チッタ少年の家族、友人、街の人達の日常が、
港町の季節の移ろいと共に描かれます。
作品は゛あるある゛の可笑しさに溢れています。
家族との食事、親の小言、両親の夫婦喧嘩、
人をからかうイタズラ、友達との悪ふざけ、
街の大人達、憧れの女性、性の目覚め...
可笑しくもあり、それらは生涯忘れ得ぬ思い出。
ノスタルジックな感傷で最後にグッと来ました。
フェリーニ作品を多く手掛けたニーノ・ロータの
軽やかで伸びやか、そしてたおやかな楽曲が、
田舎の港町の生活に優しく寄り添います。
役者がみんな自然体で素晴らしかったです。
時折スクリーンのこちらに語り掛けて来ますが、
それがまた自然体なので
自分も街にいるかのような錯覚を起こしました。
それだけ作品の世界に入り込んで観ていました。
途中途中のエピソードも考えさせられます。
異常と正常は紙一重さ。いつだって。誰だって。
分別ない若者と大人も紙一重。
半ズボンの子供と青年も紙一重。
懺悔に来る者も聖職者も紙一重。
ファシストも民主主義も紙一重。
日常と祭りだって実際は地続きになっている。
みんな同じ街に暮らす同じ人間ってことなのさ。
♪俺の爺さんはレンガ積み
俺の親父もレンガ積み
そしておいらもレンガ積み
だけどおいらにゃ家がない♪
じい様は107歳で死ぬまで現役じゃった。
じい様は子供のわしに教えた。
昼飯は陽射しが強まる前の11時までに食え
晩飯は夕方の4時だ。
さもないと食った飯が毒になる。とな。
アマルコルドとは、リミニの方言、
エム・エルコルド「私は覚えている」
1930年代イタリア北部の港町リミニで過ごした、
監督フェデリコ・フェリーニ自身の少年時代の
物語です。
綿毛よ!春だわ!
春一番の南の風に乗って、
ポプラの綿毛が春を運んで来る!春じゃ!
春が舞ってるよ!冬はお仕舞いだぁっ!
春だ!春が来た!
春の訪れを祝う火祭り
家族との暮らし、学校生活、友達との悪ふざけ
ファシストの台頭に抵抗する父親
精神病のテオおじさんとの邂逅
国の誇り大型豪華客船レックス号が通ると聞き
港町リミニの街中でボートに乗って観に行った夏
濃霧の朝。
1000マイルカーレース。
煙草屋の豊満女性との戯れ。
両親の馴れ初め話。
記録的な大雪。
母との別れ。
また街に綿毛が舞い、
憧れの女性が結婚して街を去って行きました。
世界は至るところ美に満ち満ちているとは言え
我が町に勝るとは言えず。
あぁ我は如何にとやせん
帰りなんいざ、我が故郷、我が永遠の憩い場へ。
お~しま~い!終わるよ!バイバイ。バイバイ。
また会おうよな。元気で~。
バイバ~イ。バイバ~イ。
お~い、ナージョ! ナージョったらぁ!
家へ帰るぞぉ!おい待って!僕も乗せてってよ!
待ってくれったら~!
みんなさようなら~!
ねぇちょっと待ってよ、待って。
ブーケ投げなきゃ。さようなら~!
みんな大好きよ~!ありがとう~!
グラディスカが行っちゃうぞぉっ!
出発だわ。さよなら~!
元気でなぁ!さよなら~!
グラディスカ~!グラディスカ元気で~!
さよならグラディスカ~!
さよなら~!グラディスカ~!
さようなら~!元気でね~!
さようなら~!
...アンジェラぁ!ブーケよ!
綿毛だ!
種だぁ!種だぁ!春の種だぁっ!
チッター!
魚釣りに行かな~い?
チッター!
いないよ~!ティノと帰ったぁっ!
もういないぞー!
AMARCORD「あの日々を、私は忘れない...」