モモ (岩波少年文庫) [Kindle]

  • 岩波書店 (2005年6月16日発売)
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感想・レビュー・書評

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  • 時間どろぼうに盗まれた時間を取り戻すために冒険する少女モモの物語です。
    時間とは、生きるという事は何か。

  • ドイツのそれは著名な児童書です。読んでいなかったのか、それとも完全に忘れてしまったのか。
    娘が在住なので、「住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち」とあわせて読みました。
    いろいろなことを考えながら読みました。

    ゆとりについて。
    人間らしい暮らしとはどのような暮らしなのか。

    児童書ではありますが、「時間」というちょっと難しい(?)テーマが選ばれています。
    時間は取り返すことはできません。
    でも、「節約」することはできます。

    「節約」は効率化から得られるもの。それはかの有名な「カイゼン」と同じものととらえていいのでしょうか。
    効率化を極めることで、ゆとりがなくなってしまっていないでしょうか。
    ゆとりのない生活と引き換えに、得られるものはなんでしょう。
    時間を削るということは人生を削るということ、それは人間らしさを失っていることかもしれないですね。

    子どもたちにとって、ゆとりのある家庭/社会/国で育つ、育まれることはその後の人生に大きな影響を与えるはずです。それが日本なのか、ドイツなのか。過去なのか、現代なのか。

    昔は貧乏で、さらに不便でした。今は便利になりました。でも自然とゆとり、さらに人間性は失われているかもしれません・・・

    +++

    親から子、さらにその子、といった世代ごとに半分になっている(1, 1/2, 1/4,..)と言われるもの、を思い出しました。
    食事の支度に要する時間です。
    昔は朝早く起きて、水汲み、まき割り、飯炊きからでした。時間がかかりました。
    今はどうでしょう。冷凍食品、レンジでチン。
    嘘みたいに時間がかからなくなりました。
    昔は大変だったけれど、きっと子供は(いまより)笑顔で走り回っていたのでは? と思いました。

    メールやインターネットもあります。便利だけどなんだかな~
    会社に24時間縛られてしまっていません?
    スペインでは定時後に従業員に上司がメールすると違法になるとか・・・(い~な~)
    やっぱり、便利になりすぎてゆとりがなくなっているかも~

    • 辛4さん
      2025-02-12追記
      USAIDが廃止になり、世界中が沸いていますが
      そんななか、日本のメディアはこのことを報道できません。
      トランプさ...
      2025-02-12追記
      USAIDが廃止になり、世界中が沸いていますが
      そんななか、日本のメディアはこのことを報道できません。
      トランプさんと石破の会見の冒頭部をカットして、報道しない自由を行使しています。
      https://newssharing.net/george-orwell
      2025/02/12
  • とある街の円形劇場跡に住みついた小さな女の子、モモ。モモに話を聞いてもらうと、不思議ともめごとが解決したり、素晴らしいアイディアが浮かんだり、街の人は幸せな気持ちになる。
    ところが灰色の男たちが街にやってくると、人びとはモモのもとを訪れないでわき目もふらず働くようになってしまう。灰色の男たちは人間の時間を盗んで生きている「時間どろぼう」だったのだ。彼らにとって邪魔な存在となったモモは、盗まれた時間を取り戻すために時間の国へと向かう。

    小学生の時に初めて読んでから、何度となく読み返した本。1974年の作品なのに何度読んでも古びない、というより、灰色の男たちに占拠された街の様子がどんどん現代社会に近づいているのではないか、と感じる。
    そういえば、昔は手書きだった書類も今はパソコンで作成し、メールであっという間に送信できる。確実に作業時間が短くなっているはずなのに、手書きの時代に比べて時間に余裕ができたとは到底思えない。知らず知らずのうちに、私たちは灰色の男たちに時間を盗まれているのかもしれない。

    たまにこの本を読み返し、自分の時間が盗まれていないか、自分にとって大切な時間の過ごし方は何なのか、考える時間を持とう。

  • 現代の人間の欲が生み出した「時間泥棒」たちと対峙するある少女の話。時間とは何か?生きるとは何か?忙しさで大切なものを見失っている現代人に、人間の根元的な在り方について警鐘を鳴らしている。冒険ファンタジーの児童小説だが、大人にも十分読みごたえがある作品。そして、大人になる前の子供たちにもぜひ読んでほしい。

