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Amazon.co.jp ・電子書籍 (326ページ)
みんなの感想まとめ
自己承認欲求が深く関わるSNSでのシェア行為を通じて、現代の人々が自分自身をどのように定義し、表現しているのかを探求する内容です。特に、インスタグラムやフェイスブック、ツイッターなどのプラットフォーム...
感想・レビュー・書評
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SNSは私たちの情報行動、ライフスタイル、そして価値観までも一変させてしまった。
若年層においてはスマホ保有がほぼ当たり前の状況となり、つねに人とつながりあいコミュニケーションをとりあうネットワーク時代の環境が整った。
かつては、「特別なイベントの記録」であった写真や動画は、いまや「感情や状況を人と共有するコミュニケーションの道具」になっている と言える。
変身願望という「盛り」=ビジュアルの部分 と、みんなで楽しみたいという「祭り」=ソーシャルの部分――その二つのニーズが一番良い具合にミックスされたのがハロウィンというイベントの真髄であるかもしれない。
いまやいいね!だけでは伝えきれないコミュニケーションの機微をユーザー間でインタラクションできるようになっている。Emojiの力によって私たちのソーシャルなつながりを育むコミュニケーション表現にもバリエーションが生まれるようになっているのだ。
これだけ流行している要因としてはいったいどんな仮説を想定できるだろうか。
Emojiには文章を読んだり組み立てたり…といったリテラシーは求められないということ。コミュニケーションの敷居を下げて間口を広げる効果を有するという点
日本で流行しているLINEなどのメッセンジャーアプリ、さまざまなブランドがコミュニケーションツール化された「スタンプ」に比較の視点が向くのも自然の成り行きだ。根本的な変化は同根のものであり、私たちは言葉による説明よりも、直接それを見せたりやりとりしたりする方が響くようなビジュアルコミュニケーションの情報世界に既に慣れ始めていることを示唆する。
かつてしゃべり言葉と書き言葉とを一致させた明治時代の「言文一致」にヒントを得るならば、これは 絵と言葉が等価に使われていく「絵文一致」 という現象として捉えられるのではないだろうか。
キーボードで文字を打つ代わりに、私たちはカメラを向けて目の前の現象を切り取り、記録し、加工して遊びながら、シェアするようになっている(
日常の中の見過ごされがちな楽しさや美しさをすくいとること、何気なく続いていってしまう日常の中で素敵だと信じられるものを自分から見つけ出していくこと、日々出会うさまざまなものに意味を見出すこと、そしてそれをきっかけとした自分の気持ちを写真に託すということ。 そのような繊細な感性と想像力の持ち主が
分野を駆動していった。
成功するプラットフォームは、新たな「つくれることの価値」、そして「つくることの面白さ」をユーザーに提供しつつ、次第にコンテンツ発見システム、もしくはソーシャルグラフを通じたユーザー間のシェア網の整備という新たなベネフィットを担うようになる のだ。
2012年に彼女がTEDというカンファレンスで「つながっていても孤独?」と題したスピーチを行ったとき、このような印象的なフレーズで現代の若者を中心としたSNSヘビーユーザーの心理を言いあらわしたのだっ
I share, therefore I am. (我シェアする、ゆえに我あり)
思い出に写真を
写真映えする思い出をつくる」(それをSNSで人に見せたい)
シェアしたもの/ことが私たち一人ひとりのアイデンティティを構成して
いわゆるミレニアル世代(1980年生まれ以降) の現在 20 代~ 30 代あたりの世代は、上記のような差別化の志向性、特に優劣的な違いを前面に押し出すようなセンスのあり方からは周到に距離をおくような傾向がある。もっと直截的に言えば、 差をつけて自分と他人とを画すよりも、違いを踏まえつつもむしろそこで生まれうる断絶感を包摂するかのような「嫌われなさ」が大切にされている ような印象を受ける。いい人であることが、受け手にとっての支持を得る資質になっている。前者から見れば後者は「個性の押し出しが足りない」「尖ってない、エッジがない」となるが、後者から逆に捉え返すと「痛々しい」「空気が読めない」…といった反応になりすれ違う。すぐに補足しておくと、筆者は両者の違いを際立たせて正当性論争に持ち込みたいわけではなく、そのような世代的なメンタリティの違いがSNS映えというものに、またシェアされるもののあり方にどう作用するのかを考察してみたいと思って
ビジュアルコミュニケーション特有の課題――すなわちより多く情報を処理できる一方で、たくさんのものがあっという間に消費されてしまうという側面
