰かを想う気持ちを罰する権利なんて、誰にもない。
    つまりこの怒りは、自分のための怒りなのだと気づいた。わたしは鹿野くんを想う気持ちを誰にも否定されたくない。世の中のルールに反していようとも、みんなから奇異の目で見られても、わたしの心はわたしのものだ。誰にも動かせない。

    鹿野くんの幽霊と暮らしていると言えば、大方の人がわたしを正道から外れた人とみなすだろう。死んだ夫を想い続けて正気を失ったと、きっと哀れに思うだろう。わたしは幸せだけれど、この幸せは理解されにくい形をしている。多くの人たちは異質なものを受け入れないし、幸せすら定型にはめたがる。それはわたしや秋穂ちゃんたちに限ったことじゃない。もっと身近に、なにげなく散らばっていたりする。
    たとえば「結婚しないの?」「子供はまだ?」というなにげない問い。真斗くんのお母さんは、お舅さんから「女なのに、いつまで仕事をするの」と聞かれたそうだ。逆に「男なのに育児休暇を取るなんて、嫁さんの尻に敷かれてるのか」と言われる男性もいる。自分の常識からはみ出す人に、心配という大義名分で気軽に引っ掻き傷をつける人がいる。言ったほうには特に悪意がないから余計にタチが悪い。

    「そこそこ適当に、うまくいくといいのにね」
    本当にそうだ。わたしはわたし。あなたはあなた。適当に楽しくやりましょう。そんな感じだったら、みんなあまり悩まず楽に呼吸ができるのに。だいたい、あなたのためにという言葉は頑固で、真面目で、自らの信念に満ちすぎていて始末に困る。

    幼かったころ、見た目で人を判断してはいけませんと教えられた。大人になった今は、ちゃんと話をしても人なんてわからないと知った。

    世の中は複雑で、完全な被害者も完全な加害者もいないと知っている。右手で誰かを傷つけて、左手を別の誰かに傷つけられている。

    自分だけの世界があって、ひとりでいることを恐れない。友達がいないことは死に等しいという学生時代のある種の強迫観念から解放されている。年齢を考えると驚異的なことだけれど、それを理解できるほど周りがまだ成熟していない。

    「野良暮らしは自由だけど、冬だけはつらいわね」籠から古いブランケットを取ってタタンの横に置いた。タタンは待ってましたとばかりにブランケットに絡みつき、くちゃくちゃにして自分専用の寝床に作り上げる。「気持ちいい?」しなやかな背中を撫でると、長い尻尾でぺしっとはたかれた。構うなという意味だ。人の家に勝手に温まりにきて、なんて傍若無人な態度だろう。猫のこういう気ままなところがわたしは好きだ。はいはい、お好きにどうぞと立ち上がった。

    「さびしくないとは言わないけど、世の中にはあなたが思うよりずっと、ひとりで生きている人は多いの。その人たちが、みんな不幸だなんてわたしは思わない」

    「あたしはひとりは怖い。でも好きじゃないやつと一緒にいても楽しくないことは知ってる。正直、どうしていいかわかんない。とりあえずわかってることは、多分、あたしもずっとひとりで生きてくってこと。親友も恋人もできないし、いらない」

    「好きな男の子ができても、死んでも裸なんて見せられないよ。こんなんでどうやって恋愛しろっていうんだよね。せっかく痩せたのに、バッカみたい」
    おかしそうに笑ったあと、ふと真顔になって、
    「別にいいけどね。男なんて大嫌いだから」

    この家は、世界という名前のケーキから切り取られた無価値なピースだ。ひどく悲しい。さびしい。けれど、それでも、わたしは幸せだ。
    わたしがなにに幸せを感じるかは、わたし自身ですら決められない。もともと幸福にも不幸にも、決まった形などないのだから。

    わたしの心の底には、絶えず通奏低音のような不安が流れていて、調子のいい日はほとんど聴き取れないほどだけれど、体調が悪いと大きくなる。迂闊に溜息などつけば、幸せが逃げるよと、疲れている身には余計なお世話でしかないことを言われる。だから人前では溜息をつくこともなく、暗い顔をすることもなく過ごす。そうして、くたりと使い古された布みたいになって帰ってきたわたしを、鹿野くんが迎えてくれる。

    古希を過ぎている西島さんたちが、どんな愛を胸に秘めて生きてきたのか、わたしにわかるはずがない。同じ親の戸籍に入っていた事実が残っていれば、たとえ養子に出たとしても結婚はできない。けれど『共に生きていく』ことを阻む法律はなにもない。
    心は自由で、それを阻むものはない。
    あってはならない。
    なにひとつ。

    良識ある人たちから見れば、わたしは完全に壊れているのかもしれない。構わない。わたしはとっくに良識なんてものは手放した。これがわたしの幸せだ。誰がなんと言おうと。後ろ指をさされようと。たとえ世界から切り離されようと。わたしは、鹿野くんがいれば、それでいい。鹿野くんのお葬式をすませたあと、幽霊になって鹿野くんが戻ってきたとき、わたしはそう決めた。なのにささいなきっかけで、薄い氷を踏み割るようなあっけなさで砕けてしまう。だから何度も決意を重ねる。こちらが現実、こちらが幸せ。どれだけ重ねても、壊れやすいものであることは変わらないけれど、それでも祈るように願う。

    「世界中に、わたしたちみたいな人がたくさんいると思う」
    「そうなのかな」
    「そうよ。気づかないだけで、普通に道ですれ違ってると思う」
    もう何年も親しくしていた西島さん夫妻の秘密を、わたしは知らなかった。そんなふうに胸にひっそりと秘密を抱えながら、みんなスーパーで平然と野菜や魚を選んだり、レジを打ったり、通勤電車に揺られたりしているのだ。

