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Amazon.co.jp ・映画 / ISBN・EAN: 4988013441590
感想・レビュー・書評
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批判もめっちゃ良く分かるが、それ以上に大好きな作品です。
公式サイトに角田光代さんと高橋源一郎さんの結構長いコラムが載っています。ファンの方はぜひ。 -
映画館以来の再見。
自然光とは異なる美しさが、
都会の人工光にはある。
閉塞感と孤独が基盤ではあるが、
それでも繋がりと自由さがある。
言葉は厄介だ。
言葉がなければ理解できず、
伝えることもできないのに、
闇雲な言葉があるからこそ、
本当に理解したく、伝えたいことが、
どこかに取り残されてしまう。
悪い予感がして、
予感どおりのことは起こらず、
予感外の悪いことがある。
良い予感がして、
予感どおりのことは起こらず、
予感外の良いことがある。
それらすべてに、はっとするのだ。
あなたと私がいて、
はっと驚くのだ。
たとえそれが、
どんなに大きく、どんなに小さく、
どれほどまでに神妙で、笑えることであっても。 -
『夜空はいつでも最高密度の青色だ』(石井裕也)
またしても。この映画を観た直後にに池松壮亮のナレーションをNスペ『失踪』で聞いてしまった。
ここんところこんな偶然が重なる。これは“引寄せの力”に通づるものなのだろう。より多くの刺激を受ければ(より分子を大きくすれば)÷世の中に存在する刺激(一定量の刺激)の数値は大きくなるという原理なのだろう。
さて、映画の印象だけど1日経過してこの映画を思い出そうとしているのだけど、どうにも映画のあとに観た『失踪』の印象が混ざってしまってストーリーが映画を観た直後の閉塞感に更にどうしようも無さが増幅されちゃったように思えてならない。
石橋静河は看護師とガールズバーのダブルワーク、池松壮亮は継続して働くことが約束されていない3Kの代表の様な工事現場働く。
死を多く目にする東京の街をのなかで、ふたりは偶然に出逢い、引寄せられていく。
彼らの言葉は、ストーリーを描くためのものというよりも、そのシーンごとに背景を切り替えていくようでもあり、観る者の心を言葉をとおして、ふたりの世界に引き込んでいくようでもある。(台詞ではなく、詩を紡いでるようだ)
お互いを“自分たちは変なヤツ”であることを認めているふたり。
それは彼らの生活や存在が特殊だからじゃない。同世代の若者の誰もが感じている将来の不安や孤独、閉塞感を、言葉にしてしまうところであり、それと向き合ってしまうところにある。そういった言葉を口にしたり、声だかに叫ぶヤツは、“ウザイ”し“カッコ悪い”と切って捨ててしまう多くの同世代は、この閉塞感とは向き合わない。だから石橋静河や池松壮亮は“変なヤツ”と括られてしまう。
松田龍平に「うるさい!黙ってろ!」と言われ、妹に「お姉ちゃん。何かあったの?」「変だよ。そんなんじゃ…」と言われるふたり。
石橋静河の周囲はけっして、彼女が描くような閉塞感漂う世界とは思えない(いくらでも豊かな世界を覗くことができるチャンスがある)けれど、彼女自身がどんどんその孤独、不安を手繰り寄せていく。
池松壮亮の置かれた環境は経済的にはかなり深刻なんだけど、彼は物理的な貧しさで卑屈になるわけではない。ただ、ときおり襲ってくるどうしようもない孤独感に耐えられなくなって、この世の中を一緒に生きる同士である石橋静河を求めてしまう。
このふたりの寄り添う姿はぎこちないのだけれど、惹かれるものがある。
私はバブルも経験した。「明日は必ず今日より豊かになる」という約束された幻想の時代を生きたこともあった。だから、この今の閉塞感をその当時の世の中の空気感と比較対象しながら感じてしまう。
石橋静河や池松壮亮はものごころついた時から、この閉塞感のなかを生きている、だからどんどん空気が薄くなって息苦しさを感じても耐えていけるきっと。
確かに、「明日はまた空気が薄くなる」という時代しか知らないのはこの時代に生まれてきた悲劇と見る者もいるが、
「明日は今日よりも豊かになる」と明るい未来を観続けてきた男が体も頭も自由が利かなくなってから「こんな薄くなった空気の中では生きられない」と嘆く絶望感も耐え難いぞ
きっと。
ここは比較の問題じゃないけど、“時代”というものに纏わり付くイメージは変わるものだ。
