漫才過剰考察 [Kindle]

  • 辰巳出版 (2024年11月8日発売)
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みんなの感想まとめ

お笑いの奥深さを掘り下げる本作は、漫才やその背景に対する独自の考察が満載です。特に、M-1連覇を果たした漫才師の視点から語られる内容は、ファンにとって懐かしさや新たな発見をもたらします。過去のネタを振...

感想・レビュー・書評

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  • 誰も気にしないニュアンスのところを突き詰めて考える人こそ、他の凡人やAIに見出せない価値や思想を生み出していくんだろうなと。自分の「過剰」な部分、偏愛こそ育てていくべき時代だ。

  • M-1連覇を成し遂げた、令和ロマンのくるまさんが書いた本。決勝のネタ「わたなべ」おもろすぎたもんなぁ。笑

    M-1ファンは、「あの時のネタか〜」とか、「このネタをこんな風に紐解くのか」とか、すごい読んでて面白いと思う。M-1過去のも観たくなった!まじで、過剰考察。

    私コントより漫才が好き、かつ、NONSTYLEが好きなので結構刺さりましたね。
    後半の霜降り明星の粗品との対談もよかったわ!考察ができるってすごいよね。それほどいろんな視点でお笑いを見てるってことだもんな。特に、地域ごとの特徴の話なんかもすごく面白かった。

    ちなみに関西の子に聞いたら、漫才はほぼ義務教育ですって言ってて笑った。すげーな関西。

  • 面白かった。
    もうだれも語れないほどのお笑い論を浴びに浴びた笑
    東西南北、生まれ出る漫才師の特徴から客層を考察するところは唸った。ここまで考えているんだなと。
    考察好きな人は今や本当にたくさんいるけれど、これで「それくるまの本に書いているよ」ってなれば一旦落ち着くのかも笑

  • M-1の前に。
    くるまさんの分析する力、何より言語化する力がすごいなと思いました。
    ただ見て笑っていたけど、流れや運も引き寄せ、自分たちの力にしていくために分析が活きていて、すごいことしてるんだなと感嘆した。

  • もう何冊かは読み終えるつもりだけど、今年を締めくくるにはちょうどいい一冊だったのかもしれない。
    今年のヒットは、エッセイだと食への執着心に満ちた食エッセイたち、小説だと下手に賢くなってしまった現代っ子たちを描いた「令和元年の人生ゲーム」や「生殖記」。令和ロマンの高比良くるまはそのどちらでもあって、だからこそその先を見せてくれる存在なのかもしれないと感じた。
    1周目の完成に辿り着いてしまったからこそ、その先の多様さへ。多様さを認め合うからこそ、互いに磨き合いさらなる高みへ。
    ロマンという言葉がどこか懐古的な響きをまとう今、未来へのわくわくを語ってくれることが嬉しかった。

  • 今日買って今日読み終わった。今年令和ロマンが2連覇を目指しているからこそM-1前に読みたいなと思ってすぐ読み始めたんだけど、ぶっちゃけ考察のレベルが高すぎて100%は理解し切れず、途中読み切るのがしんどくなった。そんなわたしはお笑いマニアとはまだ言えない、、

    去年のM-1で令和ロマンが早くして優勝した時、芸人生活で苦労を重ねた上での悲願のM-1優勝・涙…というストーリーをどこかで願ってしまっていた自分は、なんだかなあと正直最初思ってた。令和ロマンはどれだけM-1に本気で向き合っていたのか?と。

    結論、くるまは誰よりM-1を愛し、愛しすぎたが故に考えすぎた為攻略できてしまったのだろう。当人はものすごく器用で、自分が思うよりもずっと早く天下をとってしまったのだと思った。こんなにも自分を客観視して、ただただM-1が盛り上がる為に振る舞えるくるまはやっぱりお笑いの悪魔に取り憑かれているのでは?と思う。

    1番面白かったのは粗品との対談。2人がお笑いをどう捉え、漫才とどう向き合い、テレビやYouTubeをどう使っていくのか、対談を通してお互い理解し合う過程を覗けてなるほどなあと思った。漫才をやっていきたいって思っていて嬉しいな。

  • 令和ロマンのくるまさんが過去のM-1を振り返りながら漫才の考察をしている。芸人や観客の変化を見事に掴んでいる。この本を読んでからネタを見るとまた見方が違ってより面白く感じた。寄席の解説は場の空気感を作るのに非常に勉強になる。粗品さんとの対談もあり贅沢な一冊!

