ホモ・デウス 下 テクノロジーとサピエンスの未来 ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来 [Kindle]

制作 : 柴田裕之 
  • 河出書房新社
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レビュー : 7
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感想・レビュー・書評

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  • この点の本は下巻よりも上巻の方が面白いという印象があったが、今回ばかりは下巻の方が面白かった。

    未来予測系の本を読むと「なんかネットで見たことのある話の寄せ集めだな」と感じることが多い。結局のところ最新技術紹介でしかなく、「だから未来は今よりも素晴らしいです。良かったですね」で終わってしまうのだ。せいぜい今の価値観・仕事の仕方に固執していると置いてかれると警告がある程度。

    しかし本書は違う。人間の価値観が技術の影響下にあることを前提に、今の人間至上主義が無くなる可能性がある、と述べている。タイトルにもなっている「神となる人」よりも、こっちの方が重要だと思う。

    いつの時代・地域でも、人は今の価値観が絶対で普遍的だと考えてしまう。他の価値観があることを知識としては知っていても、それはまともではないと思いがちだ。昔の人は分かっていなかったから神を信じていたのだろう、と。

    だが今の人間至上主義も、国民の質と数が国力に直結する世界だったからこそ生まれたものである。そのためこの先アルゴリズムが進歩し、人の数が力とならなくなった時、人権を守る必要はあるのか。このように話を持っていくから本書は他と違う。

  •  人類の未来を展望する知的エンターテイメントの下巻である。読み物として楽しめる。しかももしかしたら本当の未来書なのかも知れないという思いに駆られる。
     下巻では人類のいわば思想史的な展望である。神に全てを託していた時代が終わると人類はその規範を自分自身の内面に求めた。個人の判断という金科玉条を盾に近代が展開する。そしてそれがデータ至上主義へと進むのだという。それは既に起きている。
     個人の判断よりも他人の判断の集積であるビッグデータの方を信用し、結果的に何も考えなくても快楽が得られるような選択をして何の違和感も覚えない。結果的に人類がたどり着くのは何か。問題提起で本書は終わる。
     極めて常套的な内容であり、よく考えればあまり新しいことは述べられていない。しかし、それでも読ませる力があるのは圧倒的な用例と筆力だ。いろいろと立ち入ったことを述べながらも本道からあまり反れてはいかない。癖になる文章構成は言葉は適切ではないが大衆的論説文の典型ではないかと感じたのである。

  • この先、自由意志や「私」と「私たち」あるいは「人類」との関係を語るのに、本書を避けて通ることはできないであろう完成度。ダニエル・カーネマン「ファスト&スロー」、ナシーム・ニコラス・タレブ「ブラック・スワン」「反脆弱性」を読んだときの興奮を思い出した。

著者プロフィール

ユヴァル・ノア・ハラリ(Yuval Noah Harari)
1976年生まれのイスラエル人歴史学者。専門は世界史とマクロ・ヒストリー。
オックスフォード大学で中世史、軍事史を専攻して博士号を取得し、エルサレムのヘブライ大学歴史学部で終身雇用教授として歴史学を教える。軍事史や中世騎士文化についての著書がある。オンライン上での無料講義も行ない、多くの受講者を獲得している。
著書『サピエンス全史』は世界的なベストセラーとなった。2015年にヘブライ語で"Homo Deus: A Brief History of Tomorrow"を出版。その翻訳書『ホモ・デウス』が2018年9月に刊行される。

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