ことにその時代のなかにいるときに感じるイメージと、過ぎてから眺めたときのイメージは大きく違う。歴史的な変遷のなかに据えたときには、振り返ったときの視点や状況によっても違う。
(そんな生きてもいない時空間のことを言っても無意味だという声が聞こえてもくるけど、生きるってそういう普遍的な価値が支えなんだよ)
ただ、言えることはどんな時代、どんな世の中も、生きてきた人間がいたから今があり、自分があるということだけが事実なんだ。
自分の信じること。その支えとなる自分を磨き続けることが尊い。
最果タヒ『青色の詩』
石橋静河は抑制の効いた良い存在感だった。
(石橋凌と原田美枝子の娘)
池松壮亮はいつもながら、ナチュラルで良かった。
東京の夜の景色は美しかった。夜の東京と自転車は似合う。 -
現代の東京。看護師として病院に勤務する傍ら、夜はガールズバーで働き、言葉にできない不安や孤独を抱えながらも誰かに甘えることもせず日々をやり過ごす美香(石橋静河)。一方、工事現場で日雇いの仕事をしながら死の気配を常に感じ、どこかに希望を見出そうとひたむきに生きる青年・慎二(池松壮亮)。そんな二人は、人身事故で山手線が止まった夜の渋谷で偶然に出会う。絶望と希望のはざまで、二人は少しずつ前へ進もうとするのだが……。
気鋭の詩人・最果タヒの同名詩集の映画化。
片目が失明しかけていて不安定な暮らしに不安を感じながら日雇い労働を続けている慎二と母親が自殺したことがトラウマになり全てがむなしく思えている美香など、格差社会や震災など不安定な閉塞感に満ちた社会に生きる若者の、愛情も絆も全てのものが煙草の煙のように儚いとしても、求めずにいられない青春模様を通して、最果タヒの詩の寂寥感や儚さや刹那的なキラキラしたものを表現した新しいタイプの青春映画になっています。
絆や愛情を信じられないけど信じたい慎二と美香が、不器用にぶつかり合いながら惹かれ合う恋愛模様の中で、やがて来る別れや死に絶望しながらも全てが永遠でないからこそ平凡な瞬間をありふれたことやものを大事にすること、終わりを恐れていないで一歩踏み出して「良いことが起こるかもしれない」という儚い希望を支えに死ぬまで生きていくことの大事さが伝わる傑作青春映画でした。
池松壮亮や松田龍平や田中哲司の演技はもちろん、誰よりも絆や愛情を欲しがっているのに遠ざけてしまう美香の不器用な人間性や愛すべき面も演じ切った石橋静河の等身大な存在感とリアルな演技が、印象的。
「恋愛って意味あるのかな?いつか捨てられるのに」
「意味があるかはわからないけど、ドキドキする気持ちは止められない」 -
この映画を見て思うことは80年代の台湾ニューウェイブ的な映像だなと思った。孤独死、格差、低所得な若者の閉塞感。全てを表現している。このような映画があれば日本の未来は明るいのかもしれない。お金なんてなくても生きていけそうな勇気をもらえた感じがする。
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劇場公開以来で鑑賞、好きな映画です。でも毎回最後のミイラズでガックリくるので☆4。最果タヒさんの詩集の方に関しては名前が嫌いで食わず嫌い、あまり興味が持てない作家さんです。
この映画について語ると愚痴しか出ない。読む方を不愉快にさせるかもなのでご容赦を。
当時劇場で観た理由は、地元の「映画を語る会」みたいなののお題になってたからです。私はこの映画を観た直後から大絶賛しました。しかし、その会では否定的な、しかも辛辣な意見を耳にしました。本に詳しいとされている方からです。曰く「3ヶ月もすれば忘れられるような映画」だと。映画に詳しいとされている方からは、良いか悪いか曖昧な態度を取られました。
あまりに腹が立ったのでタヒねと思いましたが、私もいい大人なのでそんなことはさすがに口にしません。
どんな作品でも賛否あって然るべきなので、年度末のヨコハマ映画祭やキネ旬ベストテンでの評価を待つことにしました。私の予想では3位ぐらいかな?と思っていたところ、蓋を開けてみればどちらでも1位だったのでたいへん驚いて、逆に引きました。
この件から、自称本や映画に詳しい人、批評家ぶって偉そうに語る人たちのことは信じなくなりました。そういう人たちに限って、世間的な評価が固まった後は掌を返すことが多いように思います。
長々と愚痴を書いてしまいましたが、この映画で私が好きなのは「死を軽く描いている」ことに尽きます。誰でもあっけなく死ぬ、その清々しさに逆に心を打たれます。
私は自分の人生について、とても重く深刻に考えるタチだったので、人間なんて大したことないと思えて、気分がものすごく楽になる映画なんです。