  • 非常に面白かったです。
    くるまさんは漫才という抽象度の高い事象を、とことんまで細切れにして理論化しようと向き合っているんだろうと想像します。
    文字数が多い本ではありませんが、情報量が多い為、繰り返し読んでも楽しめる本だと思います。
    漫才に限らず、自分の生活にある周辺の事象を具体的に捉えて再現する、思考の型としての参考にもなる、そんな効能もある本だと思います。

  • ご存知Mー1二連覇の令和ロマンのボケ担当、高比良くるま氏のエッセイ。
    WEB投稿に寄稿したものを書籍化した本。タイトルの通り、漫才を中心としたお笑いについて「過剰に」考察した本。

    Mー1グランプリに臨む姿勢や、優勝するために行なった分析や戦略を王者自らの手で解説している点が面白い。まさしく「競技漫才」として割り切った上で、勝つための戦略を考えて、準備して、勝つべくして勝ってきている。そこにはアスリートにも似たストイックさがある。気楽に笑いたくて見ているこちらとしては、正直、重い。
    ただし、くるま氏のすごいところは、自分たちだけではなくで、Mー1自体が盛り上がることを考えてるところ。偽善ではなく、本当にそれでお笑いが盛り上がることを考える。ライバルのネタの種類や、順番を考えて自分らのネタを決めるため、Mー1決勝においても4、5本のネタを準備し、柔軟に変えていたという。すごい。

    霜降り明星の粗品氏との対談も面白かった。まるで逆のタイプ。粗品は自らが天下取ってお笑いを盛り上げるタイプで、くるま氏は自らが目立たなくても全体が盛り上がればいいと思うタイプ。全くちがうタイプなのに、お互いをリスペクトしているのがわかって面白かった。

    タイトルの通り、「過剰に」お笑いを考察した本なので、少々内容がくどい部分もあるけれど、お笑いを多角的な目線で分析したい人は読んでみていいかも。

  • 考えすぎていることをまた考えすぎていて面白いと思う
    一つに打ち込む姿や真面目さに救われる感じがあります

  • たぶん、半分くらいの人たちはくるまの頭の良さについていけないと思う。
    表現がかなり現代文チックで、ちゃんと大学受験とかした人じゃないと内容理解できないのでは?
    この年齢で、これだけしっかりした分析本を出して、この先何を目指しているんだろう

  • 読み進めながら感想を書いていく
    まず前提としてくるまさんは、相当頭が良いし、不器用なんだけどその自分の感情を言語化するのが上手いし、人の気持ちを如何にして掴むのか?と言う事に対してとても長けている。自分自身でも文系のギフテッドと自分のことを言っていたがまさしくそうだと思う。

    この本では序章として「これまで」という文が載せられている。この文章がエッセイとして、非常に心を掴まれた。くるまさんの人生の中で起こった出来事を散文的に書いた文章で、高比良くるまという人間のドラマを知っている人が読むことを前提に作られた文章なので、誰しもが真似できる文章じゃないが、そもそも論この本を買う人は高比良くるまという人物に興味がある人なので、この文章はマーケティングとして正解。
    漫才の考察本というキャッチーではないテーマの本にキャッチーな序章を付けることで、購入意欲を刺激してくる。僕はこの序文をツイッターで読みその足でこの本を買いに行った。電子書籍でも売られていたがこの本は紙で買うべきな気がして紙で持っておきたかったからだ。

    このマーケティング感というか、人の気持ちを如何に動かすか?という脳みそに特化している、1対1のコミュニケーションではなく、マスに向けたコミュニケーションを得意としている高比良くるまのなせる技だと感じた。

