クアトロ・ラガッツィ 天正少年使節と世界帝国 (上)(下)巻セット (集英社文庫)

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  • 美術史家若桑みどり氏が挑む、天正少年使節とキリシタン史。
    若桑氏はもともとイタリアルネサンスの美術を専門にしていたが、ミケランジェロをいくら研究しても日本人の自分と何も接点がなく虚しかったそうだ。

    ヨーロッパと日本のファーストコンタクトを担った天正使節の少年たちを、若桑氏は資料を読み込みながら、これ以上はないほどの心をこめて見つめ、描く。バチカンに残る膨大なイエズス会記録や国内外の史料を収集し、彼らが歩いたローマの街をたどる。船の旅路も、またその後の人生も。

    少年は4人いたのに、「東方の三王子」に扮しなくてはならなくて3人でパレードに列席し、イタリア諸侯や法王の権勢誇示に使われた。

    当初日本にきたのはイエズス会。宣教だけでなく、活版印刷や病院運営、学校など多くの文化知識をもたらしたが、キリシタン大名領地を保護するための武装や貿易、ビジネスなど武闘派、投資家の顔ももつ。
    時は信長、秀吉、家康と、各勢力が血で血を洗う戦国時代。

    仏教では救われないと、キリスト教に救いを求めた、女性や貧しい人々、純粋に教えを信じた多くの信者がいたが、支配者は絶対神信仰、西欧列強との結びつきを危険視し、ローマ帝国以来と言われる規模で迫害し凄まじい数の殉教者を出した。

    16世紀末にはかなりクリスチャンは多く、高位の大名や武士もいた。高山右近は大変印象深い人物。日本の武士道とキリスト教が結びついた精神の持ち主。茶の湯との関係も。

    もし日本がキリスト教国になっていたら? 西欧的な思想や文化がもっと浸透した国になっていたかも。または、ヨーロッパ列強国の植民地になって、インドやフィリピンのように被支配者として苦難の道を歩んだかも。

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