    世の中は秘密だらけで、それでもなんの不都合もなく回っている。

    「わたしも、鹿野くんも、みんな、好きに生きてもいいって思いたいの」

    通奏低音のように絶えず流れる不安を聴きながら、今夜も、明日も、明後日も、わたしも、みんなも、秘密と決意に満ちた暮らしを守っていけますように。

  • 色々な愛の形があり、世間的には許されないものでも、心は自由。
    後ろ指をさされるようななテーマを扱っているのに、優しく、でもやはり絶望的な雰囲気が絶えず漂っている。そういう意味で、本屋大賞を受賞した「流浪の月」と似ている。
    この作者の本はまだまだ読む予定。

  • 悲しくもとても救われる話。
    心は自由でいい
    愛の形はいろいろ、考え方もいろいろ。
    誰も間違ってないし誰も正しくもない。

  • のんびりまったりのほほんな時間の流れが素敵な小説。幽霊になってしまった鹿野くんと一緒に過ごしてうる波。すごく切なくて最後とかうるうるしちゃう。でも、鹿野くんのうる波への愛がすごーく伝わってほっこり読めました。
    短編チックで1話1話話の中心になる登場人物が変わり、それぞれ悩みだったり抱えてることをうる波が相談に乗ってあげたり助けたり。うる波の人の良さが沁みる。
    最後に老夫婦の関係性はあ!っと驚くと同時に素敵な関係だなと。

  • 「世の中にはあなたが思うよりずっと、ひとりで生きている人は多いの。その人たちが、みんな不幸だなんてわたしは思わない」

    「通奏低音のように絶えず流れる不安を聴きながら、今夜も、明日も、明後日も、わたしも、みんなも、秘密と決意に満ちた暮らしを守っていけますように。」

    人に理解されない秘密を持ちつつ、淋しさを感じながらも、自分だけの愛を信じて生きていこうとする人々の姿を読ませてもらったように感じる。
    そんな生き方があっても、人に非難されるものではなく、その生き方を自分なりに前向きに捕らえてもいいんだと、同じような生きづらさを感じている人に寄り添い後押ししてくれるような読後感が残る。

  • 事故死した夫「鹿野くん」の幽霊と一緒に生活する、うる波と、その周囲の人たちのお話。色んな愛情の形があって、当人たちが納得していれば良いのだ、みんな好きに生きていい、というお話。
    犯罪を起こさなければね、と個人的には思います。千花ちゃんはギリギリアウトでは?
    凪良さんの文章って、非常に優しいのに、妙に強くて不思議。力業で納得させるのではなくて、ゆるゆると説得されて気付いたら肯定している。そんな感じ。

  • 一言で言うと多様な暮らし方があるよねという話で、その色々なパターンが章に分かれて描かれている。
    全体に流れている暖かい雰囲気が心地よかった。
    ...と思っていたら、少しシリアスな展開があったり、最後まで飽きなく読めた。

    善良的なうる波さんの立ち振る舞いに癒されつつ、「あ、この人幽霊と暮らしてるヤバい人なんだ」とときどき思い出しながら読んだ。

    3つ目のロボットの話が印象的だった。
    自分の大切な人に危機が迫ったとき、人間なら誰よりもまずその人を守ろとする。しかし道徳的に考えた場合、それをロボットがすると暴走と定義されてしまう。命に近いものを作りながら、自分たちと同じ権利は与えない人間のエゴ。これは自分の中にない視点だった。

    ちなみに小説の冒頭に登場人物の一覧が書かれてるタイプの小説はあまり好きじゃない。最初にこの人たちの情報を全部インプットしないとダメなのかという圧を感じてしまう。少なくともこの小説は「あれ?この人って誰だっけ?」と読みながら思うようなことはなかったので、個人的には不要な気がした。

  • とても好きでした。
    今は白か黒かを、本来関与しない他人が我が物顔でジャッジしたり、何かと二項対立にして比較をしていて息苦しさを覚える毎日の中、この本で書かれている様々な関係性、そして当事者が「わたしは、ぼくは、これでいい」と言いながら生きていく姿に心が温かくなりました。
    突然事故で亡くなってしまった夫の幽霊と暮らす主人公うる波が出会う人々を連絡短編にした一冊。どの話にも優しいだけではないあっと驚く展開があり、考えさせられます。

  • 鹿野くんとうる波の会話が、儚げで繊細で愛に溢れていて、どこまでも心地良く、いつまでも眺めていたくなる美しさにため息を漏らし続けていました。 風景と感情の描写のバランスもちょうど良く、ページを捲るのがもったいなく感じるほど、大好きな作品です。

    P144.
    うなずくと、思いがけず涙がこぼれた。
    「毎日、毎日、すごく悲しい」
    どれだけ笑って日々を過ごしていても、いつ破れてもおかしくない薄い氷の上を歩くような怖さに包まれている。
    鹿野くんが死んだなんて信じたくない。幽霊でもいいから戻ってきてくれて嬉しい。
    でも、いつまでわたしたちは一緒にいられるだろう。
    幽霊でもいいなんて嘘だ。
    ずっと鹿野くんに生きていてほしかった。ずっと鹿野くんと生きていきたかった。

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著者プロフィール

京都市在住。2007年に初著書が刊行され本格的にデビュー。BLジャンルでの代表作に『美しい彼』シリーズなど多数。2017年に『神さまのビオトープ』を刊行し高い支持を得る。
2020年『流浪の月』で「本屋大賞」を受賞。『滅びの前のシャングリラ』で2年連続「本屋大賞」ノミネート。
「直木賞」候補、「吉川英治文学新人賞」候補などに選ばれた『汝、星のごとく』にて、2023年に自身二度目となる「本屋大賞」を受賞する。続編『星を編む』も大きな話題となった。

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