    序章の感想だけで長々と書くのも意味がわからないので、
    M-1グランプリの章について自分が特に気になった点を書く

    M-1という大会やお笑い界というメディアに対するトレンドや潮流について敏感であると感じた。インターネットが普及したことによって、お笑いファンと芸人の距離が近づき、芸人というものをより身近に感じることが出来るようになった。芸人のアイドル化現象と、それによる弊害と受けやすい漫才。芸人に求められるものの幅がYouTuberなどの対等に寄って棲み分けがなされていき、かつてエンタの神様が担っていたお笑いIQの低い人々への受け皿がTikTokerやYouTuberに移行していき、お笑いを楽しむ層は目が肥えていき、より2極化が進んでいるのではないか?という考察がなされていた(これは僕が要約しただけでくるまさんはそこまで強い言葉を使っていない)

    この文章を書いている私自身もSNSで動画を上げているが、それは感じる。SNSでバズるコンテンツというものは、キャッチーさと分かりやすさ、共感と手軽さである。
    しかし、お笑いというものは満足感を得るコンテンツになってきている気がする。
    より高度なお笑いコンテンツに人は金を払いたいものだ。金を払うくらいの目が肥えた人は優れたコンテンツを求める。お笑い芸人がYouTubeをやって設けていたとしても主戦場はやはりお笑いライブである。もちろん集客以外にも広告収益のために行っているとは思うが、この二段構えがYouTuberとアイドルや芸人などの芸事に携わる人々の違いだと思う。

    どちらが優れているとか優れていないとか優劣を決めることはできないが、自分はそこが一つのコンプレックスであり、人の心をより動かすような事をしていきたいと感じる。

    此処から先はまだ読んでいないので、後から感想を書く

  • 24-25
    M1の考察の答え合わせがしたくて、過去のM-1を見あさっている日々です
    粗品との対談がイカつい
    再読しなきゃ理解しきれないくらい、おもしろい

  • 単純にお笑いと言っても色んな視点があり、ここまで言語化して説明ができるのか。2連覇したのは必然だったのかもしれない。
    相手・状況に合わせてお笑いの形(型)を変える。これは色んな世界でも同じことが言えるのだろう。くるまさんのすごいところは天下を取ろうという下心ではなく、企画が面白くなれば!という純粋に楽しんでいるところだろう。

  • なにか違う形で漫才の役に立て!
    これまでぼくがやってきたことはあれこれ戦術を考えること
    そして自分を実験台にして実行すること


    他社だったり全体的なことを予測する
    テクニックかた
    ファンタジーな年齢
    ハッピー感、愛され力ぱわー
    理解の船にのせる
    プリミティブでフィジカルな
    歴代大会を見てもトップバッターは緊張しているし、ネタを披露するモチベーションにも影響していたはず。一方で、くるまさんは1stラウンドの登場シーンで『終わらせよう』と発言してから、一気に自分たちの空気にしてしまった。小さな頃、明石家さんまさんや島田紳助さんの圧倒的な司会ぶりにあこがれていたそうで、たびたびくるまさんは『制圧してる人が好き』と口にしていますが、まさに今回のM-1を『制圧』したという印象です。また、トップで貫禄のあるパフォーマンスを発揮できたのは、『テレビに出ない』といった物議を醸す発言やABCでの優勝など、一年かけてヒールっぽいキャラクターを作り上げていったことも大きいと思います」(同・前)
    。自分たちの得意分野を見極めながら、設定などの準備を万全に整えていることも彼らが堂々として見える大きな理由の一つではないでしょうか」


    このように大会全体を振り返ってみると、令和ロマンの連覇は必然だったようにも思える。流れを掴む度胸や精神力、どんな観客にも笑いを伝える実力と分析力。ハイレベルな今大会を圧倒的な結果で制圧したことで、令和ロマンの「新時代の王者感」をさらに知らしめた大会になったのではないだろうか。

    先を見据えてYouTubeを今こういう風にやってるとかそういう戦略的なものは全然ないんですか?

