稲の日本史 (角川ソフィア文庫) [Kindle]

  • KADOKAWA (2018年3月25日発売)
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  • 農学者である著者が、DNA考古学やフィールドワークの結果等を駆使して、日本の稲作の歴史を明らかにした書。2002年刊行。

    縄文時代にも稲作は行われていたという。ただし、水稲ではなく陸稲だった。そして、「縄文時代に渡来したと思われる熱帯ジャポニカと焼畑の稲作(これを本書では縄文の要素と呼ぶ)と、弥生時代ころに渡来した温帯ジャポニカと水田稲作(同じく弥生の要素)の二つ」の要素が、実は近世まで混じりあっていたという。「米が主食となり、平地が見渡す限りの水田となり、現代日本人の精神構造が表に出てくるのは、ひょっとすると近世以降のことなのかもしれない」と。

    縄文時代と弥生時代の区別については、「イネも稲作も、縄文時代と弥生時代間には、以前考えられていたほどの大きな断絶があるようにはみえない。むしろ弥生時代がイネや稲作に関しては縄文時代の延長線上にあるようにもみえる」とのこと。

    そして、縄文時代に作られていた熱帯ジャポニカ(もち米、背の高い品種)は、弥生時代以降近世になるまで温帯ジャポニカ(うるち米)と一緒に雑多に作られており、休耕田が多く、水田は歯抜けのような状態だったという。「「見渡す限りの水田」という景観が登場したのは、おそらく太閤検地のあと、あるいは近世に入ってからではないかとさえ思われる」と。

    「近世から近代に移り変わるころに熱帯ジャポニカは農家の田からしだいに姿を消していった」。それは反収を上げるための品種改良のなせる技であり、「明治時代に国家事業として品種改良が始まってからの一〇〇年間でイネの背丈は約四〇センチも短くなった」という。

    本書にラストで著者は、これからの時代、弥生時代以降の呪縛を解いて、品種や作物の多様性を復活させ、また、森の恵みの復権を果たすべき、と提言している。

    なかなか面白かった。昔歴史で習ったことが、考古学の進展によって次々に塗り替えられていくのもスリリングだ。研究者も楽しいだろうな。

  • タイトルそのまま日本における稲の歴史を書いた本。縄文と弥生の比率が多く、近代のことはほとんど出てこない。単純に期間の長さで考えたらこの配分は適切かもしれない。品種の観点で言っても、この本が注目するのは熱帯ジャポニカと温帯ジャポニカのどちらであるかなので、とても大きな括りである。ルーツを知りたい人向けの本だ。

    縄文時代にも稲作はあったというが、それは現代の稲作に直結するものではない。主な違いは2点。品種と栽培方法である。現在は温帯ジャポニカを水田で作っているのに対し、縄文時代は熱帯ジャポニカを畑で作っていた。そして弥生時代でスパッと切り替えられたのではなく、少しずつ入れ替わっていたというのが正しそうだ。著者はこれを遺伝子を調べることで解き明かしていく。

    一般的に「伝統」と言われる事柄であっても、実はそれほど古いものではないことがある。どうやら稲作においてもそれは同じらしい。水田が支配的になったのは直近500年くらいのことだし、我々がイメージする稲作の方式は100年の歴史も無い。文化は変化するのがデフォルトと考えたほうが良いのだろう。

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著者プロフィール

1952年生まれ
京都大学大学院農学研究科修士課程修了
総合地球環境学研究所副所長・教授 農学博士
序章執筆
主 著 塩の文明誌(共著,NHKブックス,2009),イネの歴史(学術選書,2008),よみがえる緑のシルクロード(岩波ジュニア新書,2006),稲の日本史(角川選書,2002)など


「2010年 『麦の自然史 人と自然が育んだムギ農耕』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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