残像に口紅を (中公文庫) [Kindle]

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感想・レビュー・書評

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  • ※間違えて電子図書で登録してしまいましたーー。

    ネットで話題になっていた筒井康隆の実験的小説。
    主人公は作家の佐治勝夫。だが佐治を含める登場人物たちは自分が小説の登場人物だと知っている。
    佐治は、評論家の津田得治から日本語を一音ずつ消してどこまで小説が成り立つかを試してみようと提案される。
     すでに一音消えているんだよ。気がついたかい?


    章ごとに「世界から『あ』『ば』『せ』が消えている」など、使えない文字が表記される。章を重ねるごとに使える言葉はなくなってゆく。
    「あ」がなくなれば「朝起きて、朝ご飯を食べて、あなたに愛を伝える」なんてこともできなくなるし、「つ」がなくなれば「津田得治」という人物は消えてしまう。
    「ご」がなくなれば「ご飯」を食べられずに「米から炊いたもの」を食べることになる。
    このように置き換えられた言葉から元の言葉を想像しながら読んでゆくのがなかなか楽しい。
    途中では「随分音が消えたので、できる限りの表現で情欲場面を書いてみよう」「自伝を書いてみよう」「小説の書き方を解説してみよう」などお題が出てくる。
    この「小説の書き方スピーチ」は、「で」「す」が使えなくなった後なので語尾が「〇〇なのじゃ」「〇〇だがの」という喋り方になっている。この場面はもう爆笑しながら読んでしまった。小説の書き方自体は真面目なことを言っているはずなんだけど、喋り口調がや置き換え言葉が面白くて面白くて内容が頭に入らなかったわ(笑)
    情欲場面は…かなり長いんだがここも笑えた。たしかに性行為描写ってもともと仄めかし表現や置き換え言葉を使って曖昧に、想像力を掻き立てさせる方法を使いますからね。ある意味遠回しに遠回しに言っても一番無理がないのが情交場面なのかも知れない。

    実験小説のため作者も試しながら話を勧めたのだろう。日本語表現はどこまでのことができるのだろう?言葉を言い換えることによりものの存在や、人間のアイデンティティが変わるのか?というような考察が行われている。
    現代語と古語って使われている音が違うこと、「行為」など書くと「こうい」だけど発音は「こおい」に近い言葉が結構あるんだとか、物の名前というのはものを表すだけでなくものの状態をあらわしてもいるということ。
    人物が消えるのは、その人の名前の文字が消えたときだ。だから名前を知らない人は消えずに残る。すると名前を知っている人は名前と同時に消えるけれど、名前を知らないどうでもいい人はいつまでも残ってしまうのではないかという矛盾。

    章ごとに音が減ってゆくのだが、小説として成り立っているのは59章で残っている言葉が「い/か/が/た/だ/の/ん」のみになったところまでかな。
    <快感。良い高台だ。眼科の医院。花壇の開花>まあこのくらいなら主人公が見ている光景として成り立つ。日本語は7音あれば小説として通じる言葉ができるんだろうか。

    なお、タイトルの意味だが、主人公の娘が消えた時に「たしか娘は高校生だったがもう残像しか残っていない。せめて化粧をしなかった娘の残像に口紅をひいてみよう」と考える場面。人は好きなものが消える時にそれを美しく飾ろうとする。

  • 小説家と文学研究者が実験的な「超虚構」として少しずつ文字を減らしていく試みを描いた小説。
    酒を飲み、家族と食事をし、旧知の女性と情事を営み、壇上に立ち演説を行い、
    音が消え、表現ができなくなり、そのもの自体が消えていく。不思議な喪失感。
    どんどん制約が増えるのに、表現としてはそれを感じさせないのがすごい。
    「人間はいつも使っている言葉がなくなると、変ってしまうものだなと彼は思う。人間ではなく、まるで人間を装っている何かのようだ。」という文がすごく印象に残る。
    母語以外の別の言語を話すときに人が変わったようになるのも、ある意味そういうことなんだろうか。
    言葉とは思考を組み立てる道具であるけれど、もっと大きなものでもあり、使う言葉の種類は自分を構成する要素でもある。

    しかしこんなに大きな制約のもとで書いていくのは大変だったろうし、校正するのも大変だっただろうな・・と思いました。
    実験的なんだろうけど、かなりきちんとテーマが提示され、伏線が回収されていき、ラストも含めて面白かった。

