否定と肯定 [DVD]

監督 : ミック・ジャクソン 
出演 : レイチェル・ワイズ  トム・ウィルキンソン  ティモシー・スポール  アンドリュー・スコット  ジャック・ロウデン 
  • 株式会社ツイン
3.62
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Amazon.co.jp ・映画 / ISBN・EAN: 4995155210809

感想・レビュー・書評

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  • 実話を基にして作られた法廷ドラマ
    良心や正義感を持ってる者は それを何とか実証したいと思う…自分の事を通して観ていたら それは勝ち負けではなく
    事実を正確に認める必要性があると思い知った気がした
    「沈黙は金なり」って言葉を思い出した映画だった。
    今までのホロコースの作品とまた違った観点から 物事が見えて 良い作品でした。

    監督 ミック.ジャクソン
    レイチェル・ワイズがユダヤ人大量虐殺=ホロコーストをめぐる裁判を争う歴史学者を演じる法廷劇。1994年、イギリスの歴史家デビッド・アービングが主張する「ホロコースト否定論」を看過することができないユダヤ人女性の歴史学者デボラ・E・リップシュタットは、自著の中でアービングの説を真っ向から否定。アービングは名誉毀損で彼女を提訴するという行動に出る。訴えられた側に立証責任があるイギリスの司法制度において、リップシュタットは「ホロコースト否定論」を崩す必要があった。そんな彼女のために組織されたイギリス人大弁護団によるアウシュビッツの現地調査など、歴史の真実の追求が始まり、2000年1月、多くのマスコミの注目が集まる中、王立裁判所で歴史的裁判が開廷した。主人公リップシュタットをワイズが演じ、弁護士役にトム・ウィルキンソン、アービング役はティモシー・スポール
    弁護士の証拠固め 説得力を持っての発言 そして 相手から目をそらして 集めた証拠から 嘘を追いつめていくあたりは気持ちがいいほどだった 法廷モノの映画は好きだが 改めて 弁護士の慎重さクールさを感じた…今の私達が実際に見た訳でもないけど、周知の事実となってるホロコーストの否定論があった事も信じられなかった
    ただ、苦しんだ人達の事を記憶に残して その声を届けることが その後を生きる私達にとって大切な義務だと思いました。

  • 地味だがいろいろ考えさせられる映画
    原題: Denial 邦題は映画のテーマを損なっている
    否定に肯定を対置してはならない、同じ土俵には乗らない

  • アーヴィング役のティモシー・スポールの憎たらしさは本物のレイシストだと錯覚させるほどの演技力。事実がベースなので、このキャラが実在していたとすると、そちらの方が怖い。
    そして、法廷モノは言葉のバトルが面白いので映画向きの素材です。法廷論争では、当たり前の事実でさえ立証責任を負わされると大変なことがよくわかる。
    以下、歴史的事実を記す。
    まず、アーヴィングが異議を唱えた文章の一つは次のようなものだった。
    「アーヴィングはホロコースト否認論の最も危険なスポークスマンの一人だ。彼は歴史的な証拠に精通してはいるが、それを自分の思想的傾向と政治的路線に一致するよう歪曲している。彼はイギリスの著しい衰退がドイツとの戦争を決定したことによって加速されたと確信しており、的確な情報を伝えつつそれを彼自身の結論に一致させることにかけては非常に達者だ。彼の近著『チャーチルの戦争』(英:Churchill's War)に対するニューヨーク・レビュー・オブ・ブックスの書評は、証拠のダブルスタンダードを適用する彼の試みを正確に分析した。彼はドイツが犯した罪の証明のことになると「完全に証拠書類に基づく証明」を要求するが、一方で連合国を非難するときには高度に状況的な証拠に依存している。この的確な描写はアーヴィングだけの戦術というわけではなく、ホロコースト否認論者一般に当てはまるものである。」
    そして、判決は・・
    「アーヴィングは彼自身のイデオロギー的理由から、歴史的証拠を持続的かつ故意に間違って解釈し操作しており、同じ理由から、彼は主としてユダヤ人に対するヒトラーの態度や責任の面で、ヒトラーを不当に好意的な人物のように見せかけており、彼は積極的なホロコースト否認論者であり、反ユダヤ主義者、差別主義者であり、ネオ・ナチズムを推進する右翼の過激主義者たちと協力しており、…… したがって被告の立証は成功している…… その結果として被告を支持する判決が下されなければならないということになる。」
    その後・・
    アーヴィングは控訴したものの、2001年7月20日、申請は却下された。裁判に敗れたことで、アーヴィングにはリップシュタットとペンギンに対し200万ポンドを超える支払義務が生じた。これにより、2002年に彼は破産宣告を受けた。
    2006年、アーヴィングはオーストリアで逮捕された。彼が1989年に行った演説が、ホロコーストの否定を禁じる同国の法に違反していたためであった。逮捕後、彼は抗弁においてホロコーストについての意見を変えたと主張し、「そのときはそのときの知識に基づいてああ言ったが、アイヒマンの関連書類に出会った1991年からは、そのようなことはもはや言っていないし、いまも言わないつもりだ。ナチスはたしかに数百万のユダヤ人を殺害した」と述べた。これについてリップシュタットは、「検閲が勝利しても嬉しくはないし、検閲を通じて戦いに勝つことなど信じない……ホロコースト否認論者と戦う方法は、歴史と真実に寄り添うことだ」とコメントしている。(ウィキペディア)
    歴史戦は未だ続いている。

