ホモ・デウス 上下合本版 テクノロジーとサピエンスの未来 [Kindle]

制作 : 柴田裕之 
  • 河出書房新社
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レビュー : 19
  • Amazon.co.jp ・電子書籍 (567ページ)

感想・レビュー・書評

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  • 昔、友人にすべては01(ゼロイチ)で表現できると言われ、進路変更したことがある。でも、その後、転回することになる。現在の友人には、霊の話を聞かされているが、今の私には、その道に行くモチヴェーションもない。結局、科学主義が私の現状である。今、統計の勉強をしているのも、そのためだ。以前、『統計学が最強の学問である』というシリーズ本で、人工知能は人間には理解されないが、統計は人間に理解されやすいようになっている、という利点が書かれていた。

    でも、サピエンス(人間)に理解されるかどうかがもっとも重要なことなのかと問われると、困ってしまう。自分がサピエンスであるから、その視点でしか物事を見えないような気がする。それが現状である。

    知能と意識を区別していたところに感銘を受けた。確かに、人工知能は時代の申し子であるが、人工意識はあまり聞いたことがない。私は昔から、自己意識は必要ないという路線で生きてきた。意識もまたどこまで必要なのか不思議に思ってきた。本当のところを言うと、知能も必要ないのではないかとさえ思っているのだが、とにかく、万事が万事、うまく動けばいいという発想だった。それが、知能で動くのか、意識で動くのか、それはどうでもいい、そう考えてきた。しかし、結局、何かで動くと考えなければならない気もする。意識の価値を少しでも知りたい。

    そういえば、チャーマーズの『意識する心』という本もあった。仮に、すべてをコピーすることができるとするならば、意識の価値はなくなってくる。なぜなら、全く同じ意識なら、もうここにあるのだから、さらにもう一つは必要ない。また、他のすべてはコピーされるけど、意識だけコピーされないのであれば、そして、まともに動くなら、意識なんか必要なかったということになる。

    つまり、要約すれば、「意識は共有されず、知能ばかり共有される」:そこがポイントかも知れない。

    霊を信じている友人は、きっと、意識も共有されると信じているだろう。テレパシーの話もよく話した。だが、どういう要件を満たせば、テレパシーが成功したと言えるだろう。

    だがしかし、神を絶対視していた時代があったとすれば、これからの時代も変わりつつあるはずだし、価値をどこにおくかも変わってくるだろう。そのとき、何がいちばん大事なのかを深く心に刻んでおきたい。

    その変化というのも、カタストロフィのようにやってくるのでなく、徐々にやってくるというのがこの本を読んでの読後感である。

  • 本書は知の巨人が書いた、化物じみた本であり、あまりに学んだことが多くノートにまとめた要点は16ページに及んだ。

    近年はAIの出現により人間の仕事が奪われるという観点で書かれた書籍が多い。しかし、本書によれば、AIを含めたテクノロジーの進歩により奪われるのは人間そのものの存在価値である。正確には、本書では遺伝子操作、生化学操作、サイボーグ工学などを含めた総合的な視点での科学の進歩について言及している。私達は自らが信じるイデオロギーや宗教観が根本から崩されかねない危機に瀕している。

    しかも、「幸せの追求」という大義名分のもと、私達はそれらのテクノロジーの進歩を称賛し切望している。

    非死で能力を強化された超人を「医療」という体で生み出し、その技術による恩恵に預かれない「人間」という下等カーストが生まれる。

    また、膨大なデータから瞬時に答えを導き出すコンピュータにもはや人間は太刀打ちできないことを本書は事実に基づいて名言している。想像性と芸術の領域は安泰だと思っている方は是非本書を読んで欲しい。

    感情というものが空想の産物であることもまた、私達が今まさに自ら暴こうとしているのだ。もし人間がアルゴリズムでしかないのであれば、もはや生き物ですらないもの以下の存在となる。そして、データに所属すること、つまり自らの生体情報や知識をデータベースに提供することが生きる価値となると著者は言う。嘘だと思うなら、ウェアラブル端末に身を包み、必死にSNSに情報を発信している現代人を想像すれば良い。

    著者が本書に込めたメッセージは、これらの未来を防ぐために「私達はどう生きたいのか」選択する必要があるということだ。

    私は著者という知の巨人と比べてまったくの無知ではあるが、これから生きる上でこの人間の自己矛盾に注意して行動を選択していきたい。

    最後に、本書は哲学書ではなく、科学書であると述べて結びとする。

  • 感想を書くにもこれは広範にすぎて再確認したければ再読するか、せいぜいマーカーした部分を拾い読むしかない。とにかく今まで読んできたどんなSFより面白かったのは確か。5年ごとに「サピエンス全史」と再読し、どのように歩んでこれたかを検証できる楽しみが出来た。これがこの値段で手に入れることができる現在はそれこそが幸福だと言える。

  • 人が頭の中で処理することは全て電気信号である。その電気信号は実験により操作可能であることが立証されつつある。
    身体においても、テクノロジーの発達で今まで考え得なかった健康状態の維持や寿命の長さが実現しうる。

