デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場 (集英社学芸単行本) [Kindle]

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  • 栗城さんは自身のエベレスト挑戦を「冒険の共有」と称してネットで配信をすることで注目を集め、その熱狂を追い求めるが故に自分の実力をはるかに超えたルートを
    登り、そして滑落死する。

    「麻原彰晃の誕生」と合わせて読むのが非常におすすめ。どちらも、「教祖」が「信者」によって祭り上げられていく、そしてその祭り上げられていく過程において、教祖自身もコントロールを失ってしまったお話。

    うまく見せることで高い評価を得ようとすることは誰にでもあるが、長期的に見ると評価は本人の実力に収斂していく。立ち回りだけが上手い自覚がある分、自戒として強く胸に刻んでおきたい。

    盲学校に自分だけが目が見える状態で入学し、暴力によって万能感と共に育った麻原。幼少期に母親を亡くしてから常に人の気を引く行動を取り続けていた栗城。二人が迎えた結末に明らかに寄与しているであろう幼少期の体験を知り、環境次第で人はどうにでもなってしまうことを再認識した。今自分はどんな環境を選択しているのか、選択すべきなのか、常に意識したい。

  • 栗城さんは若くして山に散った偉大な登山家という認識を持っていたが、本書で描かれている彼は私の想像とはかけ離れた人物だった。
    登山を自己表現(自己アピール)の手段と考えるちょっとばかり困ったちゃんという印象を受けた。
    彼は何度もエベレスト登山に失敗し、追い詰められていったように感じた。その果てに滑落死。本当に事故だったのかあるいは、覚悟の上での行動だったのか。彼にしかわかりようはないが、どういう過程にせよ尊い命がなくなったことは残念。

  • 2021年に初めて買った本です。
    御茶ノ水三省堂書店をウロウロしていた時に、目が入った「開高健ノンフィクション賞受賞」の文字。

    あっ、あの栗城君かぁ、、、、と、確か、ユーチューバーみたいな元祖で、
    周囲の期待を一身に背負って、気づいたら、過労死自殺を選ばざるを得ない人みたいに、自分を追い込み、また周囲も、無責任に彼に期待し、また嘲笑し、
    悲壮な決意のもと、全く自分の実力に共わないチャレンジ(登山部の1年生が登れるトレーニング壁を最後まで登れないレベル)をして、死んだ人だと。。。

    隠していた秘密とは、単独無酸素登頂と歌っていたが、それは単なる言葉遊びで、実態は全然違うものだったことです。酸素を吸っていた可能性が極めて高い。もちろん、これは筆者の推測だが、現地のシェルパの証言を根拠にしているため、非常に確証が高い。ネットでは、栗城氏の不可解な行動に始終疑惑の目が向けられていた。まさにオオカミ少年だった。

    これを、日本的滑稽的な自殺行為と命名したいと思います。何も、、、死ぬまで、、、やらなきゃいいのにと。。。
    新入生歓迎会で、一気飲みして、飲めないのに、飲めますと言って。ノリで飲みすぎて、死んじゃった人に似ています。

    誰か止めろよと、、、そう、彼には、「本当の」友人、、「親身」に相談できる友達が、誰もいなかったと、、、この書籍を読んで感じました。それを唯一していたと思わせるのは占い師とか。。。
    本心を話す人が誰もいなかった彼の人生は、やはり不幸だと思いました。
    また、その本質を理解できない彼の自称知り合いたち。

    「私には関係ない、だって他人だから」、
    彼の兄だけが、彼が無謀なことをしに行くのを止めたと記しています。
    でも、彼には、彼のことを親身に考えてくれる人は誰もいなかったし、彼も他人に興味がなかった。

    彼は平成の円谷幸吉だと思います。
    ただ円谷幸吉は、自分の小ささ、弱さを知っていました。栗城君は、自分の小ささを大きく見せよう、見せようと、もがき苦しんでいるというより、まぁ、しょがないっか!ぐらいのノリで生きていたとおもます。