石井裕也監督作品だと、この映画の前に『川の底からこんにちは』を観てまして、こちらも大変に面白い映画で、この『映画 夜空はいつでも…』と繋がっているような内容です。
水産会社の社歌と、ワキ汗の歌。作詞は石井監督で、「そこはタヒじゃないんかい!笑」と思いました。つまり映画は映画で完全に別物です。
石井監督はやはりコメディの人だと思います。この映画もゲラゲラ笑える。「重く描くことは誰にでもできるが、軽みを持たせるのは難しい」。私の尊敬するミュージシャンの方の言葉です。
たとえば川島雄三や今村昌平や岡本喜八や森崎東監督たちの作風は、重みと軽みが同居していて、私はとても好きです。
だいぶ後で気づいた事柄たち。
・池松壮亮くんの左眼が見えず、スプリットスクリーンになる事の元ネタは、右眼の視力を失った荒木経惟の『左眼ノ恋』なんじゃないかなと。
・この映画の先行作品で似た感じのもの。橋口亮輔の『恋人たち』や、山下敦弘の『苦役列車』など。
・石橋静河がくるんと回るシーンがあるけど、子供時代のシーンでもやっている。描写が意外と細かいから驚いた(失礼)。
追記で、自称映画や本に詳しい方が、原作本によく使われてる惹句を引用して言ってたこと。「現代詩集としては異例の数万部を売り上げ……云々」。色んなもののよさを数値に換算して言う人たちは、正直つまんねえなと思います。
逆になぜ詩集が売れなくなったかを考えると、それは詩集があまり必要とされなくなったからだと思う。詩集という形態のものではなくて、歌の詞として我々は日常的に「うた」を享受しています。だって、ボブディランがノーベル文学賞を獲るような時代ですよ。
しかしそれでも、純粋に言葉のみである詩をふと読んでみようとする行為は、とてもとても面白いことだと思います。いま、音楽の歌詞について、どのぐらいの人が注目して聴いているのかはさっぱりわかりませんしね。 -
「透明にならなくては息もできない この街で 君をみつけた」 原作 最果タヒ 「舟を編む」の石井裕也 監督
主キャスト 石橋 静河 池松壮亮
私の好きな作風で とても良かった 何だか 心温まるというか ホッと息が出来る空間が出来たような…。
屁理屈ばかり並べて 物事をクールに受け止めようとする不安な気持ちが フツフツと手に取るように感じられた。
屁理屈のように述べる言葉に不安と何か重要な意味が隠されてるかもしれないと感じたりする。
不安や明日への予防線のように 物事を悪い方向に予め 言葉にして用意してしまう だけど 都会の青色の夜空に
「悪い予感だらけの今日と明日が少しだけ光ってみえた」
石橋 静河の普通な突っ張りキャラ とても自然で良かったし、池松壮亮は 本当に いつも若者でビックリするほど 年齢を感じさせない自然体で静かな優しさが すっと入ってくる
飛行船が見えて「あ、」と驚く新鮮さ 飛行船がみえた事のラッキーな気分も思い出した気がした
ずっと ストリートライブを一人敢行してる女性が なかなか売れない 無理だと思ってる 無視され続けてると思ってた女性かまさかのシンガーソングデビュー
とても 素敵な驚き 不幸な事ばかりの世界でも 何か不思議で素敵な事が待ってるかもしれない世界に向けて
今を生きる事を改めて思い出した気がした。-
hiromida2さん、おはようございます。
この映画、気になってたんですよ!
池松くんも好きだし、石井監督も『舟を編む』が面白かったし...hiromida2さん、おはようございます。
この映画、気になってたんですよ!
池松くんも好きだし、石井監督も『舟を編む』が面白かったし、なにより最果タヒさんの本を映画化!というところに惹かれました。
昔彼女のエッセイを読んだのですが、タヒさんの言葉と感性は繊細で鋭く、切られるようで途中で読むのをやめてしまいました。
でもずっと気になっていて...。
>飛行船が見えてあっと驚く新鮮さ 飛行船が見えたときのラッキーさも思い出した。
そんなちょっとした幸運に出逢いたいです(^-^)
近所のレンタルショップでは置いてないようなので、遠出したときに他の店で探してみようと思います。
それではお邪魔しました~。
2018/03/14
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これはなかなか良い映画だったんじゃないかと思います…! 初めのうちはあんまり三十路を過ぎた自分には響かないんじゃないか…と思って観ていたんですけれども、主演の二人の演技がいいのかどうだか分かりませんけれども、しかと刺さりましとも…! 僕の内部に…!
