月夜の森の梟 [Kindle]

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  • 朝日新聞出版
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  • 夫は元気だったころ、何度か繰返し、面白いことを言っていた。「おれが死んだ後のおまえのことは想像できる。友達や編集者相手におれの思い出話をしながら、おいおい泣いて、そのわりにはすごい食欲で、ぱくぱく饅頭を食ってるんだ。ひとつじゃ足りなくて二つも三つも。おまえは絶対、そうなるやつだから、おれ、自分が死んだ後のおまえのこと、全然心配してない」その時によっては「饅頭」が「大福」になることもあれば「煎餅」になることもあった。可笑しくて可笑しくて、ひとしきり笑いながら、気がつくと嗚咽していた。

    どれほどの苦しみのさなかにあっても、人はふだん通りに生きようとする。

    話さずじまいになったことは他にもたくさんある。

    長い間、小説を書いていると、時折、不思議なことを経験する。自分が過去に書いた小説の中のワンシーン、もしくは物語の一部と、まったく同じことが現実に起こるのである。頭の中で創り出したに過ぎない想像上の場所、建物とそっくりな光景に遭遇し、気が遠くなりそうになったこともある。

    昔の私は犬が好きで、猫のよさがわからなかった。そんな私相手に、愛猫を失くしたばかりの友人が、哀しみを切々と語り、涙を流し続けた。猫ではく、犬だったら、もっと理解できるのに、と残念に思いながら、早く元気になって、などと言っている愚かな自分がいた。私の両親が健在だったころ。親の介護でやつれ、苦しんでいる人の話を聞いた。眉をひそめて相槌を打ちながらも、本当には理解できていない自分がいた。

    刻まれた父との記憶の数々は決して消えなかったはずだ。幸福も不幸も、その境界線がわからなくなるほと溶け合い、母の中でよみがえったり消えたりを繰り返していたのだろう。

    不安や恐怖にかられた時、心細い時、哀しみに打ちひしがれている時、誰かにそっと抱きしめられたり、手を握ってもらったりするだけで、いっとき、苦痛から逃れることができる。いつの世でも、どんな時でも、人々はそうやって生きてきた。簡単なことだった。抱きしめる。抱きしめられる。手を握る。握り返す。たったそれだけのことが、手に負えない魔物から相手を守り、自分もまた守られることを私たちは知っていた。

    中にカードが入っているなど、全く知らなかった。おそるおそる袋を開けてみた。瞬時にして時が止まった。二つ折りにされた小さな白いカードには、夫の文字で、私の健康と幸せを祈っている、と書かれてあった。

    若いころ私は、人は老いるにしたがって、いろいろなことが楽になっていくに違いない、と思っていた。だが、それはとんでもない誤解であった。老年期と思春期の、いったいどこに違いがあろうか。老年期の落ち着きは、たぶん、ほとんどの場合、見せかけのものにすぎず、たいていの人は心の中で、思春期だった時と変わらぬ、どうにもしがたい感受性と日々、戦って生きている。

  • 夫が亡くなった後の日々のエッセイ。最初はあまりにも淡々としていて、読み進める原動力みたいなものがなくて、なかなか進まなかったが、読んでいくうちに、(変な表現だが)薄紙を剥がすように痛みが出てきて、つらくてたまらなくなってきた。そして、不思議なことに、そのつらさが先を読みたい原動力になった。
    いつかは私も同じ境遇になるのか。あるいは、夫に同じ気持ちを味わわせるのか。だんだん現実味を帯びてきている。だからよけいに痛いのだろう。

  • 藤田さん、なんで、死んだの?

  • いずれはどちらかが必ず経験することになる「伴侶の死」、
    それを意識しながら、読み、そして、終えた。
    小池真理子さん、一つ歳上。高校時代と予備校時代を仙台で過ごしたとのことで、私も仙台の予備校で勉強したこともあり、小池さんには勝手に親近感を覚えている。

    「本から」
    人の心とは何と傲慢なことか。同じ経験をして、初めて真に理解する。時にはそれが、何十年も後のことになったりする。時を隔ててやっと知ることになった感覚に狼狽えながらも、先人たちが語った言葉が次々と思いだされてくる。長く生きた者同士、哀しみを挟んだ連帯が成立する瞬間である。

  •  人生最大のストレスは「配偶者の死」。長年連れ添ったパートナー、その退場で、当たり前だった日常が、突然足元から崩れてくる。喪失の空間に独り取り残され、ともにしてきた日々の思い出が、哀しみを抱いて、やってくる…。
     子供をもたないと決め、夫婦とも作家という濃密な時間を共有してきた二人が、その別れを迎えた時、遺された一人は何を思うのか…。
     団塊の世代がいよいよ後期高齢者を迎えた。いよいよ人生の最大ストレスの時期、おひとり様の老後を迎える。団塊の世代の作家が、その到来の晩鐘を鳴らす。
     人間とは違う時間軸で動いている森の自然、森の生き物を描きつつ、心の動きを、静かに綴る。月夜の森から梟の哀しい鳴き声が聞こえてくる…。