  • 本棚にずっと置いていたモモ。
    コロナで自粛中で、本屋に行けなかったので、本棚を見直していると、発見。
    まさにこの自粛期間に読むのに、ぴったりな本。
    時間とは何か?を考えさせられた。
    現代社会で、忙しさと引き換えに、心を犠牲にしていないだろうか?
    生きるとは、限られた時間を過ごすこと。
    その時間を奪われてないだろうか?
    大人になると、あっという間に過ぎてしまう時間。
    子どものように、感動する、わくわくする時間をもっと増やしたい。

  • 今まで読んだ事がなかったので 初めて読みました。
    ネバーエンディングストーリーのように すごい空想が広がっていっていますね。

    現代社会への 投げかけのような内容ですね。

    時間は大切だけど こういうふうに 追っかけられる生活ではなく 楽しみながら 送りたいですね。

  • Kindle Unlimitedで読了

    この高名な本を、私は一度も読んだことがなかった。『モモ』なんて、よくわからない女の子の名前だし。みんながみんな、おとなになっても『モモ』『モモ』というから。かえって読む気にならなかった。NHKの『100分de名著』に取り上げられたから、ふっと評判につられて、番組を観た。それでも、「そんなにいい本なのかしら?」と、まだ思っていて。本だけは、読んでみなけりゃわからないし、と思って、DLだけしてあった。その程度のきっかけで、読んでみた。

    確かに、名作だし、今読んでもたくさん示唆に富んだ作品だと思う。だけど、これを読んで、子供はどう感じるのだろう。そこが、私にはどうしても想像ができない。

    私は、この本は、とてもうつくしいけれど、なんて哀しいお話なのだろうと思う。おそらく、何かに優れていて、忙しい大人。成功した人ほど、この本にぐっとくるだろう。逆に、私のように大した成功もなく、日々を心配事と、それを乗り切ったり、なだめて同道したりの、とぼとぼとした歩みを続ける、ちっぽけな大人もまた、ぐっとくるだろう。

    いい人だったら、まっとうな暮らしができるのならいい。優しく人の話を聴き、心を寄り添わせられることで、生きていけるならいい。でも、私たちは残念だけど、それだけでは生きていけない。心の片隅に、モモの友達を求めるみたいに、私たちは生きている。そうして、大事な人や優しい人を求めながら、同時に灰色の男たちをも住まわせなくては、現実をきりぬけていくことはできない。

    モモのような才能があっても、親がいなくて身元もわからず、一人だったら。どんなにいい子でも、この社会に居場所はない。誰かの親切は、相手の気が変わればそこで種切れ。もとからあてにするものでもない。頑張るか、力尽きて散るかしか、ないのだ。

    時間がたくさんあるうちに、本当にやりたいことからやった方がいいし、他人との心のつながりに、喜びを見つけられるうちに、愛しておいた方がいい。私達のそばに、マイスター・ホラはいないし、モモもいない。だから、自分でなんとかしなくちゃ。

    現実の中では、いつか全てが終わる。だからあなたがいま、誰かを好きだったり、仲間がいるのが幸せだったり何かやりたかったり、出来そうだったり、居場所があれば。一日一日、楽しかったと思うように生きて欲しい。

    つらい日も、あるかもしれないけれど。
    花は咲くし、朝は来るし、季節は巡る。
    笑い合うのが、まだ幸せに感じるうちは。

    頑張ってみて欲しい。
    あなたの花が、まだやさしく風に揺れていますように。あしたを待ち望む気持ちが、ありますように。

  • すっごく大好きな本だった。
    コスパ重視の今の時代にこそ読んでほしい本。

    むかし、私が子どもの頃に話題になった
    ミヒャエル・エンデの本。
    ちゃんと読んだことがなかった。
    今読んでも全然錆びない!

