中核VS革マル(上) (講談社文庫) [Kindle]

  • 講談社 (1983年1月15日発売)
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  • 中核VS革マル(上) 1975

    2017年10月1日発行
    著者 立花隆
    本作品は、1983年1月小社より講談社文庫として刊行されたものを電子書籍化したものです。
    昭和50年(1975年)11月講談社刊
    この本を書くきっかけになったのは、1974年11月から1975年1月にかけて月刊「現代」誌上に、中核・革マルの「仁義なき戦い」というタイトルで両派の抗争史を連載したことである。

    1975年に刊行となっている立花隆氏のよる著作。
    新左翼運動が激しく死者を出すほどになっていた当時の実況中継といった感がある。
    最近、池上彰氏と佐藤優氏の新左翼運動を振り返る対談集が3冊出ている。

    真説 日本左翼史 戦後左派の源流 1945-1960 (講談社現代新書) 新書 – 2021/6/16
    激動 日本左翼史 学生運動と過激派 1960-1972 (講談社現代新書) 新書 – 2021/12/15
    漂流 日本左翼史 理想なき左派の混迷 1972-2022 (講談社現代新書) 新書 – 2022/7/21

    合わせて読むとより面白いと思う。
    元々は新しい左翼政党を広めるための運動がいつの間にか殺し合うだけになってしまっている。あまりに無惨なことだ。
    戦後の日本人を一億総ノンポリ化させ、政治に無関心にさせた遠因はこの新左翼運動の無意味な殺し合いの影響もあるだろう。
    彼らは間接的に自民党が長期に渡って日本を牛耳ることに間接的に加担してしまったのだと思う。
    このような無意味な殺し合いの果てに何も後世の残るものが無いのはあまりに残念過ぎる。立花隆氏が当時の記録を丹念にまとめて本にしているからこれだけのことが分かる。
    歴史はその都度きちんと記録をとっておかないとあっという間にわからなくなってしまう。




    印象の残った点

    革マル派の中核派をウジ虫と呼び、開放派を青ムシ、第四インターはカマトンカチ、早大行動委はゴキブリなど、敵対するものには全て薄汚いアダ名を付けるのが、革マル派の特徴である。

    (名前を馬鹿だの某だのと違う汚いアダ名で呼ぶことで溜飲を下げることは全く意味がない。かつて野坂昭如氏や筑紫哲也氏がTV対談で小林よしのり氏を小林某などと言って溜飲をさげていたが本質的に全く意味がない。具体的に何が問題で何が矛盾しているのか、そして必要なことはこれだと具体的に提案できなければ意味がない。この手の名前にアダ名を付ける行為は全く無意味なのだが、革マル派のやっていることは幼稚そのものだろう。そして衰えるのも無理はない)

    もしその後の内ゲバの進行をくいとめるものがあったとしたら、それは、こうした真摯な自己批判を、一部の未熟な部分だけでなしに、革マル派が組織としておこない、それに応じて、他党派もそれをもっともだと受け止め、かつ自分たちもこれまでの内ゲバの数々を真摯に自己批判することだったろう。しかしそれは、革マル派にも、他党派にも、もはや望みうべからざることだった。

    己の責任を問わず相手の責任だけを問うていく。あるいは自他の責任の問い方において、自分に有利な勝手な基準を設ける。これがあらゆるケンカ、確執、抗争、紛争のエスカレーションの原理である。両派の抗争のここまでのエスカレーションも、これ以後のエスカレーションも、煎じ詰めるとここに帰着する。
    政治集団というのは、己の正当性、正義性を主張し続けることをもって、その命脈を保ち続けるものであるから、いかなる場合でも、あらゆるレトリックをろうして責任を回避しようとする。したがって、政治集団間の抗争のエスカレーションはやさしく、デスカレーションはむずかしい。そのエスカレーションをチェックするものは、たいがいの場合、政治的功利性のみである。

    中核派の特徴は、ほとんどありとあらゆる反権力的な大衆運動と連帯して、運動を進めてきたことにある。三里塚はもとより、北富士演習場などの基地反対闘争、部落解放同盟、在日朝鮮人、在日中国人、被爆者、身体障害者、ウーマンリブなどの運動にも深く関与している。