    『否定と肯定』(英: Denial)は2016年のイギリス・アメリカ合衆国の歴史映画。
    デボラ・E・リップシュタットの書籍『否定と肯定 ホロコーストの真実をめぐる戦い』を原作として、アーヴィング対ペンギンブックス・リップシュタット事件を扱い、ホロコースト学者のリップシュタットがホロコースト否定論者のデイヴィッド・アーヴィングに名誉毀損で訴えられた裁判の様子を描く。ミック・ジャクソン監督、デヴィッド・ヘアー脚本で、リップシュタットをレイチェル・ワイズ、アーヴィングをティモシー・スポールが演じ、その他トム・ウィルキンソン、アンドリュー・スコット、ジャック・ロウデン、カレン・ピストリアス、アレックス・ジェニングスなどが出演した。
    ストーリー:
    アメリカの女性ユダヤ人ホロコースト研究家のデボラ・E・リップシュタット教授は、ナチス・ドイツ学者のデイヴィッド・アーヴィングを攻撃する論を展開した。アーヴィングはリップシュタットの講演会に乗り込み、著書で誹謗したとして激しく攻撃する。その後アーヴィングはイギリスで、リップシュタットの著作の中で自分がホロコースト否定論者と呼ばれたとして、彼女とその出版社を相手取り、名誉毀損訴訟を起こす。自分が女性でユダヤ人だから標的にされたのだろうと推測しながらも、アメリカのようにアーヴィングが立証責任を追うものと考えていたリップシュタットは、イギリスの名誉毀損訴訟では、被告側が立証責任を負うため、アーヴィングがホロコーストに関して嘘をついていると立証する必要があることを知る。イギリスでの訴訟のため、リップシュタットは「ダイアナ (プリンセス・オブ・ウェールズ)妃の弁護人」事務弁護士のアンソニー・ジュリアス(英語版)、そしてジュリアスが紹介した法廷弁護士のリチャード・ランプトンが率いるリップシュタット側のチームと戦うことにするが、事務弁護士と法廷弁護士が分かれる訴訟制度、予め法廷での質問事項を相手に予告するなどの本国との訴訟制度の違いに戸惑う。
    相手方の守りに備え、リップシュタットとランプトンは、地元の学者と共にポーランドのアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所を訪れる。一方法律チームは、提出予定の証拠の移しをアーヴィングに手交し、アーヴィングの個人的な日記の提出を要請する。アーヴィングは承知するが、書斎に保存してある20年分の日記帳を見せ、裁判までに読破できるのかと嘲笑する。リップシュタットは、アウシュヴィッツ収容所見学時に周囲を散歩して遅刻し、犠牲者への追悼もそこそこに、案内役の学者に厳しく質問を浴びせるランプトンの無礼さに苛立ち、勝機を奪うとして彼女の裁判への関与を減らそうとするチームにも失望する。また、資金集めのために会食したイギリスのユダヤ人たちからは、アーヴィング説の宣伝を避けたいとして、示談に持ち込んでほしいと頼まれる。彼女のチームはアーヴィングの言動を止めるため、彼のエゴを訴えることに決め、彼が好都合になる陪審制ではなく、判事による公判に持ち込もうとして、幸先の良いスタートを切る。
    チームで臨んだリップシュタットたちに対し、アーヴィングは弁護士を雇わず、自分ひとりで法廷に立つことを選ぶ。また並べられた証拠を捻じ曲げ、自身の防衛に使おうと画策する。アウシュヴィッツの「ガス室とされる場所」が何であったかについての主張も、遺体安置所、防空壕と攻撃を受けるたびに変遷していく。リップシュタットはホロコースト生還者のひとりから自分たちに証言をさせるよう求められ承知するが、法律チームは証言は断り、アーヴィングとの公判に集中するよう強く要求する。
    アーヴィングはアウシュヴィッツにガス室があったという証拠を、屋根にツィクロンBを導入する穴が見つからないとして、信用しようとしない。彼の耳に優しい「穴が無ければ、ホロコーストも無い」(英: "no holes, no holocaust")という言葉は、メディアで広く取り上げられる。これに激怒したリップシュタットは、自身やホロコーストからの生還者を法廷で証言させるよう再度求める。怒ったジュリアスは、反対尋問で利用され、アーヴィングに酷く傷付けられるだけだと反論する。実際彼はホロコースト生還者を「腕の刺青でいくら稼いだのか」と嘲笑する発言をしたことがあった。そんな折、とっておきのワインを手に彼女の部屋を訪れたランプトンに、リップシュタットは自分が彼を誤解していたと謝罪する。法廷でランプトンは、アウシュヴィッツでの実地調査をもとに、アーヴィングに熟練の技で反対尋問を展開し、その主張の不条理さを明らかにしたのだった。また専門家の証言から、彼の著作に歪曲があることも分かる。アーヴィングの日記に露骨な人種差別的記載があることも明らかになる。
    結審に当たって裁判官は、アーヴィングが純粋に自説を信じているのなら、それが事実と反するとしても嘘をついているとは言い切れないとし、リップシュタットの法律チームには動揺が走る。その後高等法院のチャールズ・グレイ判事は、被告側の言説を認める判決を言い渡す。リップシュタットはその堂々とした態度で賞賛され、法律チームの面々は、公判中自分が沈黙を貫いたにもかかわらず、彼女の著述がアーヴィングの嘘を論破し、勝利への基礎を築いたとリップシュタットに気付かせる。記者会見の場でリップシュタットは、法律チームの姿勢を賞賛するのだった。(ウィキペディア)