  •  
    ── 小池 真理子《月夜の森の梟 20211105 朝日新聞出版》
    http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/B09KRPPVDK
     
    …… 「作為が抜け、テキストの哀しみに向き合えた」
     
    ♀小池 真理子  作家 19521028 東京 /成蹊大学文学部卒業/藤田 宜永の妻
    《妻の女友達 1989‥‥ 日本推理作家協会賞(短編部門》
    《恋 1996‥‥ 直木賞》《欲望 1998‥‥ 島 清恋愛文学賞》
    《虹の彼方 2006‥‥ 柴田 錬三郎賞》
    《無花果の森 2012‥‥ 芸術選奨文部科学大臣賞》
    《沈黙のひと 2013‥‥ 吉川 英治文学賞》他に《二重生活》
    《無伴奏》《千日のマリア》《モンローが死んだ日》など。
    ── 小池 真理子《ふしぎな話 2021‥‥ 怪奇譚傑作選》紹介文より。
     
     藤田 宜永   作家 19500412 福井 長野 20200130 69 /1984-2020 小池 真理子の夫
    /Fujita, Yoshinaga/別名=入江 香
     加藤 修    記者 19‥‥‥ ‥‥ /
    ♀小池 百合子 都知事 19520715 芦屋 /20[20160802-] 衆参院議員
    https://twilog.org/awalibrary/search?word=%E5%B0%8F%E6%B1%A0%20%E7%99%BE%E5%90%88%E5%AD%90&ao=a
     
    ♀横山 智子   挿画 19‥‥‥ ‥‥ /武蔵野美術大学卆
    https://book.asahi.com/article/14489329
    ── エッセイ《好書好日 20211228 14:10 配信)を画家が語る 
    (写真・加藤 修)↓Yokoyama Tomoko YouTube Gallery
    https://www.youtube.com/channel/UCHAEF5Nb_G7XZDHHL6bly9Q
     
     《月夜の森の梟》の世界をさし絵で支えたのが画家の横山 智子さん
    だった。“横山ブルー”ともいえる青色で一貫した絵は、哀しみを受け
    とめるとともに、人間の力の及ばぬ自然の摂理さえも感じさせる。小池
    真理子さんの連載に伴走した感想を聞いた。
     
    【画像】《月夜の森の梟》横山 智子さんの挿絵をまとめて見る。
     
    …… 小池 真理子さんの作品世界に寄り添い、読む前と読んだ後でさ
    し絵の見え方が変わるような重層性をもった絵でした。
     
     これまで読者としてさし絵を見てきたときに、テキストとあまりにか
    け離れていると、それぞれが作品世界として独立したものであっても、
    つまらないと感じていました。おこがましいのですが、さし絵とテキス
    トはそれぞれが刺激しあい、両方がさらに高まるようなものであるべき
    だと信じています。
     
     真理子さんの原稿を編集者から転送してもらうのは、毎週月曜日でし
    た。原稿を読み、火曜日に構想を練って、下絵を描き、木曜日、遅くと
    も金曜日には編集部に絵を渡すというリズムです。常に頭のなかが「梟」
    で一杯で、空いている時間があっても、ほかの絵が描けないくらいでし
    た。連載期間を振り返ると、何も考えずに駆け抜けたという印象です。
     
    …… 哀しみを湛えた青色が印象的でした。
     
     母を看取った過程で、描けなくなった時期がありました。「生」と
    「死」が一体だと感じ、なんとか絵と向き合えるようになったときに選
    んだのがブルーでした。どの瞬間も美しく存在し続けるものの象徴とし
    て青いバラを描くなかで、ブルーの色調には哀しみだけでなく、希望や
    永遠の記憶など、さまざまな思いを込められることがわかりました。
     
    《月夜の森の梟》の単行本のカバーの絵は夜明けの森の風景です。どん
    なに今はつらくとも、夜は明け、未来に希望があることを意識して描い
    ています。
     
    …… さし絵に対する読者からの反響も回を追うごとに増えていきまし
    た。
     
     さし絵に感想をもらうことはめったにないので、たくさんの方に的確
    な感想をいただき、うれしかったです。スタート当初は毎回どこかに梟
    を出そうかとも考えていました。そんな作為が消えてしまうほど真理子
    さんの強い作品世界にのめり込むうちに、自然体での向き合い方ができ
    るようになってきました。印象に残っているのは、藤田 宜永さんのジー
    ンズを処分する話(第29回)のさし絵で、空中を見ている猫の絵を描い
    たことです。きっと猫には何かが見えている、あるいは処分してよかっ
    たんだよと藤田さんが言いにきたのを感じていると読者の方たちが感想
    を送ってくれて、描き続ける勇気がわくとともに、読者の方たちとの絆
    を感じました。
     