    私は、その後の内ゲバの泥沼化、殺し合い化になっていく過程を考えるとき、もっともその責を負うべきは、中核派が海老原君事件について自己批判せずに頬かむりで通したことであると思うが、それと並んで、この革マル派の暴力論があると思う。
    倫理のよってたつところを考え続けたカントが、ついに達した結論は、倫理は普遍的でなければならず、普遍的であるためには、形式的でなければならないということだった。言葉をかえていえば、特定の個人あるいは特定の人間集団をとりだして、そこではそれ以外の人間集団におけるのとは別の倫理法則が成り立つなどということは、あってはならないということである。普遍性を失った倫理は、倫理として存立できず、形式性を失った倫理命題、つまり特定の人間集団に特定の内容を命ずる、許す、禁ずるような倫理命題は、倫理たりえないということである。普遍性、形式性を失った倫理は、倫理の名のもとに、反倫理的世界を作ってゆくことになってしまうことは、よく歴史が示していることである。

    実を言えば、革マル派の暴力論に似た主張は、歴史においてあるいは現に何度も繰り返されてきている主張である。特定の倫理が許容される特定の集団は、ある場合には権力者であり、ある場合には特定宗教の信仰者であり、ある場合には特定の民族だった。そしていずれの場合にも、その特例の倫理は、特定の悪を生み出したのである。
    しかし倫理性を貫こうと思うなら、われわれの基準にのっとって、暴力を振るうことの正当性を主張する者は、他のすべての人がその人の基準に従って暴力をふるうこと(その結果として、自分がその暴力の対象となることも含めて)を容認しなければならない。
    自分が政治的・意図的殺人を犯すことの正当性を主張するものは、自分が政治的・意図的に殺されることを認容しなければならない。その意味において、過去の政治殺人者の中には、彼らなりに倫理的な殺人者もいた。しかし、自分の殺人(あるいは暴力)は倫理的だが、自分が殺されること(あるいは暴力をふるわれること)は倫理的でないと叫ぶ人間は、いかなる意味においても倫理的ではない。

    人が悪の意識なしに人を殺せるのは、信仰の中においてだけである。

    共産党から除名された学生党員たちは、共産党を見限って、新しい前衛党を作ろうとする。こうして生まれたのが「共産主義者同盟」(ブント)だった。

    中核派というのは、正式には学生組織のセクト名である。上部組織の正式名称は「革命的共産主義者同盟全国委員会」といい、中核派はつかない。この下部に学生組織として「マルクス主義学生同盟・中核派」がある。
    共産党と民青のような関係である。
    これに対して、革マル派は上部団体を「革命的共産主義者同盟全国委員会・革命的マルクス主義派」という。学生組織は「マルクス主義学生同盟・革命的マルクス主義派」である。

    全ての処刑は正義の処刑だった。処刑された人々は、人の中身が変わったからではなく、正義の基準が変わったために、悪と認定され、処刑されたのである。
    ともかく、人間の発明した概念の中で、正義という概念ほど恐ろしいものはない。

    それから二ヶ月して、中核派の本多書記長が殺された。私が対談した相手である。その報せを聞いたとき、私は愕然とした。
    生身で知っている人が殺されるというのは、やはりショックである。本多氏との二回の対談で話した時間は、十時間は軽く越える。二度以上会った人はたくさんいるが、十時間以上話をした人というのは、そうたくさんいるものではない。そして、十時間も一人の人間を相手にまじめにしゃべりあってしまうと、いやでもその相手の表情から肉声までが、記憶に刻み込まれてしまうものだ。
    本多氏の死をきいたとき、私はあらためてこの抗争の凄惨さを思い知らされたような気がする。

    2023/08/14(月)記述

  • 昔の話であるが、具体事象というより、なぜそんなことが起こってしまったのか構造を丹念に解き明かしているところや、人間がどういう考えで行動するのかを描いている点で興味深い作品だった。

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著者プロフィール

評論家、ジャーナリスト、立教大学21世紀社会デザイン研究科特任教授

「2012年 『「こころ」とのつきあい方』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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