  • 一般的ないわゆる物語的な小説とは違い「言葉遊びのおもしろさ」を久しぶりに感じられた一冊。
     圧倒的な語彙力、そして作家として物語を作り続け、且つのぼりつめた人間にこそしたためられる天才的な作品。

     この物語を説明するのは至って簡単で、「世界から『あ』が消えます」といった具合に、ページをめくるにつれて、小説中の言葉が次々に消滅していく。
     「文字が一文字ずつ消えていく」
     たったこれだけなのに、作中で起こっていることが強烈的で、慈悲深い。

     例えば、世界から『あ』が消えたなら、コンビニ等のお店に行って、何かを買っても買わなくても店員さんに言われるあの言葉。
     快いことを相手にしてもらった際に使う、あの簡素で綺麗で美しい言葉。
     主に恋人同士や家族など、親しい間柄で使われる、最上級の好意を表すあの言葉。
     英語で言えば「YOU」、妻が夫に敬意を込めて使うあの言葉。
     これらの名詞、動詞、代名詞、感動詞等々の品詞が1ページ目から使えないという縛り。
     であるから、この小説の中で「あ」が使われているシーンは一度もない。
    (これを確認しながら読むのも、とても楽しかった)

     さらにこれら使用できない文字がさらに続いていき、「ぱ」「せ」「ぬ」……と、制限される言葉は増えていく。
     そして最後に消えてしまう言葉はいったい何なのか、そしてこの世界はどうなってしまうのか、考えながら読み進めていく楽しさがある。

     登場人物は主に作家の佐治勝男、評論家の津田得治。
     佐治はこの物語の主人公であり、この物語を創作する人物。つまり、消された言葉で物語を紡ぎ、消された言葉で人生を左右されてしまう男。
     対して津田はこの「文字を消していく」という実験的な物語の提案者。彼が様々なルールを提示して、この物語が始まっていく。

     序盤は消えている文字が少ないので、何が消えたか探すのがとにかく楽しい。
     例えば「ぱ」が消えている場面で、
    ・香ばしく柔らかい物の専門店
    ・ガラスケースからは食品が消えてしまっている
    ・隅っこにケーキ類がほんの少し置かれている
    ・辛うじて三つばかりのクロワッサン
     となれば、これは「パン屋」が消え「パン」も消えていることに気づくことができる。
     しかし、「ぱ」という文字が使えない故、答え合わせができないのもおもしろい。
     このように、何が消滅していってしまっているかに注目して読み進めていく楽しさがある。

     消滅した言葉に人の名前があればその人物が消滅する。
     食べていたものの名前に消滅してしまった言葉があればそれも消滅。
    「あれ? 何かあったよな?」「誰かいたよな?」
     といった具合に大切な人や物を残像化されてしまう様は実に儚い。

     そしてしまいにはまともに会話ができなくなる。
     私たちは語尾に「ね」を用いることで、言葉の柔らかさを表現することが多々あるが、「ね」が消滅することで言葉が急にとげとげしく感じたりする。
     また、「ぼ」が消失してしまえば、社会的にもプライベートでも使いやすい、主に男子が使うあの一人称が消滅する。
     あの一人称を普段から使う人物が急に「俺」などと言い出すと、個性であるとか、らしさであるとかが急に失われてしまう。
     このようにして、言葉を次々に失われていく人物たちが、どのような会話を繰り広げるかという点も着眼点になりそうだ。

     本作は3部構成であり、私はその第2部に衝撃を受けた。
     2部までに消滅してしまった文字は28文字。
     さらに2部から3部までの間で20文字程度が消滅する。
     その数約50文字。
     この制限の中で、甘美で妖艶な官能小説が始まるのが凄まじい。
     官能小説はいくらか読んだことがあるが(えへへ)、そのどれよりも文学的で美しく、写実的な表現に舌を巻いた。
     ここまで手加減されても、このような文章は一生かけても真似できない。著者の圧倒的語彙力に脱帽。
     
     3部以降は主人公の佐治の精神状態、世界はどうなってしまったのか、そして最後に残る文字は何なのかをありありと楽しめる。
     もちろん、残っている文字が少ないがために、支離滅裂な文章が目立ち、何が起こっているのかもよくわからない。
     そしてただ、終わっていく。

     筒井康隆作品は映像でこそ見たことはあるが、正直意味がわからないものばかりであったし、追及するほど深入りもしてこなかった。
     しかし、この『残像に口紅を』を読んで、これほどまでに文章が巧みでうまく、尚且つ言葉遊びがうまい作家を見たことがない。
    (僕の読書レベルもたいしたことはないが……)

