『青色本』を掘り崩す――ウィトゲンシュタインの誤診 (講談社学術文庫) [Kindle]

  • 講談社 (2018年2月9日発売)
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  • 青色本。ヴィトゲンシュタインの「哲学探究」。この本の脆弱性をつく。それが本書である。
    哲学者ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン。彼がのこした2つの代表作。哲学論考(以下、論考)と哲学探究(青色本、以後、探求)である。私は一応は読んでいある。ただし、一言一句を完全に理解しているとは言い難い状況にある。そんな中でも言えるのは探求のヴィトゲンシュタインは劣化したヴィトゲンシュタインだということだ。
    論考は例えるなら数学だ。たぶん、宇宙人ともわかりあえる。論考はそうではない。論考においてあれほど見事に断じたはずのヴィトゲンシュタイン。なぜか自分の信念を曲げ他人に阿る。そんな劣化版に見えてしまうのだ。
    その違和感の理由は単純。言葉、単語には絶対的な正しい意味があるとでも言わんばかりの言葉の運用にある。それが違和感を生んでいる。そもそも「リンゴ」という単語にはたくさんの意味がある。人によってその解釈も異なる。この前提を忘れている様に感じる。
    論考はその独特の記述でも有名である。すなわち、すべての文章には番号が振られている。文章同士がどのような関係性にあるのかがわかる。明確な構造があるのだ。プログラミング言語と同等なのだ。つまり、数学で扱えるのである。
    たとえ宇宙人であったとしても、同じ物理法則を共有しているのであれば、数学をかいせば相互理解ができると誰かからきいたことがある。宇宙人が数学を運用しているとしてその表現(表記)は我々のそれとは大きく異なるだろう。しかしそれは一対一に対応付が可能。すなわち完全互換。よって完全な理解に至れる。
    しかし探求はどうだ。そうなっているとは思えない。定義が不十分な言葉がそこらに出てくる。つまり、数学にはなりえない。単なるエッセイ。感想文。これでは宇宙人とはわかりあえない。そして探求はそれを論じていたはずなのだが、中途半端ゆえにそこに至らない。非常に歯がゆい。
    前置きが長くなった。本書はそんな探求(青色本)の批判の書である。私が前述した世迷言とは異なる。一節ごとにその解釈の脆弱性をついている。セキュリティ対策の穴を発見するブラック・ハッカー(本来はクラッカーと呼ぶべきだが、ハッカーに悪者というレッテルが貼られてしまっているのでこの表記する)のやること。それをやってのけている。すばらしい。
    個人的には、論考、探求、そしてこの本書。どれも自在に読める自分になりたい。一方、今の力量ではそれは叶わない。そういう意味で敗北感を感じているのであった。

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著者プロフィール

1951年生まれ. 専攻, 哲学・倫理学. 慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程単位所得. 現在, 日本大学文理学部教授.
著作に, 『〈私〉の存在の比類なさ』(勁草書房, のち講談社学術文庫),『転校生とブラックジャック──独在性をめぐるセミナー』(岩波書店, のち岩波現代文庫), 『倫理とは何か──猫のインサイトの挑戦』(産業図書, のちちくま学芸文庫), 『私・今・そして神──開闢の哲学』(講談社現代新書), 『西田幾多郎──〈絶対無〉とは何か』(NHK出版), 『なぜ意識は実在しないのか』(岩波書店), 『ウィトゲンシュタインの誤診──『青色本』を掘り崩す』(ナカニシヤ出版), 『哲学の密かな闘い』『哲学の賑やかな呟き』(ぷねうま舎), 『存在と時間──哲学探究1』(文藝春秋), 『世界の独在論的存在構造──哲学探究2』(春秋社)ほかがある.

「2022年 『独自成類的人間』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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