白い土地 ルポ 福島「帰還困難区域」とその周辺 (集英社クリエイティブ) [Kindle]

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  • 白い土地
    ルポ福島「帰還困難区域」とその周辺

    著者:三浦英之
    発行:2020年10月31日
    集英社クリエイティブ

    タイトルからすると、原発事故で帰還困難区域となったところの惨状や人々の苦悩を伝える告発ものかと思え、あまり期待してなかったが、読むとそうではなく、震災や原発事故報道で新聞やテレビが伝えきれなかった関係者の様々な人間模様を描く、素晴らしい内容のノンフィクションものだった。大当たりの一冊。
    ここ数年の朝日新聞の劣化は著しいが、著者は朝日の記者。会社の姿勢は劣化しても、記者はまだまだ捨てたもんじゃない。

    「白地(しろじ)」とは、フクイチのある福島県大熊町などで使われている隠語で、放射線量が極めて高く、帰還困難区域の中でも将来的に居住の見通しが立たないエリアを指す。約310平方キロメートル。帰還困難地区の中でも国が除染を進める「特定復興再生拠点区域」に含まれない。

    著者は3年間のアフリカ勤務を終えて、福島県福島市にある朝日新聞福島総局配属の記者となり、その1年半後の2019年5月、原発に近い南相馬市の南相馬支局に異動。原発事故に向き合うことに。大学と大学院で化学を専攻し、2007年の新潟中越沖地震(柏崎刈羽原発で火災)をきっかけに地方勤務では「原発記者」となっていたが、海外の論文を読みあさるなど徹底的に勉強をし、原発の脆弱性に警笛をならしつつも、心のどこかで日本の原発の「安全神話」に染められていたという。

    この本は、2019年春から2020年春までの「著者の個人的クロニクル」としているが、実際は回想部分が多く、それ以前の内容が大きくしめる。

    浪江町の約80年続く老舗の新聞販売所での、著者の体験は印象的だった。浪江町はフクイチのある大熊町と双葉町に隣接しているが、北西方向への風に乗って最も被害を受けた町。
    著者は、2017年にやっと一部で避難指示が解除された浪江町で新聞配達を1人でしている34歳の青年がいることを知る。三代目経営者。配達部数はわずか85部だが、広いエリアのため4時間かけて配達。1人で配達しているので休みは月に1度の休刊日のみ。著者は電話をした時、思わず「配達を手伝わせてくれ」と言ってしまう。それから半年間、新聞配達を一緒にした。配ったのは、読売系の福島民報。しかし、新聞配達を通じて多くのことが分かった。記者魂がそこにあった。

    町役場が当初1000人と見積もっていた帰還住民は、実際は193人、その後、戻っているとした人口が490人だったが、これも虚偽だと著者。8割の人が新聞を取っていた町民だったが、その時点で競合店と併せた新聞契約者は百数十人。帰っているはずの人の家を訪ねても誰もいない。暗闇では巨大なイノシシやハクビシンが飛び出して来る。人が住まなくなった民家には、多くの野生動物が生息。

    この本のメインは、浪江町の町長へのロングインタビュー部分。彼の半生を口述筆記するというもの。自分が許可するか死んだ時以外には、絶対に表に出さないということを条件に、合計10-15回の予定でスタートしたが、3回が終わった時点でガンにより町長は死亡してしまった。自分の最期が近いことを知っていて回想で本当のことを言おうと決意したようだ。彼は自民党の推薦で長年町長をつとめたが、民主党政権時も自民党政権時も、国や東電のデタラメさに騙され続けた。回想により、真実がどんどん出てきた。

    浪江町は原発のある大熊町や双葉町より被害が大きい。しかし、〝周辺地域〟と扱われ、補償もひどいものだった。一番ひどかったのは、事故直後になにも知らされなかったこと。大熊町と双葉町には原子力緊急事態宣言が発令されたのに・・・爆発の可能性があるとの情報を入手した町長は、原発から20キロ離れた町内津島地区に住民を避難させた。だが、それが間違いだった。放出された大量の放射性物質は巨大な雲となって北西方向に流れ、津島地区の上空で抱え込んでいた「猛毒」を雨や雪と共に地上へ落とした。そのことは、130億円かけて政府が開発した「SPEEDI」というシミュレーション・システムで分かっていたが、「住民がパニックになる」との理由でデータを浪江町に示さなかった。福島県も国からデータを受け取っていたが浪江町には知らせなかった。何という政府、何という県。

    浪江町にとって悩みの種は、与野党を問わずやってきた国会議員たちだった。来れば、それなりの対応をしなければならない。町長も町会議員も振り回され、時間と体力を浪費。どれだけ誠実に対応しても、町側の陳情が取りあげられることはほとんどなく、多くは町長と一緒にとった写真がその国会議員のホームページに数日後、掲載されるだけだった。

    浪江町に出来た水素製造施設の開所式に、安倍前総理が来たときには、安倍付きの記者のなれ合い、職務放棄ぶりが、ありありと現れていたようだ。総理に近づけるのは東京から来た限られた記者のみ。著者のような地元の記者はまったく近づけない。彼はテレビカメラの三脚の番をするスタッフのふりをして忍び込む。東京からの記者は、決まったパターンの質問しかしない。しかし、最後に著者が三脚からすくっと立ち上がり、地元の記者だと名乗って質問をぶつける。安倍はまったく真実味のない形式的な答えだけを言って立ち去っていった。

    台風により、汚染物質をつめこんだフレコンバッグが流されたという事故が起きた。著者はあちこち探し、バッグが破れて中身が流失していると思われるものを見つけた。しかし、参議院予算委員会では、環境大臣の小泉進次郎が「回収された大型土嚢袋については容器の破損がなく、環境への影響はない」とかなり踏み込んだ答弁をしていた。まったくのデタラメだったことになる。

    総理大臣、環境大臣、すべての大臣、政治家、そして中央の権力にしがみつた番記者たち。もちろん、東京電力。すべてが職務を放棄している日本が、そこにあったように思える内容だった。

  • 福島県に住み、浪江町の仕事に携わる者として読まねばならないと思い、読みました。前半はさらさらと、長めの新聞記事のルポを読んでいるような感じですが、後半の鈴木新聞舗の再開の話から元浪江町長への口述筆記、帰還困難区域の現状を知った上での復興五輪と名付けられたオリンピックに対する違和感... 共感する点がたくさんありました。少しでも多くの人がこの本だけでなく、三浦さんの記事を通じて福島の現状を知り、何か考えるきっかけになることを願います。

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