  • 良くも悪くも大団円的に終わってしまったのが残念。

    いつものジョギングへの注意喚起、反ユダヤ主義だけでなく他人種や女性への差別、取り囲む原告信奉者
    今まさに危惧されるような、危ういものが断片的に演出されているのに、ほとんど解決と見えてしまう作品となってしまった。

    終わりにはきちんと、(ホロコーストでの)死者と生者への言葉が向けられていたのは良かった。
    重すぎず見やすくはあるのだけれど、対トンデモ論者との法廷もの なのか、忘れられゆくホロコーストの注意喚起なのか?

    主人公は感情的で共感覚えやすく、主任?弁護士は言い訳せずに有能というキャラクター像の対比にも疑問。
    夜のホテルの部屋にワインを持ち訪ねて行き、成功の暁には主人公からの抱擁。
    本当にあってもおかしくはないし、この二人の間柄としてあったことかもしれない。
    けれど、これがこの作品で必要だったか?
    この描き方しかないか?監督の視点には疑問
    年配の男性の傲慢さにも見えた。

    ちょくちょく挟み込まれるイギリスへの笑えない嫌味に笑う。

    原題:「Denial」否定

    ー──────────────────
    生存者を出廷させない?
    ─させたくない
    不要だと?
    ─絶対に
    ─生存者への彼の質問権を正当化してしまうからだ
    ──────────────────

  •  ホロコーストが実際にあったかを法廷で争うことになったアーヴィング対ペンギンブックス・リップシュタット事件を映画化。

     定期的にこういうこと言い出す輩が出てくるわけですが、しっかりとこういう裁判もあったことは多くの人が肝に銘じておくべきでしょう。裁判そのものだけでなく、その不毛さを感じる為にも映画になっていることに意味がある。
     ストーリーとしても飽きさせず、こういう内容なのにしっかりエンターテイメントとしても楽しめる。

