「死」とは何か イェール大学で23年連続の人気講義 完全翻訳版

  • Audible Studios (2020年12月4日発売)
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  • 死について定義するために理屈っぽい内容となっている。その分スピリチュアルな要素はない。死を語る上で避けて通れない部分を敢えて頼らず、仮説と理論で語り切ったという感じ。
    私たちは漠然と死に対して悪いイメージを持っているが、筆者はいやいやそうじゃないよ、と死は嫌われるべきものではないですよ。と述べている。
    ただ、なぜそうなのか、のロジックの部分についてはいまいち理解しがたい、というか簡単に言ってしまうと面白くないのだ。
    自分で仮説を立ててそれに対して論じる、の繰り返し。
    大学時代の論文を書いていた時代を思い出した。

  • 生きている意味なんてない、辛かったら逃げてもいい

  • ものすごく分厚いわりに、回りくどいだけで、あまり得るものがなかった。一般人が死について考える参考になるというより、哲学者がどうやって理屈をこねるのかに興味がある人向け?

  • サラタメさんから。おばあちゃんが死を恐れない理由は「やるべきことをやったから」

  • 当初、縮約版として後半部分だけを翻訳したものが出版され、さんざん批判を浴びた結果、この全訳版が出された。しかし、せっかくの全訳版ではあるが前半部分は二元論(筆者ははっきりした心身二元論者で、「心」は脳の機能の一つにすぎず、死後残るものは全くなにもないという立場)に関するやたらと冗漫な説明に過ぎず、なくてもよかったのではないかと思う。

    二元論の立場、特に物理主義の著者にとって、死は悪いものではないという。死ねばそこで全て終わりなので良いも悪いもない。では、残された人にとって死は悪いものなのか。それも残された人が、あなたが死ぬことは悪い(かわいそう)だと思うから、残された人にとって死は悪いのではないかという。

    その後は、とてもプラグマティックな観点から死の意味について論じられる。死が悪いのは、生きていれば人生がもたらしてくれるはずだったものを享受できないからだという剥奪説の立場を明らかにする。突き詰めれば生は快がトータルでプラスであるから意味があるのであり、どんな悲惨な体験が続こうとも、生きている事自体(人生という器)に信じられないほどの価値がある、というよくある倫理的な立場を「夢のような器説」と揶揄する。自殺も生き続けることで快のトータルがマイナスになるのであれば、それは不道徳であるかもしれないが合理的であるという(ただし、このような状況に追い込まれると正しい判断ができないことも多いという留保はつけているけれど)

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著者プロフィール

イエール大学教授。道徳哲学・規範倫理学の専門家として知られ、着任以来二十数年間開講されている「死」をテーマにしたイエール大学での講義は、常に指折りの人気コースとなっている。本書は、その講義をまとめたものであり、すでに中国、韓国をはじめ世界各国で翻訳出版され、40万部を超えるベストセラーとなっている。

「2019年 『「死」とは何か イェール大学で23年連続の人気講義 完全翻訳版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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