写真を撮ってコミュニケーションすることをUI自身がユーザーに促している かのようだ。1-2で述べたような絵文一致的な発想を最も体現していると言えるし、ビジュアルコミュニケーションという考え方に最も沿った機能を提供しているように思われる(「
日本やアジアを中心に人気の高い理由の一端がここにあるだろう。 いわばスナップチャットは欧米的な盛りの価値観として「かっこいい、コミカル」を重視しているのに対して スノー はアジア的な盛りの価値観として「カワイイ」といった要素が顕著にあらわれる設計だ。なお、先述したインスタグラムストーリーズ内で扱える動画フィルターもどちらかといえば欧米的な盛りのトーンに近く、日本のユーザー(特にこうした機能を使うのは女性) に広まるかどうかは未知数だと感じている。
インスタグラム 世界最大の体験プラットフォーム。現在では写真だけでなく動画へも拡張。そしてハッシュタグからストーリーズまで、シェアの形式を次々生み出している。
私たちは若年層のスマホユーザーに見られる特徴としての「動画を見て楽しむ」だけではない「動画を発信してコミュニケーションの道具にする」という傾向 に着目している。
単純にルックスを盛る、アウトプットを表現的に綺麗に整えるということだけでなく、 本来の自分以上の自分というものをアピールしてしまい、結果としてそのバーチャル上のアイデンティティに縛られて引っ込みがつかなくなる こともあるのではないだろうか。1-3で引用した通り、シェリー・タークルもその問題を指摘していた(1-3参照)。
これからはわれわれ広告会社も、〝リアルな私〟だけでなく、〝SNS上の私〟もターゲットとしたコミュニケーションのあり方を考えていく必要があると思います。
情報洪水かつコンテンツ過多な現代においては、逆説的にコミュニケーションの一回性の時間/機会のリッチネスを求める機運が高まってくる。一回性はその体験の強度を高めてくれるからだ。「いつでも視聴可能」なコンテンツはかえって視聴することから遠ざかってしまうように、あるいは消えてしまったりライブでその時しか見られないという制限があるからこそ「見よう」と態度変容が起こるように、私たちは、その時間に込められた強度/密度/濃度を視野に入れるようになっている と言えないだろうか。
私たちの調査からは、 SNSの発信モチベーションは、1位「自分自身の体験のストック」( 36・9%)、2位「つながり、コミュニケーション」( 17・9%)、3位「生活のアピール/演出」( 16・1%) という結果が得られた。 ユーザーはSNS上での他者の視線を気にしながらも、こうした情報発信の主眼は自分自身へと向いている ことが確認できる結果となっている。
女性は感性で選択するジャンル群が目立ち、また「ほしいと思う」という興味関心レベルでの態度変容が多いようだ。一方で男性においては趣味色の強いエンタテインメントコンテンツに関連するジャンル群が目立ち、それを「試す」という購入検討フェーズでの態度変容に効果がある と捉え
シミュラークル型」とは、本章でここまで紙幅を割いて述べてきたように、 明確な発信者、つまりオリジナルとしての情報の起点や発端があるのかよく分からないままに網状に情報がコピーされ、それに促されるように「あるある」的な共通認識が生まれたり、それに基づいた情報行動が起こるようになる現象 を指している。ここまでの考え方に倣えば、 発信と受信は「 N:N」 と表記できる。例えばインスタグラムでハッシュタグをベースにあるモノがやイベントが流行ったり、フェイスブックを通じて友人知人の投稿を見て真似したくなったり…そうした体験はすべてこのタイプに含まれる。この
シミュラークルはその発生のタイミングも効果が及ぶレンジも予期できないし、効果計測も他の2つの型に比べると難しい側面があるが、 仮にたった2~3人へのシェアであっても、これはコンテンツが人をつなげていることのシグナルであり、大規模なバズ/バイラルではなくとも、人々がつながりを生成しているという重大な意味を有する。それはシェアに起因する社会的な価値が生まれていることを立証している のだ。 さらに言えば、 SNSで自分から発信をするようなユーザーは概して情報感度が高く、周囲への影響力も持っている。ボリュームだけでなく、情報感度の軸でみたとき、そこにはまた異なった評価ポイントが見い出せるように思われる。それゆえに シミュラークルのようなものは必然的にセンスが求められるようなポストが集中し、よりSNS映えが鍵となっていくような、そんな情報伝播空間を発生させていく のだ。
言葉による伝達に比べ、動画によるコミュニケーションでよりインパクトのあるリッチな体験のシェアとして拡散可能になったこと、そしてSNS上でそれらを目にした別のユーザーが興味を喚起され、同じ行動をとることで話題が自走していくこと が指摘できる。 今後、日本においても イベントに合わせた動画フィルターの開発や店頭の集客に向けたインセンティブとしての限定フィルター配布 など、まだまだビジネス的なポテンシャルが残されている分野