  • 1994年、アメリカのジョージア州アトランタにあるエモリー大学で、ユダヤ人女性の歴史学者デボラ・E・リップシュタット(レイチェル・ワイズ)が講演を行っていた。彼女はイギリスの歴史家デイヴィッド・アーヴィング(ティモシー・スポール)が訴える大量虐殺はなかったとする“ホロコースト否定論”の主張を看過できず、自著『ホロコーストの真実』で真っ向から否定していた。ある日、アーヴィングはリップシュタットの講演に突如乗り込み、名誉毀損で提訴する。訴えられた側に立証責任がある英国の司法制度で戦うことになったリップシュタットは、“ホロコースト否定論”を崩さなければならない。彼女のために英国人による大弁護団が組織され、アウシュビッツの現地調査など、歴史の真実の追求が始まる。2000年1月、多くのマスコミが注目するなか、王立裁判所で始まった歴史的裁判の行方は……。
    ホロコーストがあったかどうかを主題にした裁判の顛末を映画化したリーガルヒューマンドラマ映画。
    アーヴィングたちホロコースト否定論者は、ヒットラーが欧州でホロコーストの命令を出していないこと、アウシュビッツのガス室にいるユダヤ人の写真が発見されていないこと、アウシュビッツの図面の細かな不明点などを根拠に、ホロコースト否定論を主張している。
    それに対しデボラの弁護団は、アウシュビッツのガス室にいるユダヤ人の写真がないのはナチスが証拠を残さないために撮影を禁止していたこと、ポーランド軍がアウシュビッツを解放した際の資料を元にガス室があった場所にガスの残留物が発見されたこと、1933年にヒットラーがナチス親衛隊隊長のヒムラーに「ベルリンからユダヤ人を移送すること」を命令した事実をアーヴィングが曲解して逆な意味に解釈して著書を書いたこと、アーヴィングが仲間内の会合で人種差別的な内容の演説をしたことを突いて、アーヴィングの著書での主張の信頼性を問題視した。裁判の判決は本編を見て確かめてもらうとして、ヨーロッパではアーヴィングのようなホロコースト否定論者が、日本では南京大虐殺や関東大震災時の朝鮮人虐殺否定論者が、アーヴィングのように歴史的事実をねじ曲げあったことをなかったことにしようとすることによりナショナリズムを煽り排他的な流れに導く扇動者が、フェイクニュースやポストトゥルースを作って騙す動きがある現代だからこそ、デボラやデボラの弁護団のように歴史的事実を客観的に研究して歴史的事実をありのままに伝え、人々が歴史的事実についての知識を知ることが、フェイクニュースやポストトゥルースで惑わす扇動者に対抗する手段であることを、デボラとアーヴィングの裁判は教えてくれる傑作ヒューマンリーガルドラマ映画です。

  • ホロコーストが無かったと主張する歴史家が存在する事を知らず、それだけで衝撃的な映画だった。

  • 人は信じたいものを信じ、言いたいことを言う。世界中でこういうことが起きているのだろう。

  • ナチス大量虐殺の歴史に真っ向から異議を唱える歴史家アーヴィングと、その見解に改めて挑むユダヤ人歴史学者のデボラとの歴史学史上最も重要な出来事の賛否を問う法廷劇。

    冷静な事実認定に則った立証を推奨する弁護士とホロコースト生存者からの陳述を採用して貰えない苛立ちから感情的な部分で弁護団とぶつかるデボラ。
    多くにとって常識的な歴史上の事件を法廷で立証する事は、客観的な証拠集めから始まる。デボラと弁護士はホロコーストのあったアウシュビッツへ赴き、朽ち果てつつ残る施設を見て回るのだ。

    かたや、母国イギリスで名誉毀損によりデボラを提訴したナチスによる大量虐殺を否定する歴史家アーヴィングからもデボラの弁護士団の主張に対する抗弁が展開され、重厚感のあるスリリングな法廷シーンが続く。イギリスの法制度は日本と違って訴えられた側に立証責任があるため、本作ではデボラに弁護団がつき、慎重に訴えの正当性を打ち砕かねばならない。本作中の訴えた側であるアーヴィングは本人訴訟という構えだ。