    あらすじ。

    主人公モモは、家も家族ももたない浮浪児。
    まちに受け入れてもらい円形劇場に住みつく。
    町のみんなから食べ物や必要なものを得る。
    モモは、人の話をじっときくことで
    本人に問題を解決させる力をもつ。
    みんながモモに会いに来たがった。

    特に親しかった友は、
    道路掃除夫のベッポ
    観光案内のジジ(ジロラモ)
    だった。

    ベッポはテンポはゆっくりだが
    物事の本質に真摯に向き合う人。
    ジジは空想話をするのが得意な口先達者な人。

    (ジジの物語でひとつ気に入ったのがある。
    落語のあたま山みたいな奇想天外な話。
    地球と全く同じ新しい地球をつくらせた
    暴君の話はぜひ読んでほしい!)

    町には灰色の男たちが密やかに活動し
    みんなの時間を盗んでいく。
    盗むと言っても、本人に接触し
    本人が納得してそうしてしまうのだ。
    灰色の男は時間貯蓄銀行の者たちで
    契約した後は記憶からは消えてしまう。

    みなせっせと時間の節約をする。
    将来の貯金と思っているが、実際は…。
    楽しむことやのんびりすることをやめた人々は
    イライラしせっかちになっていく。

    これらに気づいたモモとベッポとジジ
    そして子どもたちで立ち上がるが…。
    灰色の男たちに阻まれる。

    モモはどうやって時間を取り戻すのか。

    後半には、
    甲羅に文字を写して話す亀カシオペイア。
    時間を司るマイスター・ホラ
    など面白いキャラクターも出てくる。
    時間がどのように保管されているかも
    ウィットに富んでいて素敵だ。


    感想。

    現在は物質主義は破綻しつつあり、
    贅沢品を買い集めたい欲求は多くはない。
    けれど、ひとかどの人になりたいという
    欲求は今もなおあり続ける人間の欲望だ。

    私たちにも灰色な男たちは
    すでに近づいているように思う。

    時間とは人間の生命のことで
    時間は本人にしかその使い方を
    決められないという。
    未来・過去・現在の謎解きは秀逸。

    ホラがモモに「時間の花」を見せたシーンは
    イメージがリアルに浮かんで胸が熱くなった。

    『モモ』は、1973年の本。
    作者はあとがきで、
    2024年の50年も先の私たちへ
    おしゃれに警鐘を鳴らしている。

  • カバレットの脚本家だったと知り、読み返すと納得感伝わる30年ぶりの邂逅。栞として挟まる大学生協の割引券とも再会した(笑)。
    エンデは兵役を拒否し、レジスタンスに身を投じ、あのシュヴァルツヴァルトの森を夜間80km徒歩で逃走とwikiで知り、更にびっくり。

    <その他の書籍紹介>
    https://jtaniguchi.com/tag/%e6%9b%b8%e7%b1%8d%e7%b4%b9%e4%bb%8b/

  • ミヒャエル・エンデの有名な寓話。
    時間を節約するためには、能率化して、無駄な話などしないで、お金のために働く。そうするとどんどん時間が余るはずなのに、どんどん忙しくなっていき、もっと能率化しなくてはいけない。貧しい人を助けたり、金払いが悪い客に長居させることは、意味がない。時間の無駄だからだ。人間関係も意味がない。

    時間泥棒は巧妙に、時間を盗んでいく。街の人達は、楽になるために、能率化したはずだったのに、どんどん苦しくなっていく。モモだけがおかしいことに気付き、時間を奪われた人たちに知らせようとするが、人々は忙し過ぎて、話を聞く時間もない。モモはどうするだろうか。

     近所の商店街は個人商店が消え、次々とチェーン店やコンビニになっている。安いし、美味しいし便利だし夜中までやっているし、休みないし… 残念なんて言うまい。
    せめて、自分の好きな店には足繁く通う。お金を落とす。閉店決まってから行っても遅いのだから。

    なんの感想だろうか?