     そして信じられないことに、この作品が書かれたのが、1989年。
     スマホもなければパソコンもない。
     ギリ、ワープロを使っていたが計算機を使用しなかったという記述さえあった。
     こんなことが、現代に生きる私たちに成しえるだろうか?
     否、便利なものを使えば使うほど、私たちは書けなくなるし、計算できなくなることを自覚している。
     だからこそ、今響いた作品なのかもしれない。
     
     結局意味を考え出すとよくわからない作品であったが、執筆でしか表現しえないものを読むと、書物の素晴らしさにまた感動する。
     筒井先生の作品、もう少し勉強してみようと思う。

  • 日本語の音(おん)が少しずつ消えていく小説。

    例えば「あ」が消えると「ありがとう」が言えなくなり、認識もできなくなってしまう。
    名前の一部の音が消失したモノを、個として特定すると、そのもの自体も消えてしまうのだ。

    音が消えていくと、普段使っている言葉や的確に表現する言葉も消失してしまう。
    違う言葉で代用しても、だんだんまわりくどい言い方になったり意味が伝わらなくなったりする。
    消えた音は、小説内のセリフでも地の文でも使われなくなり、そのような言語制限がある中で小説は進んでいく。

    主人公の佐治と友人の津田は、「今現在、この現実は虚構だ」という認識で話を進めていく。
    佐治の小説が現実に繋がっていて、二人でともに現実を小説として作り上げていくのだ、ということらしかった。
    津田が望んだ展開、佐治が望んだ展開になることもあり、メタ的な会話や表現が使われる。

    終盤に差しかかるあたりでは会話が不自由になり、登場する人物たちは感じたことを言葉にすることができずイライラしたり困惑したりすることが多くなっていく。

    使えない音がどんどん増えていくなんて、そんな状態で小説の形になるの!?と不思議に思ったが、読んでみるとちゃんと小説になっていて(出版されているのだから当たり前なのだけど)、とても驚いた。
    同時に、小説はなんて自由なんだろうと思った。

    この小説を読んで、「ことば」と「もの」の繋がりはとても面白いと感じた。
    言葉で表せなくなると、そのモノが自分の認識から消えてしまうということ。
    「代わりの言葉」では表せない、的確な表現があることの有り難さ。
    またその「的確な表現」によって、自分の思考や感情を枠に当てはめてしまうことの危うさ……。
    色んなことが頭の中を巡った。

    とても興味深い一冊だった。

  • 言葉が消えていく世界のお話。「あ」が消えると「愛」という言葉も「あなた」という言葉も消えていく。物語自体は淡々と進んでいくんですが、これは最初にあの言葉が消えているから?逆に淡々としていなかったらこりゃかなり恐ろしい世界だなあ。読みやすかったです。

  • 作家の挑戦と自己満で、読んでる方はストーリーがどう進んでいるのかわからないし読むのが苦痛。

    残された文字だけで文章を構成するから大変なのは分かるけど、残った文字で表現出来る内容を書いただけでストーリー性が全く無い。

  • 最終的にはどうなるんだろうと想像しながら読んだ。30くらいの音でも文章らしくなっていたので驚いた。最後ルールミスについて触れられていたので、思わず探してしまった。

  • The 筒井ワールドって感じでしょうかね。音が少しづつ消えて言ってもちゃんと文章にできるのはすごいとは思いましたし、最後のほうは読んでいてとても不思議なふわふわした気分にはなりました。ただ、実は話の内容はなく得るものはあまりないんじゃないかとも思いました。新しい知識や考え方を得ることや感動があるというのがなかったので、この本はなんのために読んだんだろうかという気にもなってきました。。

  • そろそろ手に取らねばと読み始めたらノンストップで一気読み。ビックリ!魔法!?なにこの面白さ!冒頭から唸りっぱなしの感心しっぱなし。文字が消えていくとしか知らずに読んだから驚いた。内容の部分でも実験小説なんだ。虚構と文字遊び。文字の消える順番とタイミングがニクらしい鮮やかさで、しかもそれすらもメタ視点に落とし込んで面白味にしている。使える文字が減り、表現しづらくなってくると読み手の興味を刺激する展開へと進み、だからこそ文字の少ない中での言葉選び、言葉遊びが可笑しくて映える。この計算されっぷり。面白かった。

  • 合わなかった。

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著者プロフィール

小説家

「2017年 『現代作家アーカイヴ2』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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