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Amazon.co.jp ・映画 / ISBN・EAN: 4523215223331
感想・レビュー・書評
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死に対峙しようとする老人の姿が、様々な対比と色調の美しさの中で丁寧に描かれた作品です。
70歳を超えた俳優のジャン。彼は、仕事で訪れた南仏のロケ地で、死にゆく老人の演じ方に悩んでいた。図らずも、共演女優側の事情でロケが中断される。
降って湧いた休暇を利用して、近くにある、かつて愛した女性・ジュリエットが住んでいた古い屋敷を訪ねるジャン。
ジュリエットは、40年以上も前に20代前半で亡くなっており、その墓も屋敷の庭にある。
それなのに、当時の美しい姿のまま、彼女はジャンの目の前に現れる。長年秘めていた後悔の感情を胸に、幽霊の彼女と時を過ごすため、屋敷で暮らし始めるジャン。
そこに現れたのは、屋敷で映画を撮りたい地元の子供たち。
ジャンは彼らの映画撮影に参加し始めて…。
人生の終焉を前に過去に囚われているジャンと、これから訪れる長い未来を前に今を謳歌する子供たち。
そして、既に死んでいながら、ジャンに寄り添い、語りかけるジュリエット。
生と死、未来と現在と過去、希望と後悔などの概念が、三者の穏やかな交流を通じて、対極的に描かれています。
そして、映像としては、青系統の色使いと、木漏れ日などの「影」の使い方がいいなあ、と唸りました。
海の紺碧、空の青白磁色、遠くに見える山の緑青色、湖の透き通った水色、ジャンのシャツの白縹色、ジュリエットが纏うナイル青や紺色のワンピース、寝室の壁の群青色、カーテンや掛布団、椅子カバーなどの家具に使われたクレヨンの青のような青、などなど…。
彩度も明度も異なる実に多彩な「青色」が画面を彩っていて、目を奪われます。
そして、夏の日差しが庭に生い茂る木々を通過してつくる鮮やかな木漏れ日や、窓から入る光が壁に薄く青みを帯びた影を作る様、ロウソクの火に照らされた顔に赤みを帯びた影が落ちる様など、様々な影の色や形も、とても丁寧にとられています。
ストーリーとしては、起伏が少なくどちらかというと単調なテンポで進んでいくので、好みは分かれると思います。
けれど、人生は意外と単調に過ぎ去ってしまうという真理の中で、「死」という命題の考察と色彩の美しさを楽しめます。
そして、実はそれ以上に、70歳を超えて死を迎え入れようとする老齢のジャンを演じたのが、60年前にトリュフォー監督の「大人は判ってくれない」で未来を求めてもがく12歳のアントワーヌ少年を演じた、ジャン=ピエール・レオーであるということが、実に究極的な対比と奥深さを形作っていると思います。
どん底の環境の中でも、広い海のそばで、未来を求めるように一途な瞳を向けて立っていたしなやかな少年が、60年の時を迎えて老人となり、今度は、海を遠く背にして、諦観も含めて過去を昇華し、目を見開いて死を見つめて迎え入れようとするラストシーンは、実に感慨深いものがあります。
(私の勝手な憶測ですが、ラストシーンは、諏訪監督のトリュフォー監督へのオマージュだと思いました。)
70歳を超えたジャン=ピエール・レオの表情に、10代だった頃の面影が確かに残っているのが、これまたとても好ましい。
この作品だけでも楽しめると思いますが、トリュフォー監督の「大人は判ってくれない」を鑑賞した上でこの作品を観た方が、より楽しめるつくりになっていると思う作品でした。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
フランソワ・トリュフォーの一ファンとしては、「大人は判ってくれない」が彷彿とされ、老いたジャン=ピエール・レオーが子どもたちと列になって歩いている映像を見るだけで号泣してしまう。おまけに、子どもたちはかつて当俳優がやったと同じように大人を口汚く罵り、彼が(利用できそうな)俳優だと分かると今度は(ドキュメンタリー的な)対話を始める。子どもたちは映画を撮影しようとしているのだ。この設定はもう、たまらない。
本作の監督は諏訪敦彦という日本出身の人で、「能」に基づいているのは明らか。老俳優を迎えにくる「死」や「幽霊」とそれを阻む「子どもたち」が拮抗しながらドラマは進む。結末はどうなるのかわからないけれど、すさまじく贅沢な映画だということはたしか。
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