悪い夏 (角川文庫) [Kindle]

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  • KADOKAWA
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感想・レビュー・書評

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  • 染井為人さんによる、生活保護受給者、社会保険事務所のケースワーカー、ヤクザなどを絡めた社会派サスペンス。
    盛っているところも多いだろうが、ケースワーカーの仕事ぶり、不正受給者の心の闇が詳細に描かれていて勉強になる。
    クライマックスにかけて負の連鎖が続いていき、大きな事件が起き、エンディングを迎える。
    染井さんの作品は『正体』に続き2作目となったが、リアリティがすごく、物語に没頭できていい。
    すっかり好きになりました。

  •  身につまされる感じがして、とても恐ろしかった。歯車が悪い方、悪い方に回り、ケースである山田や愛美、ケースワーカーである高野や佐々木が、どっぷりと泥沼に浸かってゆく過程から目が離せなかった。中でも、佐々木の転落する様やその後の絶望には、胸がいっぱいになった。嫌な気分になるのに面白すぎて読まずにはいられなかった。

  • クズとワルしか出てこない。
    救いがない。
    結局怖いのは人間だよね、ってありきたりの感想しか出てこないが、怖いもの見たさでサクサク読んでしまった。
    繰り返して読む本ではないが、映画化を楽しみにしている自分がいたりする。

  • 王子様なんていない。

    読み終わった感想は、まずこれ。
    毒親や貧困から抜け出した人のノンフィクションやエッセイ、自伝がもてはやされる中、この小説は終始、残酷なフィクションであり続けた。

    だが体感、現実に近いのはこの作品だろう。
    「王子様」「理解のある彼くん」「親よりも親身になってくれる大人」が現れるのは、実存的(精神的)貧困・経済的貧困にあえいでいる人々にとって、ごくひとつまみのケースにすぎない。
    大抵の貧困者は、この小説のように何の救いもなく終わっていく。

    よしんば「理解のある彼くん」的存在が現れても、まともな人間に縁のなかった者は、どう接していいのか分からず、共倒れになるか逃げられるかする。
    この小説の愛美のように。
    はたから見れば「素直になればいい」のだろうが、実存的貧困者は「素直」な自分が分からないのだ。

    あとがきにあったように、これが他人事である以上、見る者にとっては喜劇的なドミノに思えるだろう。
    だが、貧困者自身や、彼らの身近にいる者にとっては、ノンフィクションよりも心に迫るフィクションに違いない。

    そんな中に砂粒のように希望が散りばめられている点も、この作品と現実との共通点だと思う。

  • 間違いなく読む人を選ぶ作品。
    帯に堂々と「クズとワルしか出てこない」と銘打っているほどだから。このジャンルに耐性がない人にはけっしておすすめしない。読んでも不快というか胸糞悪くなるだけだと思うから。

    私は一気読みしてしまった側だ。
    だから本書が横溝正史ミステリ大賞優秀賞受賞作と聞いて納得できた。
    生活保護という社会問題をテーマにした「現代社会の暗部に迫る社会派サスペンス」といわれているが、エンターテインメントに振り切っている感じもあるので「伊坂ワールドを彷彿とさせる」という感想にはうなずいた。
    ジャンルとしては<イヤミス><ノワール>いろんな言い方があるけれど、私は<悪いヤツばかりのピカレスク小説>ととらえた。
    だからかな、ことさらヤクザの「一生懸命働いているのに生活保護世帯よりも安い賃金しか貰えない社会はおかしい」というセリフが光った。

    いわゆる<社会の底辺の人たち>の話。
    <底辺の人たち>というのは、ここぞというときに踏ん張りがきかない、これだけは守りたい、守らないとという気持ちが持てない、諦め癖がついてしまっているんだなあ。
    そして誰もが自分が望んで底辺の人になったわけではなく、自分の意志とは反対に、いや、主人公のように自分の理性側の本能が「やめたほうがいい」といっても、感情側の本能はそれを無視していってしまう。その結果いちど人生の雪崩が起きるともうとめられない。自分の意志とは関係なく、次から次へと<悪>につけ入る隙を与えてしまい、さらなる<人生の転落>という生き物が大口を開けて待っている。

    だからこそそっちの世界にかかわりを少しでも持っている人とははぜったい交わらないほうがいいに決まっている。興味を持つのもやめたほうがいい。「君子危うきに近寄らず」だ。
    キャラとしては正論一点張りの女性ケースワーカーの危うさがいちばん怖い。わかりやすい<悪>はいいんですよ。こういうのがいちばん厄介。

    いろいろ読ませていただいた本書の感想で私的に気になるものがあった。
    「登場するシングルマザーは遺族年金や児童手当がもらえるはずなのに1円ももらっていない」ということから、「この作者は無知なのか。シングルマザーに対する手厚い各種手当を知らないのだから」という方面の感想だ。

    これ、私は思った。
    生活保護もそうだけど、こういうものは自動的にもらえるものではない。もらうためには<申請>する必要があるのではないかな。
    このシングルマザーの場合、自分がそれをもらえる資格があること、そして実際にもらうためには申請するという行動を自分がとらなければならないことを知らなかったんだろう。そういうことに気づかなかった、いや、気づけなかったのではないか。いわゆる<情弱>という状況だ。それだからこそ、ここまでの<底辺の人>に成り下がってしまっている、そんな人物を作者は描いているんだろうなと思う。