    選考委員の方は、きちんとこの書籍を読んだのでしょうか?全然、彼の死までの記述は、文学的でもなければ、社会学的な承認欲求でもなければ、深い闇もありません。単なるいきあたりばったりのノリでやっています。

    私と年齢が近く、彼の著作もアンリミテッドで読んだことがあり、
    なんというか、現代的な人だなと思いました。
    頑張って、成功した経験もなく、
    登山に関しても実力もなく(目標を決めて、練習することも、あまりせず)、
    軽薄で、言葉もどこか胡散臭い、自己啓発セミナーの講師みたいな人だと思いました。

    ノリというか、渋谷のハロウィンで騒ぐバカみたいに、
    しっかりとした生き方も、考えに考え抜いた言葉もなく、
    周囲をキョロキョロしながら生きる、
    非常に孤独を恐れて、刹那的にただ、薄っぺらい自己啓発的な生き方をしている人だと思いました。

    この著作を読むと、栗城氏の舞台裏が少しわかりますが、
    やはり、彼は何事も浅いと思いました。
    3か月勉強と訓練してなれる寿司職人みたいな。。。

    彼も、取り巻きも、何かすべてが滑稽に思えて仕方ありませんでした。
    これらの状態が、非常に日本的で、何か主体的に生きられず、
    自分も加工して生きることしかできない、日本人の本質を、
    彼がよく体現していたと思います。

    彼を、バカにすることは簡単ですが、
    個人的には他人事じゃないと思いました。
    彼みたいな要素も持たない人の方が日本では少数派でしょうから。

  • 彼の代名詞だった『無酸素単独登山』は、周囲の証言からその実態は疑われて止むなしと思える。故に挑戦を続ける事で彼の孤独はより深まった。栗城氏と袂を分かちながらもその後の軌跡を追い、本書に纏めた著者にも何か同じ様な孤独を感じるのだがしかし。 影ながらエールを送った私自身も未だ消化し切れてはいない。

  • 読み物として面白かったです。

  • 山の名前はイッテQ の登山部でほとんど聞いたことがあった。その番組放送前に結果を呟いてしまうのやばすぎる。
    仕事だし経費かかってしまってるから不義理な人と関わりつづけなきゃいけないのつらい。シェルパが亡くなるのも悲しい。
    色紙にサインとともに書いてた言葉に笑ってしまった。
    スタッフの女性が栗城氏の元婚約者に似てたってわざわざ書く必要はない。

  • ネット時代において、挑戦や注目を集める事がどういった危うさを持つのかがありありと描かれていた。骨太で実直なドキュメンタリー。

  • 自分に似ている部分を感じ、痛みと同時に少しの納得感があった。

    嘘が、自分の存在意義の大半を占めると取り返しがつかなくなる。周りも案外気が付かない。

  • 昔から栗城さんの事は登山家としては評価していなかった。
    登山を少しでも分かっていれば、皆同じ評価になるだろう。

    少しでも調べれば分かるのに、周りの人が彼を持ち上げていたり、尊敬するなどと言っていた事に、当時は歯痒さを感じていた。

    ある意味、宗教の教祖のようだ。

    どういう生き方が彼を作り出したのか。

    今、生きていたらどうしていただろう。

    単純な暴露本でなく、色々と考えさせられた。

    改めてご冥福をお祈りします。

  • てっきり栗城さんはメディアやSNSで祭りあげられてついにエベレストで滑落という事故で亡くなってしまったと思ってた。
    でも実際は、最後の挑戦、本気で死にに行っていたんだと知った。
    本の中では、途中で死ぬのが怖くなって戻ろうとしたが足を滑らせてしまったのでは、、、という考察がされていたけれど、そんなことはないのかもしれない。
    戻っても、また失敗したという結果にしかならず、スポンサーもさらにつきにくくなり、なんのために生きているのかという思いしか残らない。
    もしかしたらだけど、一歩を踏み出し自ら落ちたのかもしれない。

    全ては栗城さんとエベレストのみぞ知る。

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