場の同期性をマーケティングに活用する ことが進む兆しとして捉えている。第3章のライブ動画の場面でも触れたことの繰り返しとなるが(3-4参照)、同期性とは「周期やタイミング、内容を同一に揃えること」を意味しており、例えばテレビというのは、一つの番組やそこに挟み込まれる広告を何千万人が同じタイミングで視聴するという時間的な同期性がそのメディアパワーの源泉を成している。それをヒントにすると、ここで展開されているのは「場の同期性」と呼べるものであるだろう。 その空間でしか体験できないこと、その場所にいる人しか発信できないはずのコトが、シェアによって拡散され、よりプロモーションやマーケティングの活動と密接にリンクする ようになっていく。 さらに付け足せば、これまでもイベントをプロモーション的に企画することで認知を拡大することなどは常套手段としてなされていたが、そのようなイベントへの参加は、生活者に時間と場所とを同時に同期させてもらう必要があった(イベントの間、身体をそこに持ってきてもらう必要があった)。しかしながら、ここでのシェアの議論は、 場所を同期させながらも、時間については非同期的に行う ことができるものだと言えないだろうか。体験したタイミング自体は非同期的であっても、場所に紐づけられたコンテンツによって擬似的な同期体験を享受することができるのだ。4-2でも言及した濱野智史氏が『アーキテクチャの生態系』(前掲書) で分析していたことを思い出せば(『「タグる」の誕生とその意義』参照)、 ニコニコ動画のUI/UXの特徴として、コメントを書き込むタイミングは別々なのに映像視聴の上では一緒に観ているような感覚を得られる「擬似同期」が達成されている という点が挙げられる。筆者もこのような発想に近いものが今後進んでいくだろうと予期している――つまり、 動画フィルターのシェアによる、場の擬似同期というものの可能性 で
海外でもヒットした映画『君の名は。』の主人公同士が出会う印象的な1シーンを模した1枚を撮るのが流行っているらしい。これは、二次元(アニメ) と三次元(現実空間) が交差するようなかたちでシミュラークルが起こっていることのあらわれ だと筆者は捉えている。みなその場所で同じポーズで写真を撮り、シェアすることでユーザーに体験が拡散されていく。
こうしたボトムアップなコミュニケーション、そして模倣を促す憧れの醸成が、現代のSNSオリエンテッドな世界中の生活者にとって特別な意味を持ち始めている。
シミュラークルは国境を超えたビジュアルコミュニケーションを促進し、観光客の行き来を増やしながら、分断されつつある世界をつなぎとめることにいくばくか寄与する かもしれないと。国と国とをめぐる問題は現実的にはあまりに複合的かつ困難を伴うものだが、 私たちはそのようなリアルポリティクスとは別の位相で、分かり合えたりつながり合えたりする回路を持っている。
(1)模範例のお手本を示して分かりやすく行動喚起 「投稿してください」のような投げっぱなしではなく、はじめは助走期間的に模範例のお手本を示すとより投稿が集まり、ユーザージェネレーテッド感が高まりを見せる。ここでは、先んじて引用した広告ビジュアルや『Popteen』のインフルエンサー達自身の投稿/シェアの力も借りている。
(2)承認欲求を満たす評価する仕組み これも投げっぱなしにしないという点に関わるが、 投稿したものを評価するというインタラクティブ性も重要だ。このキャンペーンでも、関西弁をしゃべる「ポカ写先生」が登場して、良いポストはダイヤ・金メダル・銀メダル・銅メダルなどのモチーフを活用して表彰する。これによって シェアしたユーザーはモチベーションを高めるし、また周囲へも情報を広げたくなる だろう。さらに、良いポストの特徴や傾向がなんとなく輪郭を結ぶようになってくると、後続のユーザーももっとシェアしようという気持ちになる傾向が確かにある。
(3)ユーザー自身の想像力を創発させる余白 また(1) や(2) と少しバッティングするようでもあるが、ユーザーの投稿を縛りすぎないことも重要である。 お題をあえてゆるく設定しておくことで、遊べる余白を残しておくこと。これによって創意工夫が生まれ、バリエーションが出てくるのでユーザー自身が参加するモチベーションが高まる。写真投稿、さらにいえばユーザージェネレーテッドな施策を行う上で大事な視点となるだろう。
以上のようなポイントにまとめることができるが、これらの方向性に共通していたのは、 ユーザー視点で考える ということだった。どういう形であればこのキャンペーンにユーザーは乗っかって写真をシェアしたくなるのか、どんな「ネタ」なら受け入れられるのか、それをユーザー視点で捉える。このユーザー視点というのはあまりに自明の理でいま主張することに新鮮味はないが、しかしそれでもやはり多くのキャンペーンはユーザー視点を貫き切れていないようにも思われる。「こちら側」の拡散してもらいたいという気持ちばかりが前に出てしまっている。それだけをお願いしたり、ユーザー側の楽しさやメリットがあまり感じられないことが多い。このポカ写キャンペーンの上手さは、そこをうまく回避している点に集約できる。
