ナルニア国物語7 最後の戦い (光文社古典新訳文庫) [Kindle]

  • 光文社 (2018年3月20日発売)
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  • 解説の山尾悠子氏によると、「最後の戦い」を読んで中世フランスの叙事詩『ローランの歌』が想起されたそうだが、私の場合はエドワード・ギボンの『ローマ帝国衰亡史』が思い起こされた。

    少しずつ衰退しつつも十世紀以上永らえてきた東ローマ帝国が、オスマン帝国に攻められてついに滅亡するときの寂寥感と、ナルニアの末期は同じではないか。

    寡兵を率いてなお勇敢に戦う最後の皇帝コンスタンティノス11世はまさにティリアンだし、メフメト率いるオスマン帝国はカロールメンだ。
    異世界からナルニアを助けに来るユースティスとジルは、さながら遅れて救援に来る(ものの、国の滅亡を食い止めることはできない)西欧艦隊だろうか。

    残された生き物たちが厩の入口で左右に分かれていく最後の審判、そして天国にあたる新しいナルニア世界の描写は「ヨハネの黙示録」をもとにしていると云われているらしい。
    しかし本家の「黙示録」よりはおどろおどろしくないし、新ナルニアでは過去巻の登場人物が一同に介するため、より家族的な幸せに満ちている。

    今までのナルニアは本当のナルニアの写しのようなものであり、本当のナルニアは始まりも終わりもない。
    しかもこれまでペヴェンシー兄妹が暮らしていたイギリスまでもが写しであり、代わって本当のイギリスが出てくる。
    そして衝撃の列車事故の告知へとなだれ込む。

    「厩」はキリスト生誕の場所であり、本巻でもそれを想像させるかのように厩が重要な大道具として出てくる。

    非キリスト教徒の私には宗教的な何かを想起する感性はないが、厩の内側へ行けば行くほど世界が大きくなる、「内側は外側より大きい」という内面世界の広がりは、活字ならではの想像力が働かされる。

    自分の脳が空想の喜びに満ちていくのがわかる。
    ルーシーやジルの目にはいったいどんな世界が見えているのだろう、と。

    ルイスが描いた七篇以外にも、まだ無数の物語が存在するのだろうと感じさせるところも、この喜びに大きく寄与している。

    ユニコーンのジュエルが語って聞かせたいくつかの話--<白い魔女>が現れる前にナルニアを治めたスワンホワイト女王や、第九代ゲイル王の離れ島諸島遠征とドラゴン退治。

    他の巻でいえば、ドーン・トレッダー号でつかのま通り過ぎた海底都市と海底人の王族、地底世界ビズムとゴルグたちノーム、

    彼らは何者か、今頃どうしているのだろうか。

    解説で語られていたように「私だけのナルニア」が存在することになる。
    これぞナルニアの核であり、アスランが分けてくれる創造の喜びだ。

    そしてこれほど漫画やアニメや映画にするのがもったいない作品はないとも感じた。
    映像や音を他人の想像で決められてしまう媒体では、「私だけのナルニア」創造を再現できないからだ。

    第一巻「魔術師のおい」を読んだときの感想の繰り返しにはなるが、つくづく子どもの頃にこの本に出会いたかったものだ。

    それと最後にどうしても言及したかったスーザンの行く末。
    なんといっても今回衝撃を受けたのはスーザン。
    いったいどうして一人だけそんな結末を迎えてしまったのか……

    実はパリピになりたかったという願望がいつの間にか設定されてしまい、ポリーにも散々な言われよう。
    馬と少年では美しく賢明な貴婦人であり、カスピアン王子の章でも弓を持つなり風格を取り戻し、その場面のYOUCHANの挿絵もかっこよく決まっていたというのに。

    もっとも上記の章でルーシーのアスラン目撃談を妄言扱いしたり、旅の疲れで余裕のなさが見えたり、女王にふさわしくない振る舞いが見受けられはした。
    それが布石だったのか。

    急に家族全員が死んでしまってロンドンで孤児となったら、浮ついた生活などしていられないだろう。
    幼少時代の素直で誠実な性格をすぐに取り戻して、婚活にいそしみ、地に足のついた生活を取り戻したのではないだろうか。
    そして日曜は教会に通うようになり、そのたびにナルニアとアスランを思い出したのではないだろうか。

    ポリーはパーティの招待状にしか興味のないスーザンを厳しく見立ててはいるけれど、見限ってはいない。「大人になってもらいたい」と一縷の望みは持っている。

    そもそも早く18歳になりたいと願い、なったらなったでこれ以上年を取ることを前向きに捉えられないのは、ごく普通に若者が考えることではないか。
    私も18歳になったとき、スーザンと同じようなことを思っていた。

    ポリーの台詞を読み込むと「一生いまの年齢にとどまりたくて時間をむだに費やすことになるでしょう」とある。
    「一生」という単語のかかり受けが紛らわしいが、ここは「一生→時間をむだに費やす」ではなく、「一生→いまの年齢にとどまりたい」だろう。

    つまりスーザンがモラトリアムの通過点であることをポリーは認めており、いまは未熟だから仕方がないと思っているに過ぎない。

    仮に刊行時の1956年にスーザンが18歳だったとすると、2024年のいまは86歳。まだ生きていてもおかしくない。
    今ごろは介護施設に入り、高齢者向けのスマホ教室で操作を覚えて、ネットでナイロンストッキングでも買っているかもしれない。

    最後のほうまで理由が明かされないので、ペヴェンシー一家の挿絵を見返しては「やっぱり一人足りなくない?(ポリーを見て)これがスーザン? いや、こんなに年を取ったはずがないし……真ん中はルーシーだよね? うーん」などと考えて無駄な時間をつぶしてしまった。

  • 思っても見なかった最終回。キリスト教がバックボーンにあるというのがよく分かるしだからこそイギリスで売れたんだろうなと思える内容。異教徒でさえもアスランの国に行けたのが意外だったけれど、懐の深さを見せてくれたなと思う。子供に是非読み聞かせしたい本だと思った。

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著者プロフィール

(1898-1963)北アイルランドに生まれる。長い間母校オックスフォード大学で教鞭をとったのち、ケンブリッジ大学に移る。著書に『愛とアレゴリー』(筑摩書房)『ナルニア国物語』(岩波書店)などがある。

「2004年 『別世界物語 全3冊セット』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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