テアイテトス (光文社古典新訳文庫) [Kindle]

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感想・レビュー・書評

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  • これまで読んだプラトンの著作よりも格段に難しかった。

    しかも「知識とは何か」を延々と語り続けるけれども結局、解答が出ないまま終わるので、これだけ難解な本に時間をかけて取り組んだことが、果たしてなんの実りになったのだろうか? という疑問さえ湧いてしまう。

    『プロタゴラス』でも「徳は人に教えられるものか」という議題がアポリア(行き詰まり)になって終わっていたが、この「答えは用意しない、続きは読者が考えるべし」という姿勢は学問の探求書っぽい。

    しかも議論の途中で出てくる『知識とは何か』に対するいろいろな人の答え−−プロタゴラスの相対主義(万物の尺度は人間である)やヘラクレイトスの万物流動説−−が
    どれも一瞬聞いただけでは理論的にスキがないように思われるので、そこを細かく論駁していくソクラテスの言い回しが余計に理解をむずかしくさせている。

    (テアイテトスの『知識とは知覚である』という最初の主張だけは、それはちょっと違うだろ、とは思った)

    そんな難解な本でも、新鮮に響くソクラテスの言葉はいくつかあった。たとえば、

    「わずかのことを立派に仕上げることのほうが、たくさんのことを不十分にしか仕上げないよりも、すぐれているに違いないのだからね。」

    「マルチタスク」「タイパ」という新語に代表されるように多数の物事を同時進行で"処理できる"人こそ、より優れた人であるとされている現代人には、なかなか口には出てこないひと言ではないだろうか。

    訳者の渡辺氏の解説によれば、古代ギリシャ人の「知識(エピステーメー)」という単語の意味は、現代の「知識(ナレッジ)」とは異なっており、自分自身で完全に「理解」していなければ知識とはみなさなかったらしい。
    現代人がwikipediaや生成AIで調べて知るような、インスタントな知識は本物ではないということだ。

    人気の長編小説を読む時間がないからと、あらすじを解説する動画だけを見たり、世の中の話題についていくため倍速でドラマを視聴するなど、大量の情報を"処理する"文化に違和を感じている自分にとって、このソクラテスの言葉は心強い。

    知識とは、情報の処理速度を高めたところで倍加するものではない。
    良質の本を長時間かけて噛み砕くことで、かえって加速度的に横断的理解力を獲得するのだ、とプラトンが太鼓判を押してくれているようにも思える。

    「ぶどうは紫色の粒で、甘い」という知覚は、目や舌という器官を通して魂が知覚する、そして「ぶどうは健康に良い」という考えとはまた別だと考えていること。
    ふだん生きていて当たり前に感じる現象、言葉にするまでもない、わかりきったようなことをわざわざ言葉に起こしているだけなのだが、このわざわざ言葉に起こすということが哲学なのか、と最近思う。

    次に、知識=知覚ではないことを証明するソクラテスのひと言。

    「生まれてすぐに人間にも獣にも、これを知覚できる力が自然本性的にすでにそなわっている。身体を通じて魂に届くかぎりのもろもろの体験がそれだ。しかし他方で、有(存在)と有益さ(善)という観点にてらしてのこれらの事柄にかんする総合的な推理は、そうした推理がそなわるような生き物にも、長時間かけて、また多くの困難と教育を経て、やっとのことでそなわるのではないだろうか?」
    人間特有の「考え」成長と学習 によって伸びる。また多くの困難と教育を経て、やっとのことでそなわる」

    動物の子供は生まれてすぐに立ち上がり、自分のことができるようになるのに、人間は生まれてからかなりの間大人の保護を必要とし、自立するまでの「無能な期間」がとても長い。
    しかしその期間に母語での会話を学習し、読み書き算術や高度な学習をしていって、やがてほかの動物にはできない、文明を運営する能力を身につけていく。
    知能の発達を優先するためそのような生まれ方になったというのは科学的にも分析されているが、それを紀元前に哲学方面から探求していたのも興味深い。

    一読しただけでは二割も噛み砕けていない印象。
    訳者は二十代から『テアイテトス』を研究していたそうで、かめばかむほど旨味があるんだろうなということはわかるけれども、まさにバリカタのするめだ。

    何年かおいてから再読しよう。

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著者プロフィール

山口大学教授
1961年 大阪府生まれ
1991年 京都大学大学院文学研究科博士課程研究指導認定退学
2010年 山口大学講師、助教授を経て現職

主な著訳書
『イリソスのほとり──藤澤令夫先生献呈論文集』(共著、世界思想社)
マーク・L・マックフェラン『ソクラテスの宗教』(共訳、法政大学出版局)
アルビノス他『プラトン哲学入門』(共訳、京都大学学術出版会)

「2018年 『パイドロス』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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