千年の夢 文人たちの愛と死 上巻(小学館文庫) [Kindle]

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  • 漫画雑誌「ビッグゴールド」に「恋愛列伝」のタイトルで
    連載されていた作品の文庫化。

    サブ・タイトルの通りに、明治以降の文人たちの愛と死を
    資料に基づきながらも作者独自の視線で描いている。

    上巻には9話お収録。冒頭は与謝野鉄幹を巡って恋と短歌の
    ライバルである与謝野晶子と山川登美子を描いた「月明」。

    現実のふたりの間には漫画に描かれる以上のどろどろと
    した葛藤があるのだろうが、友情を超越した女性同士の
    気持ちの揺れが切なく表現されている。

    「智恵子は東京に空が無いといふ。」で始まる、高村光太郎の
    「あどけない話」。「レモン哀歌」と並んで有名な作品でもある。
    昔々、この「あどけない話」に光太郎・智恵子夫妻の愛を感じた
    のだが、もしかしたらこの頃から智恵子さんはSOSを発していた
    のかもしれない。

    愛した妻が心を病んで手の届かないところへ行ってしまうのだ
    けれど、智恵子さんの心の意見のひとつの原因になったのは
    孝太郎その人自身ではなかったのかとの見方を暗示するような
    「二つの空」は、作者の智恵子さんへの思い入れを感じる。

    孝太郎と一緒になっても生活の心配をせず、好きだった絵に
    打ち込むことが出来たのなら、智恵子さんは心を病むことも
    なく済んだのかもしれないと思わせる。

    流浪の歌人・種田山頭火を題材にした「青い山」では、山頭火の
    奥様であった咲野さんからの視点で描かれているのが新鮮。

    林芙美子の男運の酷さには泣けてくるし、美への昇華を詩に集約
    した萩原朔太郎のダメっぷりには呆れるほど。

    そして、アクターこと芥川龍之介を描いた「東方のイカルス」で
    はアクターが幼いころから抱えていた母性を知らないという宿痾
    が凝縮されている。

    女性の書き手だけに、女性よりの視点で描かれる文人たちの生涯
    と愛の物語は新鮮でもある。

  •  滋味あふれる大人の恋愛マンガを描きつづけてきた短編の名手・齋藤なずな。彼女が、近代日本文学の“神”たちの恋物語を取り上げた短編連作が、『千年の夢 ――文人たちの愛と死』(小学館文庫/上下巻各657円)である。

     与謝野晶子、夏目漱石、有島武郎、芥川龍之介、高村光太郎、萩原朔太郎、太宰治、岡本かの子、樋口一葉、島崎藤村など、誰もが知る大家たちの、多くは誰もが知る恋愛――たとえば、高村光太郎と智恵子の恋、太宰と山崎富栄との心中に至る不倫、藤村と姪の駒子とのスキャンダルなど――を扱いながら、ありきたりのラブストーリーになっていないのはさすがである。

     「はじめに」で、齋藤は言う。
    「私という小さなコップで大海の水を掬ったような具合ですから、読者の描く文人たちのイメージを多く裏切るかもしれません。でも、もし、彼らもまた生きて苦しんだ同じ人間だと思っていただけたら、幸いここに尽きます」

     謙遜ぎみのこの言葉の中に、本作の魅力は言いつくされている。つまり、神格化された主人公たちの伝説化した恋愛を描きながらも、齋藤はけっしてその「伝説」によりかからず、自身の身の丈に合わせて再解釈をし、リアルな恋愛ドラマに仕立て上げているのだ。登場する文人たちは、立派な文学者としてではなく、どこにでもいそうな生身の人間として――すなわち弱さも卑小さも欲望も持ち合わせた普通の人間として――読者の前に立ち現れる。しかし、それはけっして矮小化ではない。

     齋藤は、各作家についての文献を読みこんだうえ、独自の解釈と部分的な創作も加えて、文人たちの恋を描く。もとより、マンガ界でも一、二を争うほど文学的資質に恵まれた描き手だから(齋藤と近藤ようこは、小説家になっても成功した人だと思う)、たんにエピソードをなぞるのではなく、各人の文学を深く理解したうえで物語が作られている。たとえば、有島武郎の自死に至る恋を描いた一編「海に落ちる道」で、『或る女』を与謝野晶子に絶賛された有島が晶子に返す言葉は、次のようなものだ。

    「とても及ぶものではありませんんが、『或る女』の源流は『乱れ髪』なのです。けれど、私がなぞり得たのはあの中の放縦な美しさのみです。あなたの歌では放縦であることがそのまま清潔で高貴なのですから」

     ――これなど、じっさいに有島が晶子に言った言葉だと言われても信じてしまいそうだ。
     また、宮沢賢治を主人公にした一編「恋文」では、賢治のひそかな恋の相手を(男性である)保坂嘉内であると設定しているところが面白い。
     いまとはちがって、小説家や詩人がまぎれもない「スター」であった時代だからこそ生まれた、輝かしくも痛ましい恋(その多くは悲恋であり悲劇である)の数々。同傾向のマンガとしてはすでに村上もとかの『私説昭和文学』という連作があり、これもなかなかの力作であったが、恋愛の描き方の深さという一点では、齋藤の作品のほうが上だと思う。

     柴門ふみなんかよりずっといいのに、発行部数は柴門作品の100分の1程度でしかないはず(推定)の齋藤なずなだから、この本もすぐに書店から消えてしまうはず。その前にゲットすべし!

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