ヽ(・ω・)/ズコー
主演の女の子はかなりクールな感じでして…服装からして男の子みたいだし、どうなるのかなーと思って観ていたんですけれども、お話の後半辺りにはもう僕的にもアレですよ、すっかり彼女の虜に…! なったように思いますねぇ…。
まあ、なんにせよ久々に最後まで飽きずに観れた邦画ではありましたかねぇ…さようなら。
ヽ(・ω・)/ズコー -
2017年 日本 108分
監督:石井裕也
原作:最果タヒ『夜空はいつでも最高密度の青色だ』
出演:石橋静河/池松壮亮/松田龍平/市川実日子/田中哲司/ポール・マグサリン/佐藤玲/三浦貴大
http://www.yozora-movie.com/
昼間は看護師として働きながら、夜はガールズバーでバイトする美香(石橋静河)、日雇い労働者として工事現場を渡り歩く慎二(池松壮亮)。全く違う人生を送っている二人がなぜか何度も遭遇し、やがて心を通わせるようになる。原作は詩集だからストーリーは映画オリジナル。ところどころでモノローグやセリフとして詩が挿入されている。
なんというか「クサく」なるギリギリのところでセンス良くまとまっているのは凄いと思いました。とつぜん詩をセリフとして呟いたり、現実の日常会話の中ではおよそ出てこない死とか世界とかの話を突然されると、はあ?何自分に酔ってんの?中2なの?みたいな空気になりかねないところを、うんまあ許せるかなと思えたのは役者の力量もあるだろうけど、その匙加減は絶妙だった。
ただなんというか、地方出身者が東京で感じる孤独とか、昭和のフォークソング的な世界観ではあり、登場人物たちが全員喫煙者なことも含め、若干古臭いのはちょっと気になったかなあ。恋愛というものを軽蔑しながらもそれを求めざるをえない自分をさらに軽蔑しているかのようなヒロインの言動も、バブルの頃ならともかく、もうそんなに街はカップルで溢れかえったりはしていないし、スマホが出てくるから現代の話だなとは思うけれど、孤独の描き方がある意味ステレオタイプで、心のどこかでイマドキこんな子いるかなあ?と冷めた気持ちも若干。
美香役の石橋静河は初めて見る女優さんでしたが、石橋凌と原田美枝子の次女だそうで、さすがサラブレットというか超絶美人というのではないけれど雰囲気があって良かった。演じ方次第では単なる自己陶酔・自己憐憫の激しい自意識過剰の女の子にしかならないところを、ウザいと思わせないぎりぎりのところで上手く演じていたと思う。池松壮亮は喋り出すと止まらない「ヘンテコ」な男の子で、イケメンぶった役よりもこっちのほうがずっといい。彼が変な子なので仕事仲間の松田龍平のほうが珍しく普通の人の役だったのも新鮮(笑) -
ポエムを映像化するとこうなるよなぁと思った。
オーバーな若者。若者の繊細な部分を、オーバーに描いてみせている。 -
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死ぬことばかり考えている若者たち、息苦しい社会空間。でもそんな中でも男女の出会いはあり、愛というものが育っていく。側を流れゆく喧騒の中で1人の売れそうにない女性ミュージシャンが印象に残った。
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漠然と、でも強く深く感じる閉塞感を恋で補うという発想はチープだなと思ったけど
誰かと関わることで答えは見つからなくてもその糸口を見つけるという構図は好き
恋とかじゃなく自分の心の機微に丁寧に向き合いたい
明るい映画ではないけど暗過ぎるわけでもなくて淡々と進む中でくすっとくるユーモアがあったり
それがリアルなのかも
ありきたりの言葉で綴られないストーリー
冷めちゃうパターンもあるけど役者の力か最期まで観れたしじんわりきた -
始まってしまった2017 JAPAN CUTS。
過去1年程をさかのぼっての新作を紹介する本映画祭、今回も「全作NY初上映」を看板に引っさげ7/17(木) からJapan Societyで開始されてはいたが、自身の本格参戦は金曜からとなり本作はその初日鑑賞作品となる。
いい!
