大惨事と情報隠蔽 原発事故、大規模リコールから金融崩壊まで [Kindle]

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  • 草思社 (2017年8月28日発売)
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  •  甚大な被害をもたらした大惨事の原因や教訓を検証する、いわゆる「失敗学」の本。この分野についてロシア人の著作というのは少々珍しい気がする。

     大惨事の原因を情報隠蔽という視点で整理しているのが特徴で、取り上げられた事故や災害は25件。福島第一原発事故やサブプライム破綻など記憶に新しいものから、スペイン風邪の蔓延やドイツ軍侵攻に備えられなかったソ連赤軍など歴史的な出来事も含まれる。インドで発生した化学工場からの有毒物質流出事故などは本書で初めて知ったが、いくらなんでもここまで無責任な工場があるのかと驚かされた。

     隠蔽と言っても必ずしも悪意をもって隠したということでもなく、自分をよく見せるために能力を誇大に報告したようなものも含まれる。問題があるのに大丈夫と伝えるのももちろん隠蔽の一種なわけだが、サラリーマンとして同情したくなる事例も少なくない。隠蔽した本人が悪いのは確かだが、隠蔽したくなるような状況を作らないこと、つまり公開した方が得だと感じられる環境を作るのは管理者や立法の責任だろう。

     事例紹介の後はその原因として30の要因を挙げているが、これは多すぎるだろう。組織文化、社会環境、政治的背景、経済的圧力など本質的に根が同じものを整理すれば、5~6種類にまとめられると思う。また最後に現在隠蔽が進行中と疑われる事例をいくつか挙げているが、これは蛇足かもしれない。

  • 組織の中で情報がしっかりと共有されていれば、重大な失敗や大惨事は避けられる。これが著者たちの基本的な立場であり、「危機管理論」が説く理想的な状態でもある。けれども現実の世界では、危機管理論で前提とされる「正確な情報」が管理者の手許にあるとは限らない。なぜなら、①何らかの誤りで管理者(あるいは情報を知るべき人びと)に情報がそもそも伝わっていなかったり、②意図的に情報が隠されたり歪められたりするからである。著者たちが「隠蔽」をいう言葉をこの両方の意味で使っていることには注意が必要だろう。このような情報隠蔽が起きるのはどうしてなのか?本書では、事例研究を通じてこの問いへの答えを探っている。

    第2部で分析する事例は多岐にわたる。著者たちが取り上げたのは「工業(原発事故など)」「金融(サブプライムローンなど)」「軍事・社会・自然災害(SARSなど)」「小売製造業(トヨタの大規模リコールなど)」の4分野である。特に25の事例では、「事故前」「事故後」それぞれの情報隠蔽について詳細に分析がおこなわれている。事例分析の結果、著者たちは情報隠蔽をもたらしやすい30の要因を特定している。これらの要因は色んな組織で「チェックリストとして使える」かもしれない、と著者たちは提案する。第4部では、米国のシェールガス業界や遺伝子組み換え作物などの4つの事例について、今まさに情報隠蔽が行われているかもしれない――いずれ何かしらの大惨事が起きるかもしれない、と指摘している。第3部までの事例分析から明らかになった、情報隠蔽をもたらしがちな要因がこれらの事例に多く見られると著者たちは言う。また、少ないページ数ではあるものの、第5部は成功事例(情報隠蔽が行われなかったケース)を紹介している。

    第3部を読んで分かるのは、ある種の環境的な要因がほとんどの事例に共通するということだ(「政治・ビジネスにおける近視眼的傾向」「短期的・非現実的な目標設定」「『成功ありき』で『悪い知らせに耳を貸さない』組織文化」「上層部がリスクの全体像を把握していない」「慣れ」「意思決定者の希望的観測・自己暗示・自己欺瞞」「組織内の恒久的なリスク評価システムの欠如」の7つ)。そして、これらの共通要因はさらに「短期的な利益の重視」「大事故など起きるはずがないという根拠のない自信過剰」の2つにまとめられるように思う。私は経済学の考え方に慣れているので、この2つはどちらも組織内のインセンティブ設計が上手く行ってないことが根本的な原因なのだと感じる。前者については長期的な利益によって意思決定者(あるいは現場)を評価する仕組みが、後者についてはリスクを客観的に評価する独立した機関を設置することが重要だ。

    本書を読んでいる最中、思わずため息をつくことが何度もあった。「こんなことしてたら、そりゃあ、事故も起きるよ」という思いがわき起こるからだ。しかも、著者たちが指摘するように、いくつかの事例ではそれに先立って似たような事故が、わずか数年とか数10年とか前に他の国や地域で起きている。なんで同じことを繰り返すんだろう?と感じずにはいられない。けれども、「賢者は歴史から学び、愚者は経験から学ぶ」というビスマルクの言葉が格言となるのは、他人の失敗を自分のことのように思って行動や考えを変えることがとても難しいかということの裏返しである。多分、自分自身も愚者の方に入るだろう。他人の失敗は対岸の火事でしかない。それでも、本書のような大惨事の事例を知ることは、「こんなことも起こりうるのか」と自分の想像力が及ぶ範囲を広げるのにも役立つだろう。また、第4部の内容は興味深い。著者たちが紹介した事例が今後どのように推移するのか、ぜひ注視してみたいと思う。

    「自信過剰」「見たい物しか見ない」といった傾向は誰にでも一般に認められる傾向で、往々にして適切な意思決定を歪ませてしまう。楽観的な予測をしてしまうからだ。この点については例えば、ネイト・シルバーによる『シグナル&ノイズ』(日経BP社)が詳しく解説している(こちらも分厚い本だが)。また、第4部は現在進行中の情報隠蔽としてソフトウェアの脆弱性を挙げているが、ブルース・シュタイナーの『超監視社会: 私たちのデータはどこまで見られているのか?』(草思社)を読んでみることをお勧めしたい。

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著者プロフィール

チューリッヒ工科大学の「企業家リスク」講座に所属する研究者。ロシアで一五年以上にわたりコーポレート・コミュニケー
ション(企業広報)のコンサルタントを務め、とくにクライシス・コミュニケーション(危機管理広報)に注力してきた。

「2017年 『大惨事と情報隠蔽』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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