騎士団長殺し(新潮文庫) 全4冊セット

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感想・レビュー・書評

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  • まだ、続きがあるのでは? このあと完結編が出るのでは、と思ってしまう。ねじまき鳥の時ほどではないけれど。

  •  やっと手に取った。個人的には、いろんな意味でちょっと敷居が高くなっている村上春樹の長編である。

     読み進んでいくうちに、デジャブのようなものを次々と感じ、そのうちに「これはわざとだな」と感じた。以前の作品のモチーフを意図的に使いながら、それに別の意味合いを持たせようとしている感じがした。主人公の造形が、今までの作品とちょっとだけ肌触りが違うことも、その「別の意味合い」という感じを後押ししていた。

     結局その「別の意味合い」というのは、物語の最後までつきあうと、その帰着点にあるように思う。こういう結末を迎える物語は、今まで作者はあまり書いていなかったのではないだろうか。良い意味で、「大人だなあ」と率直な印象を持った。そして、その結末が、今の僕にはすとんと胸に落ちた。ただ、主人公以外の人物については、全然「収まるところに収まった」という感じはしないし、まだ謎が残っている感じがしなくもない。でも、まあ、それはそれでいいのだろう。

     個人的には、日常が少しずつゆがんでいく第1部の方がおもしろかった。作者の美術家としての仕事ぶりを、例によって独特の比喩表現を使いながら、比較的淡々と書いていくあたりが、特に興味深かった。

     考えてみれば、主人公だって大変な才能に恵まれているわけだし、どの登場人物も比較的「優雅な」勝ち組人生を送っていると言えなくもないと思う。時代を変えた「高等遊民」物語なのかなとちらりと感じる。もちろん村上春樹には村上春樹が書くべき物語があり、僕はそれを確かに楽しんでいるのだけど、心のどこかで、別の物語を村上春樹の心を通して読みたい気持ちを持ってしまった。

  • 文庫が発売されたので、予約して購入。
    第二部発売は一月後なので、まずは一部「顕れるイデア編」について。なので、とりあえずは“評価なし”で。
    最近の村上春樹は微妙、と思いながらも読んでしまう。
    好きなのかな。
    好きなんだろうな。

    今のところ前作『色彩を持たない〜』に比べると面白い。
    でも結末がどうなるかが大きい、もちろんだけど。
    前も書いたけど、村上春樹のありがちな残念ポイントは、
    “勿体つけてその謎が解決されない/大したことない”
    ところなので。

    ザ・村上春樹の世界。
    だけど惜しむらくは、そこかしこに見られるモチーフが、過去の作品の寄せ集め、のような気がしてしまうこと。
    同じアイデアが衣装を変えて描かれている、という感じ。
    私は、カフカのカーネルサンダースや、ねじまき鳥の井戸や、半分あっちに置いてきたナカタさんの影を見てしまう。

    うん、でもやっぱり表現は上手いんだよな。
    騎士団長の登場のシーンといい。
    村上春樹は食べ物が美味しそうとか言われるけど、やっぱりそれは表現が上手いからだと思う。
    だから、読んでいて面白い。細部に宿っている何かが、読者を掻き立てる。
    ただ、大枠のストーリーが、それに伴っていないケースがあるのだと思う。
    特に近年。
    …偉そうな事を言っている自覚はある。

    後編を待ちます。

    さて、後編『遷ろうメタファー編』読みました。
    読後一番気になったのは、
    まりえは免色家でトイレをきちんと流したのか?
    だった。
    些細なことだけど書いて欲しかった。ゴミの始末のことを書いたんだから。

    なんだろうな。
    人生の出来事って、必ずしも意味があるわけではないし、
    そういう意味では、多分こういうのもありなんだろう。
    意図しているのだとしたら。
    でもね、
    読んでいる身としては、
    で、結局あの冒険は何の意味があったの?
    まりえの失踪の解決に貢献したの?
    っていう疑問がどうしても。
    騎士団長は何のために殺されたの?
    うーむ。私は答えを求めすぎなのだろうか。
    しかしながらなんですが、
    今回は比較的まとめるのが良かったのか、
    そんな未解消感があっても大きな不満は感覚としてはなかったのも事実。

    でもね、前篇読んだ時に書いたように、
    どうしても同じような話のコピーに感じずにはいられない。
    同じ話を登場人物と時代設定と形を変えて書いているような。
    具体的に書くと、羊シリーズ、カフカあたりかな。

    あと、村上春樹の現代のテクノロジーについていけなさ加減に気づかずにはいられない。
    (一方で、その昔村上春樹がエッセイで、こういった読者のつっこみに対し許してほしい的な事を書いていたのを思い出す。
    何かの小説にラジエーターが搭載されたフォルクスワーゲンを書いたらしく、そして実際にはフォルクスワーゲンにはラジエーターはないらしく、それを突っ込まれた村上春樹が、「僕の小説は、ラジエーターが搭載されたフォルクスワーゲンがある世界だと思ってほしい」と。
    と、なると、今回の『騎士団長殺し』は、
    2005,6年に36歳の青年が友達に連絡をするのに会社に電話をかける世界なのだ。携帯ではなく。)

    さて。
    私はこのまま村上春樹を読み続けるのだろうか?

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