    作者による「あとがき」がよかった。私もそう思う。

    ===データベース===
    26歳の守は生活保護受給者のもとを回るケースワーカー。
    同僚が生活保護の打ち切りをチラつかせ、ケースの女性に肉体関係を迫っていると知った守は、真相を確かめようと女性の家を訪ねる。しかし、その出会いをきっかけに普通の世界から足を踏み外して―。
    生活保護を不正受給する小悪党、貧困にあえぐシングルマザー、東京進出を目論む地方ヤクザ。加速する負の連鎖が、守を凄絶な悲劇へ叩き落とす
    !第37回横溝ミステリ大賞優秀賞受賞作。
    =========

    p70
    本当だろうか。言葉は悪いが、宮田有子がこの事態をどこか楽しんでいるような気がしてしまう。正義を掲げるというよりは、悪を叩き潰したい。この二つは同じようで微妙に違う気がした。そして宮田有子は後者に属している気がする。

    p374
    ただ、いつかこんな日が訪れることが心のどこかでわかっていた気がする。
    きっと踏みとどまるチャンスはいくつもあった。気づいていながら気づかないふりをして流れに身を任せた結果がここにある。闘わず、抗わず、ひたすら目をつむっていた結果がこの光景だ。



    ◆あとがき 「悲劇と喜劇」  染井為人◆

    「人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見れば喜劇だ」
    かの有名なチャールズ・チャップリンの名言です。
    「つらかった出来事もあとから思い返してみれば笑い話」といった解釈が正しいとされているようですが、この悲劇と喜劇の差である「近く」と「遠く」は、「自分」と「他人」にも置き換えられるのではないでしょうか。

     取るに足らぬ出来事で思い悩み、もがいている人というのはどこか滑稽に映って見えます。ところが、我が身に同様の出来事が降りかかったとき、人は同じように思い悩み、もがき苦しむのですから、人間とは実に度し難い生き物です。
     言わずもがな、対岸の火事でなくなったとき、人ははじめて冷静さを失うものなのでしょう。

     本書に出てくる人々も同じで、身の前の小さなボヤに懊悩(おうのう)しています。沼にはまり、手足をばたつかせて、結果、極端な行動に出ます。端から見れば滑稽で愚かに映りますが、本人たちは至って真剣なのです。そしていかに間違っていようとも、彼らなりの言い分、正義が存在するのです。

     それを問答無用、自業自得とばっさり切り捨てるのではなく、その主張に耳を傾けたいと思い、わたしは本書を書きました。
     わたしは作者として登場人物たちの善悪を問うようなことはしたくないのです。誰の人生も他人が裁く権利などないのですから。

     人生という物語の主人公はいつだって己であり、荷が重かろうとも降板することなどできません。これこそまさに悲劇であり、それと同時に喜劇ともいえます。
     そんなわたしの描く「悲劇」と「喜劇」にこれからもお付き合いをいただけたら幸いです。 

  • Kindle Unlimitedにて読了。
    生活保護不正受給者と、保険福祉事務所のケースワーカーとの戦いにとどまらず、ケースワーカーが受給者を強請ったり、やくざが生活保護受給者を使って不正に金儲けしたり、ケースワーカーが受給者に恋愛感情を抱いたり、、、さらに複雑に絡み合っていく話。
    本当に救いのない話なので、読んでて気分悪くなること請け合いです。負のスパイラルって本当に回転が早いんだなあと思います。いったんダメになると、さらにダメになるのが早すぎる。

  • 救い用の無い話でした。

  • 生活保護不正受給者の胸くそ悪い話だと思って読み進めると、あれよあれよというまにごっちゃごちゃになって全く救いがないまま終わった。あとがきを読んで妙に納得。本人たちは至って真剣で、彼らなりの言い分、正義がある。

  • 底辺を巡る地獄絵図。
    生活保護の不正受給とそれに寄生するものたちの右往左往、という感じで。

    金本。ヤクザ。生活保護不正受給の「カモ」として高野や佐々木を狙い、手下を使って収奪する。
    山田。金本の子分として詐欺の片棒を担ぐ。
    高野。市役所勤めの1人目の「被害者」。愛実に心身ともに騙され、破滅する。
    愛実。金本、山田の放った第一の美人局。高野、次に佐々木と市役所の生活保護担当職員を次々と篭絡し、彼らを「地獄」に放り込む。
    美空;愛実の娘。こころを閉ざし、「絵」を描くことに没頭する。
    佐々木;市役所職員。愛美におぼれ、MDMA、ドラッグ漬けにされることで心身ともに破壊され、破滅する。
    莉華。愛実の友人であり金本の愛人。
    佳澄。息子と2人暮らし。万引き癖が止められず、生活保護にすべてをかけるが裏切られる。
    有子。高野、佐々木の同僚。

    基本的にこの者たちの「底辺でのあしのひっぱりあい」であり、それ以上の内容はない。
    地獄のような狭い人間関係と弱さを基軸にひっぱりあい、依存しあうだけの人間関係。
    展開もそれ以上のものではなく、「逆転」もないだけに面白味には欠ける。

  • 染井先生はいつも一寸先の闇を示すのが上手いなと
    作中ずっと鬱々とした暗さかと思えば終盤の昭和を感じさせるドタバタ劇でくすりと笑えたのも良かった

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著者プロフィール

染井為人(そめい・ためひと)
1983年千葉県生まれ。芸能プロダクションにて、マネージャーや舞台などのプロデューサーを務める。2017年『悪い夏』で横溝正史ミステリ大賞優秀賞を受賞しデビュー。本作は単行本刊行時に読書メーター注目本ランキング1位を獲得する。『正体』がWOWOWでドラマ化。他の著書に『正義の申し子』『震える天秤』『海神』『鎮魂』などがある。


「2023年 『滅茶苦茶』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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