台湾生まれ 日本語育ち [Kindle]

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  • 白水社
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  • 少しばかり面倒で気が抜けないが、それでも一番充実していると断言できるその仕事をこなす時、英語とフランス語と日本語が交じり合った時間の流れは避けようもない。もう何年も過ごしてきた混沌とした時間である。
    言語など問題ではない。数式でもソフトウェアプログラムでも良い。人はひとと伝えあうことで息することが出来る生き物であって、それを支える言葉とはそんな道具なのだ。そう感じてきた。スラスラとは出てこない英語であっても、伝えあう言葉を持つことが重要なのだと。
    その一方で、成田空港に着陸した機体が軋む音に、不思議な安堵を覚えてほっとする自分がいる。自然に口が動いて音を発する日本語が当たり前のようにある場所に帰ってきたからであるかもしれない。住み慣れた場所だからではない。もう何年も故郷など気にしたこともない。だが、伝えるための言葉が伝わる場所であることへの安堵は隠しようもない。だから、伝えるための言葉と伝えることを意識する必要のない言葉には、どこかで線が引かれているのだろう。日本語で機内食を頼み、テルマエロマエをウトウトしながら楽しみ、MUJIのトラベルピローで眠っていた隣の旅人が、着陸態勢に入った機内で確かめるようにバッグから取り出したパスポートが日本のものではないと知った時、母国語と母国のつながりは歪んだ椅子に不意に座ってしまったかのように急速に揺らぎ始め、確固たる概念は霧散する。言葉はどこかで、国境と言う誰かが勝手に引いた線で区切られているものだと理由もなく信じてきた自分が、それこそ勝手に描きこんだありもしない線とは無関係にそこにあるのだ。

    仕事で日本を離れ、コミュニケーションがうまくできないもどかしさを感じながら「海外」で読み始めたエッセイは、思いのほか明るく、センチメンタルで、深く記憶に残った。それはおそらく作品が持つ深みであり、自分の経験が作品と響きあった結果であり、母国語以前の普遍な感覚が背景にあるのだろう。またすぐに再読したくなる作品である。

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著者プロフィール

1980年、台湾・台北市生まれ。3歳より東京在住。2009年、「好去好来歌」で第33回すばる文学賞佳作を受賞。両親はともに台湾人。創作は日本語で行う。著作に『真ん中の子どもたち』(集英社、2017年、芥川賞候補)、『台湾生まれ 日本語育ち』(白水社、2015年、日本エッセイスト・クラブ賞受賞、2018年に増補版刊行)、『空港時光』(河出書房新社、2018年)、『「国語」から旅立って』(新曜社、2019年)、『魯肉飯(ロバプン)のさえずり』(中央公論新社、2020年)など。

「2020年 『私とあなたのあいだ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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