    本作はほんの数十年前である2000年に実際に起きた法廷劇である。
    つい最近でも、ホロコーストを否定する人々が存在するとともに史実が覆った時の
    衝撃というか反動というべきか、世界への影響が懸念されるほどの大事件。

    結果的に判決はデボラの主張が認められ、視聴者もほっとするラスト。
    しかしアーヴィングもこれに懲りずに自らの歴史家魂でホロコースト否定論を続けるのだった。。

  • ホロコーストの悲惨さを描く名作は多いが、何と「ホロコーストはなかった!」と主張する学者も。
    それを批判したユダヤ人の女性研究者が名誉毀損で訴えられ、アーヴィングVSリップシュタット事件が1996年に勃発。


    歴史家アーヴィングは、主人公の学者デボラにホロコーストの否定で中傷されたとしてイギリス王立裁判所で裁判を起こす。
    これは、アメリカや日本のように、原告側ではなく、被告側に立証責任が求められるという特殊な事情を考慮してのことだった。
    イギリスの裁判制度の特殊性を見るにもいい機会だった。
    反証を法廷で述べる弁護士とその被告に付く弁護士など、チームで争う。
    (被告が弁護士から一切喋らないことを要求される裁判だというのも少し変わったところ)

    最後にデボラが記者会見で述べる言葉は、そのまま今の現職総理大臣とその周囲がやってることそのままのような気がした。
    ウソと説明責任だけは放棄したらダメっていう。

    アーヴィングの主張した、ホロコーストの施設にシアン化合物があったのは死体を消毒するためっていう主張には絶句した。 そして突っ込まれると防空壕としての説明をし出すし、嘘を嘘で塗り固めて行くと大体どこの国の人でもこういう内容になるのかと、納得してしまった。


    以下、引用。

    表現の自由を妨げる判決という人も
    そうではない
    私が闘ったのは 悪用する者からその自由を守るためです。
    何でも述べる自由はあっても、ウソと説明責任の放棄だけは許されないのです。

    意見は多種多様ですが、否定できない事柄があるのです。

    奴隷制の存在、黒死病、地球は丸く、プレスリーは死んでいます。


    当初、裁判が史実の判定には向かないと思ってたが、それはチームワークの価値を軽視していた。
    情熱的な弁護士たちの活躍あってのこと。


    そして、デボラのこの生存者と犠牲者に述べられた言葉で記者会見は終わる。
    「あなた方は記憶され、苦しみの声は届いた」

    ユダヤ人だけが戦争の犠牲者ではない(アーヴィング)のではなく、ユダヤ人も戦争の犠牲者だったという考え方がホロコーストを紛れもなく真実だと痛感されられる。

    事実や歴史を捻じ曲げ、歪曲化する信念の持ち主と対峙する時、情熱を持って具に真剣に向き合って間違いを指摘し、ウソを取り除く必要がある。 

    まさにオルタナファクトやフェイクニュースが蔓延する情報過多な現代にこそ、見るべき映画だと思った。 

  • 英国の裁判官は(司法は)まだ現実に健在なのだろうか。

    法を司る人たちは、俗人であって欲しくない。日本のような、官僚主義に取り込まれた勉強のできる奴らが集った既得権益集団では、裁判の場に“裁き”を委ねて、検察や警察の厳しい取調べから逃れた結果が、そこがもう後戻りのできない監獄への宣告を受ける場となっていた。などということがよくある。
    だが、この映画でみせた弁護士の法廷での後半の意見を述べるシーンは、被告側が意図的、恣意的に事実を歪曲しているということを、あらゆる証拠を列挙しながら挙証していくなかで「それらは彼は意図的ではなく、信じている。ということの挙証になるのではないのか」と投げかける。
    裁判は被告の勝訴となるが、この裁判官は法を司る者の立場で“裁き”をしたように感じたシーンだった。
    そして、原告のアーヴィン教授の演技も良かった。
    邦訳のタイトルにストーリーの行く先を惑わされてしまったが、それ故にか見応えはあった。