    自然の中での暮らしイコール人間らしい暮らし。
    自然対文明 みたいな『北の国から』のような対立構造が以前の日本にはあったが、今は無いよ。
    だって、これからの日本の田舎が都会になることなんて無いのだから。ちゃんと住み分け出来てる。田舎が良ければ田舎で暮らせる。
    それを求める人には日本は最高なのだ。


  • 『普遍の真理を描いたもはや予言書』

    世界各国で読み継がれる名著。原書は1973年にドイツで刊行。児童文学やメルヘンロマンというジャンルですが、時間のない忙しい現代人に響く作品です。

    灰色の男たちと呼ばれる時間泥棒たちに大人たちは時間を奪われてしまい、効率化や生産性を求めすぎた結果、子供との時間や余暇を楽しむ時間を気付かぬうちに失ってしまった世界を描くファンタジー作品。

    50年前に書かれたとは思えない内容で、現代社会を風刺したほぼ予言書。ゆとりや余裕を楽しむ気持ちがないとモモの世界になってしまうのでしょう。"時間"という普遍の真理を描いた名作です。

  • 小学校4年生の息子への『はてしない物語』の読み聞かせ(というより朗読)が終わったので、9月からは『モモ』を読んでいた。
    長い物語も、寝る前の30分くらいで少しずつ読み進めることができるし、息子と一緒に物語を体験していくことができるので、朗読もなかなか面白い。
    音読することで、物語の持つリズムや言葉の響き、間のようなものも感じ取ることができる。
    もちろん普段の読書でもそれを意識しないことはないのだが、音読することでより一層感じることができる。
    イタリアっぽいどこかの都市の外れにある円形劇場跡に住み着いたある女の子が、人間から「時間」を奪う時間どろぼうたちと対峙する物語である。
    モモには特技があるのだが、それは人の話を聞く能力である。それはそこまで珍しい能力なのかと思えなくもないのだが、モモに話を聞いてもらった人は、自分の中にいつの間にか「答え」が見いだせるのである。
    これは、他人の持つ潜在的な能力を引き出すことができる触媒的な能力だと考えることもできる。
    一方、モモと敵対することになる時間どろぼうの灰色の男たちは、現代社会の枠組そのものと考えることもできる。
    現代社会に生きる我々は、時間に追われることで本来自分の中にあった「物事を楽しむ心」を忘れてしまっているのではないか。
    実際、日々の生活の中で、我々は思いがけないほど多くの時間を、スマホのゲームやSNSに費やしてしまっていないだろうか。
    もちろん、その中にも「楽しむ」要素はあるのも認めるけれど、本来ほかのことを楽しむことができる時間を、毎日スマホやSNSに割いてしまっているのではないか。
    息子の生活を見ていても、勉強の合間やご飯を食べる間にもYoutubeを垂れ流している。確かにそれは楽しい時間ではあるかもしれないが、その時間がいつの間にか生活の中心を占めるようになってくると、やはりどうしたものかと思ってしまうのである。
    そういうことに気づかせてくれた物語として、『モモ』は息子の中で消化されただろうか。
    いや、消化はまだできていないかもしれない。今はただ、カシオペイアの甲羅のメッセージや、マイスター・ホラのどこにもない家のイメージ、灰色の男たちやジジやベッポのことが頭に残っているだけでも構わないと思う。
    いつかまた、自分の時間の使い方について自制する日が来たときに、そういえば子どもの頃父親と時間どろぼうが出てくる話を読んだなぁと思い出してくれればいいなと思う。

  • 時間って本当に不思議だと思います。楽しいことをしていたらあっという間に過ぎるのに、つまらないことをしていたら信じられないくらい長く感じます。そもそも時間ってなんなんでしょう。だっていつから時間ってあるんですか。そして、いつまで時間は続くんですか。時間ってよく考えたら、わからなすぎて怖くなってしまいます。太陽が昇って朝がきて、月が出てきて夜になる。だから私たちは時間がある、流れていると思ってしまうんです。でもきっと私たちの外側に時間はなくて、私たちの内側に時間は流れているのではないでしょうか。

    永遠の現在、という言い方はとても正確だと思います。きっと今しかないのだと思います。現在に生きている一人ひとりが、自分の時間を生きているんだと思います。ゆっくり生きている人もいるし、早く早くと思っている人もいるでしょう。時間をムダにしない、もっと効率よくというけれど、それはきっと外側の時間に惑わされているからだと思います。自分の心が豊かになって、喜びを感じられて、自分も相手も幸せになる。時間はそういう風につかうものだと思います。