ビジュアルコミュニケーションは、ユーザーの体験を広く高速にシェアさせていく。そして、私たちはその更新のスピードこそを楽しむようにもなっている。量は質に転化するという言い方に倣えば、速さは密度に転化すると言ってしまえるかのようだ。現状では、 情報を摂取するスピードこそが満足感の一つのトリガー になっている。 第1章の視点①で動画のコミュニケーションがいかに高速になっているかといった点を論じたが、私たちが実施したユーザーインタビューの結果によれば、ある 20 代前半の男性は「ユーチューブやヴァイン(Vine) で見られる動画の魅力は、つくっている人はアマチュアだが更新頻度が高くて見飽きないところにある」 と述べる一方で、「テレビに出ているようなプロは、同じネタをやっているように見えてしまうんだ」と話していた。ここでは、 一つ一つのネタや動画の質といったコンテンツの中身の問題というより、それが届けられるスピードや選択肢の話にフォーカスされている ことが分かる。いかに今のユーザーのアテンションが高速で遷移するか、それが楽しさを構成するのかを物語っている。消費の仕方の変化として象徴的な事例だ。
ビジュアルイメージにおいては解像度の低さこそが憧れを生み出す側面が間違いなくある ということだ(「あるあるとほのめかし」参照)。これは、先述の「ほのめかし」の現象とも深く関わっている。 解像度の低さという「読み取れなさ」に、逆に人は想像力を備給して自分なりの解釈を重ねる。そして、それは実は高度なコミュニケーションの実践に他ならないということ をも意味していた。
「わたしは事業家であるがゆえに、より良い投資を行うことができ、わたしは投資家であるがゆえに、より良い事業を行うことができる」 この言葉に感銘を受けたのは、2つの領域にまたがっているからこそ、それぞれの領域でより良い成果を生み出せるのだという宣言が、創造的なアイデアを生み出すことを生業とする広告会社のリサーチ組織で働くという自分の立場を勇気づけてくれるように思われたからです。
ロジックとクリエイティブ、検証と発見、ナレッジとアイデア、アナリティクスとプランニング、調査と制作、確実なファクトと不確実なリープ…一般的には対立的に捉えられる両者について、それぞれに踏み込むからこそ、より核心へ向かえるのだという姿勢。これを先の箴言にならって 敷衍 すれば、分析の仕事を突き詰めるからこそ、もっと濃密かつ自由に思考することができるのだ――いまいる組織のミッションにおいては、リサーチからプランニング、そしてプランニングからリサーチへと深く往還することに相当します。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
自己承認欲求が根本にあるということはわかるのだが、それを他人に求めていくと追い詰められかねない。
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”インスタグラムやフェイスブック、ツイッターなどのフィード/ウォールこそがあなたがどんな存在あるのかをより雄弁に定義してくれる”
ユーザがシェアするという行為は、SNS上で自分の価値観を定義することだと再認識できた。
また#ポカ写のプロモーションがどのように成功したのか、ユーザを巻き込んだ設計が興味深かった。 -
SNSの普及による現代社会の消費者側の行動を分析している。バブル世代とミレニアル世代の対比が興味深く、参考になった。
現代のマーケティングの際に必須の知識が詰まっている1冊である。 -
実に現代的なテーマである、「人はなぜシェアしたがるのか」について
心理的側面、テクノロジーの側面、そして社会的な側面から「なぜそうなのか」を考察した一冊。
シミュラークルという概念については初見だったが、
なるほどSNSにおける情報の広がりをうまくとらえているし
SNS以前にも少なからず存在していただろうなと想像できる。
ビジュアルコミュニケーションについての話をテキストベースでつたえる、という難事を成し遂げた著者の力量に拍手。 -
シェアしたがる心理-SNSの情報環境を読み解く7つの視点。天野彬先生の著書。溢れるほどの自己顕示欲を持つ人たちが増えている自己顕示欲社会が到来している。インスタ人気の背景には、誰もが自己顕示をして周りに認められたいという承認欲求があるのかも。自己顕示を楽しんでいるならいいけれど、自己顕示に義務感を感じてしまっては本末転倒。
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