  • ホロコーストという題材を扱い、実話を基にして、ほとんど言葉の応酬だけで構成されているのにこんなに面白い。まあ法廷ものは面白い作品多いけど、それにしても今作の弁護士は知的かつ情熱的かつ有能で見ていてスカッとします。主人公である被告の女性も序盤は自分の正義に盲目的で悪いやつじゃないんだけどほんとアメリカ人だよなと冷や冷やする場面が多かったですが、イギリスで成長し最後の記者会見あたりまでくると本当に好意的な人物になっていて、そのあたりの見せ方もうまかったですね。また、歴史の暗部を後世に伝えるという意味では必ずしも悪いことではないですがホロコーストなどを扱う映画は大抵目を覆いたくなるような悲惨さを前面に出してきますが、今作はそういう場面がほとんどなく、余計なものを削ぎ落とし小手先のダイナミズムに頼らない貫禄のようなものを感じました。

  • 「ホロコースト否定論」を否定する法廷劇映画。悪魔の証明ではないが、否定を否定して肯定することの難しさと法廷戦術の面白さを堪能できる。レイチェル・ワイズの最終弁論も光るが、トム・ウィルキンソンの演技がとても良かった。

  • 実話だと思ってた...
    アーヴィングの悪役振りが判りやすすぎる。
    もう少し差別主義的な人はクールな顔で色んな場所に存在することを示して欲しかった。

  • 頑固にもほどがある

  • これも、実話に基づく映画。
    何年か前に、ホロコーストはなかったという言い出した学者がいると新聞で読んだけど、(それを支持する人ネオナチ?もけっこういて)そんなばかなと思っていたけど、裁判にもなっていたのね。
    もちろん、敗訴したけど。
    ネットで調べたら実名での役名だったわ。
    この偽歴史学者、アーヴィング(ティモシー・スポール)の人相の悪さといったらない。
    このでっちあげの嘘つき(被告側の弁護士談)にぴったしよ。どこかトランプと通じるものを感じたわ。
    このどこかで見たことある女優さん(レイチェル・ワイズ)
    なんだけど、あのダニエル・グレイグと結婚してるのね。
    原題の”Dnial”は”否認”の意。

    Dnial 2017年 110分 
    監督 : ミック・ジャクソン
    出演 : レイチェル・ワイズ トム・ウィルキンソン ティモシー・スポール アンドリュー・スコット ジャック・ロウデン

  • いろんな意見の人がいる。
    歴史を裁判にするというのは不思議な感じだ。

  • WOWOW/イギリス=アメリカ/2016年/ミック・ジャクソン監督/レイチェル・ワイズ出演

    歴史を歪曲する人たちというのはどこでもいるんだなと思う。それがまたホロコースト否定とは。それに対して批判したことで侮辱と歴史学者のデボラが裁判に持ち込まれる。向こうとしてはそれで名前が売れるし、あわよくば主張が通る。裁判が単に是か非かを争うものではなく、いろんな意味合いを持つ。戦術も、経験者を出すと早いし、申し出もあるのだが、弁護団はつけこまれるだけとその方法はとらない。被告の中心のデボラにも証言させない。戦術面を細かに描く。それに伴うデボラと弁護団の対立も生じ、緊迫感がある。裁判自体も紆余曲折があり目が離せない展開となる。原告は不利になっていくが、彼は嘘をついているのではなく、そう信じているとするなら罪があるだろうかという壁が生じる。なるほどなぁ。

    ホロコーストの今を巧みに取り入れ、啓蒙として、裁判ドラマとして、歴史歪曲に対する抗議としてどこから見ても真面目で一流で面白い映画でした。

  • 別途

  • 法廷で繰り広げられるやり取りにもハラハラするものがあったのですが、本件は被告の原告に対する中傷が真実であるということを、事実の積み重ねのみで立証していきましょう、という法廷戦略に沿ってあくまでも冷静に裁判を進めようとする英弁護士事務所側に対して、被告自らが感情的になって戦略を変えろの何のと文句をつけてくるあたりも、また違った意味でハラハラしました。実際の本人がこんな感じなのか、"アメリカの女"はこんな感じ、という映画的演出なのかは不明。劇中でやっていた「視線を合わせない作戦」はいつかどこかで試してみたい。ジャック・ロウデンが若い弁護士役で出ていました、眼福。

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