  • 良い児童文学の条件、名作と言われる所以って何だろうかと考えた時に「子どもをなめない」というのが、とても重要だと改めて思わされました。
    「これくらいなら打てるだろう」とわざとゆっくりボールを投げるようなことをしない、というか。

    同じことは本作と同様に小さな女の子が主人公の「マチルダは小さな大天才」を読んだ時や宮崎駿さんの作品を観た時にも感じます。

    残酷なくらい孤独に打ちひしがれるモモの姿も、モモを救うために自分の大事にしているものを全て投げ打って身を削るように動き回るベッポじいさんも、不気味な存在感でモモを追い詰める灰色の男たちも、目を背けたくなるような数々の場面は「子どもだってちゃんと受けとめてくれる」という信頼の上に書かれていると思います。

    ずっと読み継がれる名作はそうやってできている。

  • 児童文学ですがあちこちで「大人でも読み応えがある」という評価を見て、読む気になりました。
    人を忙しくさせ、生じた余った時間を奪ってしまう時間泥棒と豊かな時間を過ごす少女モモの戦い。
    リタイヤ直後の私は、会社員人生を引きずり、朝一番に「今日やる事」を整理し、どうすれば効率良くそれが回せるかを考えていて、家内によく笑われました。もっとも、効率化が悪い事ではなく、余った時間を人生に有効にどう使うのかが問題なのでしょうね。あれから6年半前、今ではすっかり余裕を持てるようになりましたが。(余裕があり過ぎて、なにか面白いことは無いかと探す毎日です)
    ありがちな話と言ってしまえばそれまでですが、1973年に発表されてちょうど半世紀。ちっとも古びないところが素晴らしいですね。

  • 小学生の時に読んだものを、改めてKindle Unlimitedにあったので。時間をテーマにしていて、現代社会への鋭い批判を含んだ作品ですが、詩的で美しい表現を味わえます。中学生くらいの時に「はてしない物語」を読みましが、それもとてもよかった記憶が。今読んでも楽しめます。

  • これ本当に児童文学⁈
    なかなか深みあるし読むの結構大変だった笑
    時間とは何か、暇とは何か、大人になっても考えさせられる内容。(ちょっと「暇と退屈の倫理学」を読んだことを思い出した。読み直してみようかな。あの本には豊かになるほど余暇が生まれると書いてた気がする)

    作者のあとがきがよかった。同乗した客はマイスター・ホラだったのか、モモだったのか、、

  • 時間泥棒がそろりそろりとやってくる・・・・・・。「時間がない!忙しい!」って思ってしまう時にこそ読みたい一冊。ドキドキハラハラします!

  • 「時間は自分のものである間だけ
     生きた時間でいられる」

    仕事に投資に節約
    毎日忙しくて時間がない

    そう思っていた私が
    ふと手にした本

    私の時間は
    時間貯蓄銀行に吸い取られていたと
    気づきました

    これは昔々の作品でもなく
    子ども向けでもない

    「時間がない人」にお勧めしたい

  • 学生の頃に読んだ作品。
    ふともう一度読みたくなって購入。
    やはり名作でした。

    児童文学ではありますが、扱っているテーマは重厚です。
    社会に生きている誰もが切っても切り離せない「時間」について描かれています。

    舞台は1970年ではありますが、コンピュータや自動車が普通に登場しており、今読んでも色あせることはありません。
    (50年くらいでは社会はそう変化しないということかもしれませんが)

    文体になれるまでは少し時間がかかりますが、朗読のようなリズムをつかむと不思議と読みやすくなります。

    時間とは何か、人生で本当に大事にすべきものは何か。
    分かってはいても見失いがちなそれを、少女「モモ」を通して読者に問いかけてきます。

    そうはいっても、時間に追われがちな現代人ではありますが、本当に大切なことは何か、それを見失わいようにしたいです。
    「致死的退屈症」にならないために…。

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