題名は「あらかじめ失われた恋人たちよ」(1971) を彷彿とさせる文学的響き。上映前の解説で詩集が元になっているとは聞いてはいたが、始まってみると即座に大林監督作品「野のなななのか」(2014) を思い起こさせる「詩+長編映画」を体現した数少ない作品群に代表作品として堂々とエントリー。原作者である「最果タヒ」という不思議なお名前の方は当時最年少で中原中也賞を受賞したとかで、前述の「野のなななのか」がまさにその中原中也を題材にしたものだったからそのどんぴしゃ感に多少の感動も。
主役の二人は「W主演」と形容されているぐらいだから旬の人たちなのだろうという想像だけで全く予備知識はなく、で、ご多分に漏れずあとからお二人の経歴を確認して愕然…。まず池松壮亮さま。中川家のお兄ちゃんをかっこよくしたような感じかいな…とか考えながらぼんやりと眺めていたら、The Last Samurai (2003) に子役として出演されてたそうな…。そして石橋静河さま、こちらにいたってはお母様が原田美枝子様でありました…。
なかでも石橋静河の「ひきつりわらい」にはその器用さにハートを射抜かれてしまった…。今後の大化けにかなりの期待ッス。
一度の聞き流しではもったいない、そんな詩的なことばが溢れてる。
まずは詩集を読もう。そして脚本も読もう。 -
お元気ですか。
生きていますか。
やはり、好みの映画でした。
うまく言えないけど、何度か涙を流したり笑ったり。
なんだろう、言葉にできないこの思いは。 -
キネマ旬報2017年の邦画第一位って本当ですか??????なんですかこれ?????
不器用な人たち讃歌?トラウマに負けるな?
無意味な映像効果も気に障り、機をてらった噛み合わない台詞も気に障り、でもきっといつか面白くなるはずだと信じて見続けたけど、ちんぷんかんぷんなまま終わってしまった。理解不能。
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東京は住み辛そうな街だな。
不器用な恋愛とのことだが、印象の薄い物語。 -
大抜擢だなと思った石橋静河の演技が下手くそすぎて…。初々しいのと下手くそなのは違う。
というよりこのへんてこりんな作品を演じるのは難しすぎるのでは?
彼女は原田美枝子の娘だそう。原田美枝子はすごく素敵なんだけど…。
これからの成長がたのしみです。何様^^;
詩集を映画にしたせいか作品としてちぐはぐ。
前半はトンガってるけど後半は普通。
人より変わってるってかっこいいでしょー?って感じ?
厨二っぽさ満載だけど、もうちょっと切り口が違えば良かったのかも。
それとも私がもっと若かったら楽しめたのだろうか。
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感想 :

今という一瞬でしかない時に、全身を投げ出すようにして生きる人々の映画でした。 どんなに親しくても、そばにいる人たちの過去に何があったのか、すべてを思いやることなんてできないし、 同じ未来を生きることなど約束できるはずもない。 だからこそ、せめて、彼らの「今」に不恰好でもいいから、取り繕わずに飛び込みたい。器用であることや、人生そのもの のつじつま合わせのように透明になって生きていっても何も残せないだけだ、誰の記憶にも残りやしない。
この映画には、無根拠で無遠慮な明るさなんて一つもないけれど、でも「今」という生に対して、ひたすらにポジティブだっ た。みっともなくてもぶっきらぼうでも、それでも「今」そのものを生きたとき、それはきっと愛らしい姿をしている。そう、強く 信じることができる映画です。 愛おしい不器用さに溢れた、この映画が私の詩集をもとに作られたという、そのことが光栄でなりません。願わくは、多く の人に観てほしい。自分自身の「今」を不器用な手つきで抱きしめようとするすべての人に。(最果 タヒ)もう少し長く内容の濃いものでしたが…私はまだ最果さんの詩集を読んだことがないけど、(また、是非読みたい)映画には感動しました まさに 自分自身の「今」を不器用な手つきで抱きしめようとしている 自分だから。 また、5552さんの本棚覗かせてもらいます。猫ちゃんの写真が 少し前から変わりましたね お邪魔しました(´∀`*)
レビュー楽しく拝見させていただいております(^-^)
いつも最新のレンタル作をレビューしておられる...
レビュー楽しく拝見させていただいております(^-^)
いつも最新のレンタル作をレビューしておられるので、「こんな映画が出てたんだ!今度借りてみようかな」と参考にさせていただいてます。最近、映画雑誌を買わなくなってしまったので最新DVDに疎くなってしまって...。
『聖なる鹿殺し』は楽しみにしていたので、ひとまずスルー、観賞後にじっくり拝見させていただこうかと思っています。
最果タヒさんの言葉、いいですね。
難しい言葉など一切使ってなくても、オリジナルで、みずみずしくて、ちょっと血の匂いがするような生々しさを感じます。(どこかで聞いたフレーズかも(笑))
コピーしていただいた言葉も、とても優しくてちょっと泣けました。
この映画も良かったです。
池松くんがYUIの『CHE.R.RY』を歌うシーンが可笑しくて甘酸っぱくて大好き。
好きな映画の事思い出すと心が暖かくなりますね。
コメントありがとうございました(^-^)/