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感想・レビュー・書評
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ドストエフスキーの『罪と罰』にインスパイアされたというこの作品は、令和の視点から見るとどっぷり昭和の戦後間もなくの世界に浸かっているようにしか見えない。安易に作品を要約するなら<混沌>ということだ。
交通事故で人を殺めた主人公と落ちぶれた父、逆境をはね除けたという自負心の強い叔父、父の継母が産み叔父に引き取られた里子(福子)。この福子の奔放さに周囲が振り回されるなかで次々と悲劇が起きる。
本人たちが思う以上に危うげな貧困社会の心の支えが、福子の振るまいのなかで途切れていく。生と死は何かを問い続けながら、最後は死んだ福子の埋葬地へと向かうわずか3名の葬列によって終幕を迎える。
昭和の時代、それも40年代くらいに読んでいればもっと圧倒的な力を持って読み手に迫ったことだろう。この作品はすでに過去のなかに閉じ込められている。読み手が作品世界を超越したわけでも、趣向を変えたわけでもない。内向の世代は終わり、外向きの世界も終焉を遂げ、目標のない令和の世界で、ただ科学の進化だけを心もとない拠り所として生きているわれわれにとっては、無神と言いながら漠とした信仰の世界に生きる終戦直後のねっとりとした感性は彼方の思いに見える。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
大学生の時分(約30年前)に手に取った「純文学書き下ろし特別作品」だが、自分には合わず途中でやめた。しかし今回は読了。しかもなかなかおもしろかった。
思うに、生まれも育ちも東京の自分にとって関西弁の会話文が身に入らなかったのと(漫才などでの語りは好いていたのだが)、全体を覆う暗い空気が若さ弾ける当時の自分に合わなかったのだろう(そのくせ大江作品はむさぼり読んだのだが)。
死んでるように生きている主人公の語りが「物主体」という文体も興味深い。
封入された冊子に、著者が「心臓が悪いので」と語っており、たしかに心臓の悪そうな人が書いている文章だと気づく。
また、「自分のこれまでの文体とは全く違ったもの」で完成までに7年かかったという意味の発言をしていたので、この前の作品も読んでみようかしらん。
椎名麟三の作品





