- 講談社 (1996年7月20日発売)
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みんなの感想まとめ
「自分」とは何かを深く考察する本書は、著者と共に思考を巡らせる楽しさが魅力です。哲学的なテーマを扱いながら、他者との関係性から生まれる「自分」の存在について探求します。社会における役割や期待からの違和...
感想・レビュー・書評
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じぶんとは何か。哲学者どころか、広くわたしたちが人生で一度は考えたであろうテーマについて、著者の考えを述べたもの。こうかな?おそらくこうかもな?というように話が進んでいく。結局、答えは出なかったというオチではあるが、著者と一緒に思考をうようよさせるのが楽しい一冊だった。
じぶんとは、他者ががあって初めて成立する概念。社会におけるポジションを自分で型にはめてできたにすぎない存在なのではないか。その中で、周りとの同質性から少しだけズレたそのズレをじぶんと認識し、しかし定義を揺るがすほどのズレ、例えば性別の「らしさ」といったもの、はじぶんを認識できなくなってしまうので、排除する。であれば、いっそ自分の輪郭がぼやけるような不安定さを受け入れることによって、社会の型にはまる前の青二才の頃の自分に戻り、心地の良い状態になるのではないか。
昔から自分は、自分を定義することに抵抗があった。自分を表す言葉として、○○が好き・嫌い、感情的な人間だ、明るく前向き、孤独に強い、などがあるが、こういうことをはっきり人に示すことがなんとなく憚られたのだ。それはこの社会で生きるうえで期待される役割を自分で嵌めて、生きていくことに違和感を持っているからかもしれない。決めたくない、いや決めつけたくない。決めないことで自分の可能性をギリギリまで信じていたい。そう思っているからかもしれない。
一番ドキッとしたのは、他者のために何かをするということは、何かをしてあげるという意味を含んでしまうというところ。する側に反してされる側は主体性がなくなってしまうという。される側に回った時、する側に不手際があったり、うまくいかないとき、イラっとしてしまう自分を許せるだろうか。この関係においてされる側が主体を持つことは難しい。してもらう側のポジションとして黙ってしてもらう、という役割を捨てて自分を曖昧にしていくことは難しい。そんなことを思った。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
他者と自分の関係の上でしか私は成り立たない。
著者プロフィール
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