     新聞としてはさし絵が大きいことに加え、縦長の特殊な形だったので、
    構図には苦労しました。最初は余白が怖かったのですが、鏡に映った猫
    の絵を描いたときに思い切ってみました。自分の制作では選ばないであ
    ろうウミガメを描くなど、大変だったけれど、一枚一枚の絵が印象に残
    っています。
     
    …… 小池さんとは文庫の装画などを通して公私ともに親交があるそう
    ですね。
     
     「梟」の原稿が届くと、なにをおいても真っ先に読みます。藤田さん
    を喪ったつらい記憶を思い出し、血を流すようにして書いている真理子
    さんが大丈夫だろうかと心配するのですが、読み出すと、作家としての
    真理子さんに凄みさえ感じました。
     
     リアルな日常を作家としての観察眼で切り取ったエッセーを読み進め
    るうちに真理子さんが書くように「可笑しくて泣いていた」こともあれ
    ば、作家としての超絶技巧を尽くした短編小説のような味わいに呆然と
    することもありました。父が見た「雪女」の記憶を自らに重ねた第28回
    はエッセーという概念を超えた作品でした。雪のなかの情景が浮かび、
    一文字ずつたどっていくと、あっと驚かされる。真理子さんのおっしゃ
    っているように、計算して書いたのではなく、哀しみを見つめ、そのと
    き書きたいものを書いたからこそ、小説家としての経験の結晶のような
    作品が生まれたのだと思います。この作品にはどんな絵を添えるべきか
    悩みました。「雪女」を描いてしまっては台なしです。悩んだ末に、積
    もった雪の上でこちらを振り返る「てん」を描きました。月夜の森に帰
    っていく「てん」なのか、「てん」もまた人寂しく、孤独なのか、見る
    人に解釈はゆだねています。
     
     家族を喪った人間として共感できると同時に、作家同士の夫婦の踏み
    込めない領域が描かれることもあって、そのバランスが絶妙でした。二
    人が一緒に暮らすようになって持ち寄った三島 由紀夫作品が重なって
    いなかったことや、藤田さんが病を得てから、三島よりも太宰治の話を
    好んでするようになったことを描いた第22回を読んだときは、表現者と
    して二人がひかれ合った理由が垣間見えた気がしました。
     
     初めての新聞連載にもかかわらず、真理子さんには自由に描いていい
    と言ってもらえました。一生懸命に駆け抜けた記憶しかありませんが、
    自分の画家としての一生のなかでも大切な仕事になりました。
     
     小池 真理子さんのエッセー《月夜の森の梟》は2020年6月から翌年6
    月末まで、朝日新聞土曜別刷り「be」に掲載された。2020年1月に死去
    した夫であり、作家の藤田 宜永さんをしのぶとともに、哀しみを通し
    て人間存在の本質を問う内容には大きな反響があった。便箋10枚、20枚
    といった手紙が届き、メールを含めれば千通近いメッセージが寄せられ
    ていた。11月に連載をまとめた単行本《月夜の森の梟 朝日新聞出版》
    が刊行されたことに合わせ、追悼を文学に高めたと評されたエッセーの
    一部を紹介するとともに、その魅力を探っていく。(文・加藤 修)
     
    <横山 智子さんプロフィール>
    画家。武蔵野美術大学油絵学科卒。《二重生活》《ソナチネ》など小池
    真理子さんの本を中心に装画やさし絵を手がける。11月29日まで東京・
    日本橋三越美術サロンで個展を開催中。2022年9月には《月夜の森の梟》
    のさし絵全作を公開する個展を予定している。横山 智子YouTubeギャラ
    リーではさし絵の制作過程を公開している。
     
    (20211228)
     

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著者プロフィール

1952年、東京生まれ。成蹊大学文学部卒業後、出版社勤務を経て作家に。89年「妻の女友達」で日本推理作家協会賞(短編部門)、96年『恋』で直木賞、2006年『虹の彼方』で柴田錬三郎賞、13年『沈黙のひと』で吉川英治文学賞、21年に第25回日本ミステリー文学大賞など、数々の文学賞を受賞。著書に『間違われた女』『会いたかった人』(祥伝社文庫)ほか多数。

「2022年 『追いつめられて<新装版>』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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