    これらの推論を頭に入れておかないと、10年スパンでの世の動きに飲み込まれてしまう。長い期間を念頭に置いた時、自分は何をすべきか?と立ち止まり考えさせてくれる書籍。

  • サピエンス全史に続く良書。

    サピエンス全史がこれまでの歴史を振り返り、ホモ・デウスが現在から未来を見通すという作りになっています。

    これを読むと、利己的遺伝子で、DNAが自分を増やすために生物を乗り物にしてきたとの同じで、データが自身を増やすために人間を乗り物にしてきたのではないかという考えが湧いてきます。

    では、データがただ自分を増やすという本質を持っているとすると、今後どうなるのか?これまでは、データは人間がいないと増えることはできなかったのですが、ITの進歩により、必ずしも人間がいなくてもデータは増えることができます。

    これまで、人間はより多くのデータを扱えるものが力をにぎってきました。
    また、データは人間によって増えることができました。
    いわば、増えたいというデータの本質と人間は同じ目的を持って進化してきたとも言えます。

    ここで、データが増えるのに人間が必要でなくなった場合、データの増加欲求と人間の力を求める欲求に乖離が生じます。
    どのような未来が待っているのか、我々はどうしたらいいのか、考えるのに非常に面白いテーマが与えられたと思います。

  • いや、本当にすごい本です。上巻は「現代の社会がそれまで人類を死にもたらしてきた大きな要因である、飢饉と疫病と戦争を首尾良く抑え込んできた」というところから始まる。繁栄と健康と平和を確保した人類が次に目指すものが老化や死の克服、幸福の追求、そして人間を神にアップグレードさせること(ホモ・デウス)を目標としていくという流れはとても分かりやすい。そして幸福とは・・・「幸福は客観的な境遇よりもむしろ期待にかかっている。私たちは平和で裕福な生活からは満足感が得られない。それよりも、現実が自分の期待に添うものであるときに満足する。あいにく、境遇が改善するにつれ、期待も膨らむ。」「私たちの生化学系は、無数の世代を経ながら、幸福ではなく生存と繁殖の機会を増やすように適応してきた。生化学系は生存と繁殖を促す行動には快感で報いる。だがその快感は、束の間しか続かない。」「エピクロスはおよそ二三〇〇年前、快楽を過度に追求すればおそらく幸せではなく惨めになるだろう、と弟子たちに警告した。その二世紀ほど前、ブッダはそれに輪をかけて過激な主張をし、快感の追求はじつは苦しみのもとにほかならない、と説いた。快感は 儚く無意味な気の迷いにすぎない。私たちは快感を経験したときにさえ、満足したりせず、さらにそれを渇望するだけだ。したがって、至福の感覚や胸躍る感覚をどれほど多く経験しようと、私たちはけっして満足することはない。」などはしっかりメモした。そして、サピエンスが世界を支配した理由を「サピエンスだけが共同主観的な意味のウェブ──ただ彼らに共通の想像の中にだけ存在する法律やさまざまな力、もの、場所のウェブ──を織り成すことができるからだ。」と主張する。そして、それを助けたのが書字と貨幣だというところも説得力がある。

    ただ、そこから先は難しかった。人間至上主義というある種の宗教が20世紀を席捲したこと。これをデータ処理とアルゴリズムという観点でとらえること。「資本主義が冷戦に勝ったのは、少なくともテクノロジーが加速度的に変化する時代には、分散型データ処理が集中型データ処理よりもうまくいくからだ。」という文章はとても印象的。つまり、これからはデータ至上主義、アルゴリズムの時代なんですね。GoogleやFacebookのアルゴリズムが本人よりも本人をよく知っている(あるいは知るようになる)というのは容易に予想がつく。そしてそのためにはネットワークにデータを供給し続けることが価値なのだという視点。う~ん。わかるけれども理解しきれないような。確かにそうなったとき、人間の価値って何なのだろう?もちろん筆者はそうした否定的な形で筆を閉じてはいない。「AIが進歩し、ほとんどの分野で人間に取って代わり、人間について、本人よりもよく知るようになれば、大多数の人は存在価値を失い、巨大な無用者階級を成し、人間の人生と経験は神聖であるという人間至上主義の信念が崩れる。一握りのエリート層は、自らをホモ・デウスにアップグレードし、無用者階級を支配したり切り捨てたりして生き残りを図るかもしれない。」と語る。さて、自分はホモ・デウスにアップグレードできる人間側に残れるのだろうか?

  • 書評はこちらに書いてます。
    https://yone3.net/book/5125

著者プロフィール

ユヴァル・ノア・ハラリ(Yuval Noah Harari)
1976年生まれのイスラエル人歴史学者。専門は世界史とマクロ・ヒストリー。
オックスフォード大学で中世史、軍事史を専攻して博士号を取得し、エルサレムのヘブライ大学歴史学部で終身雇用教授として歴史学を教える。軍事史や中世騎士文化についての著書がある。オンライン上での無料講義も行ない、多くの受講者を獲得している。
著書『サピエンス全史』は世界的なベストセラーとなった。2015年にヘブライ語で"Homo Deus: A Brief History of Tomorrow"を出版。その翻訳書『ホモ・デウス』が2018年9月に刊行される。

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