内容はタイトルでおおよそは想像できる
平尾誠二さんが書かれた内容ということでも想像できるかも知れない
平尾さんはホントに卑怯だと思う
アレだけ格好良くて、コレだけの人生哲学を語れる
自分のような愚か者としては、まずはその理不尽に勝たなければならないと思うのだ
そしてもうお亡くなりになっている
これも理不尽だ
ただ、ご友人の山中先生が書かれた友情でも平尾さんがご病気になった時の事は書かれていて、まさにこの本のタイトルのように「理不尽に勝つ」という姿勢を貫かれていたように書かれていた
イヤむしろ平尾さんはむしろご自身の病気を「理不尽」だなどと思われていなかったようだ
重い病にかかってしまうというのはまさに理不尽だと思う
しかし、常日頃と変わらない姿勢で、山中先生の全面バックアップに「スゴいな!あんな偉い先生が僕のために色々考えてくれるなんてな!」と仰っていたという
、、、これはもう自分とはモノが違う
理不尽にもならない
さて本作
自分も常日頃からふとした時に考える事であったために手にとった本
人間は生まれた時から不平等であり、色々な理不尽がある
しかし、そんな時に思う言葉が「自分責任論」である
そんな言葉が世にあるのか、浸透しているのかは知らないが、この言葉は同僚の女の子が語っていた言葉である
オーストラリアで旅行をしてきたというのでその経験を語る会というのが開かれ、全く知らない娘だったが個人的にそういったバックパッカー的な事やノリが大好きなので業務終了後に会議室に行って話を聞いてみた
今でこそよく聞かれる言葉だが「サステナビリティ」というのも彼女から初めて聞いた
オーストラリアには単純に遊びに行ったという事ではなく色々なインタビューをしに行ったらしく、向こうの有給休暇の考え方などを色々と語っていた
そこで一番印象に残り、今でも自分の中心に近い部分に保存してあるのが「自分責任論」である
なにか起きた事に対して、それを誰かのせいにしていたらムカムカする事もあるだろうし、わざわざ自分が成長できる可能性を断っているようなモノだ
すべての起きた事について、自分のせいにして考えてみるというのが自分責任論なのだと思う
おそらくその言葉を聞く前に自分の中でそのような考え方はあったのだけど、それを言葉にして理論付けて説明してくれたという事で自分に刺さったのだろう
あぁ全く関係ない事をツラツラ書いてしまったのですが、この本の最初の方で書かれている内容はまさにこういった考え方なのだと思いました
あとはサッカーの日本代表監督だった岡田さんとの語りについても印象深く読みました
人間というのは一人ひとりは賢くても群衆となると基本は愚民なのだと思っています
ネットの時代では同意している人が多い意見が目につくようにできていますが、そういった意見を見ていると凄く感情的で愚かなモノが多い
まさにこの本にも書かれていましたが、岡田監督が勝てなかった時にすごい人格否定がされ、そして冷静に持論を語るべきマスコミにもPV数が欲しいだけ(岡田さんの頃は雑誌が売れれば良いだけ)の愚者しかいない
まさに今も森保さんがあまり良い結果を残せていないですが、ネット上にはエセ評論家が溢れ、マスコミはPV数を稼ぐためにバッシング
また話がズレたすません
平尾さんもラグビーで代表監督をやられていて、同じような目にあっているようでした
でもそこでさえ平尾さんは「そこまで本気で応援してくれている」って事だろうというような感じだった
スゴい人だ
最後に一つ
この本を読むと分かるのが、平尾誠二という男の「理論を組み上げて言葉を紡ぎ出す姿勢」である
根っこには知識も必要なのだが、何よりも今起きている事を自分で理解し、それを頭の中でいろいろな角度から考えて言葉として紡ぎ出す
容易な言葉でいうと「自分が思っている事を言葉にする」という事だけなのだが、これは意外にできなかったり諦めてしまったりする人も多い
相手が理解してくれないんで「もう良いや」となっちゃう人は少なくないと思う
自分もその口ですが
山中先生と最初に合われた時もそうだったみたいですね
事前に山中先生の研究内容を学んでいって、あれはどうなんですか?とかこういう事ですか?と言って、山中先生もタジタジだったと書かれていた
このお二人の会話というのはホントに興味がある
時にはしょうもない話をしていたのだろうけど、集中した時の研ぎ澄まされた思考と思考、それを言葉にする、それを理解する知見
想像するに、武道の高段者同士の間合い取りなどに近いものがあったのではないかという感じがする
なんか本作と無関係な事を大量に書いてしまったのですが、平尾誠二というのはやはりとてつもない並外れた魅力に溢れた人物であるという事です
読んで良かった