    普通はなにか軸があるから安心して他のこともがんばれる

    どうしても自分の才能のパラメーターがそっちにふられてるんでそこはちゃんとやらないと

    ずっと広角下げてベテランぶってしゃべってました、一年目らしからぬって言われようと言われようとしていた
    しゃべることとか考えることが頭おかしい

    ぼくは霜降さんが産み出した存在だと言うことだけは忘れないだください

    ネタを叩く

    漫才は小回りが聞く

    若手のウチから寄席に出ることが出きればキャパが大きいところでの笑わせ方が身に付き、賞レースでの予餞でも落ち着いた戦いができるので早ければはやいほうがいいとも思われている

    それでもいまだに芸人に営業以来が舞い込むのはくまだまさし大将軍のような無敗の男が芸人の信頼を勝ち得続けているから

    いや先生、とにかくお客さんは前に集めなきゃだめですよ

    まさに将軍の戦い方

    おつかれさまでした、ぼくもつかれました

    全く意味のない異例、まさに僕のキャッチコピー

    自分が考えている過程と飛躍していく論理を体感してもらえたらという流線型におちついた 

    僕が認識していないだけでたぶん迷惑をかけているすべてのみなさん

    自分はM-1のために存在しているから

    考えるのは芸人らしくない、考えていたとしてもそれをひけらかすなと、タイタンの両手グー男に起こられてしまうが、頭でっかちにここまで考えてきてしまった人間だ、感覚でやってるふりをするほうがカッコつけだと思うんだ

    こっちは考えるほうが自然なの、感じるな考えろでやってんな、逆ブルース・リーなの

    ぼくはここまでつれてこられたんだ

  • 著者の異常なまでの漫才への愛を感じる一冊。
    やはり、何かに没頭している人は格好良い。

  • くるまさんの頭の中は、凄い処理速度で常にお笑いに関する何もかもを考察しているのがよくわかる。

    最初は頭良くて、すぐに人気出て、調子に乗ってるかなと思って読み始めたのですが(笑)お笑いが大好きでお笑い界全体の事を考えている頭のいい人という印象に変わりました。

  • 漫才過剰考察!というよりはM-1グランプリ決勝徹底解剖!という感じだったけど、とても楽しめた。

    お笑いファン好みのお笑いが「あるある」から「ないない」に変化していき、「あるある」の居場所がTikTokやYouTubeになった…という説や、2023の失敗の原因は出順にあるという説など、とても納得できるところがあった。

    個人的にはもう少し準決以前の予選も含めて語ってほしかった部分はあるな〜と思う。著者本人が言う通り決勝は運の要素が強くて、決勝の展開がその当時の漫才のブームを反映しているとは必ずしも言えないと思うから。
    (逆に、決勝の展開がそれからの漫才のブームを作ることはある)
    あと、少し牽強付会気味になる部分を減らして、冷静な論理展開で書いたものも見てみたかった。あとがきで「最初は新書風に書いてみたが全部消した」と言っていたので、そういう試みもあったのかもしれないが、正しさを証明していく形式より少し飛躍してもロマンチックな説を提唱していく方が面白いと判断したんだと思う。(結局何が正しくて何が間違っているとかがない領域だから、実際それで正解なんだろう)

    でも、新M-1以降の超現代漫才を語る上で間違いなく唯一無二の本だと思う。(旧M-1を語るにはやっぱりナイツ塙『言い訳』が面白いけど、ここまで技術論を赤裸々に語ってはいなかった記憶だ。)
    お笑いについて、もっと言えば『笑いをとる』=『笑い声をあげさせる』と言うことに関してこんなにロジカルに解剖した本は他にない。

    M-1獲ってないとこんな本書けないし、若い漫才師じゃないとこんな本書かない。良い意味で。すごく貴重ですごく面白かった。

  • ある程度正解のレシピ、正解のトレーニング法、正解のコード進行、みたいなものが漫才でも分かってきたからこそ、芸術性を高めようと肩肘張るんじゃなく、もっとカジュアルにこの漫才という娯楽を楽しんでいこう。見る側も、やる側も、完成を踏まえた上で感性を信じてほしい。映画や料理と同じように、正解の感じ方はない。他人が面白いと言っていても自分には刺さらないことがある。その逆もある。だから自分だけ笑ったっていい。どんだけ配信が売れてても興味がなかったら見なきゃいい。たまたま好きになった芸人だけを追いかけていい。自分だけが面白いと思ってるネタをやってもいい。なぜならそれは不正解ではなく、完成された漫才の範疇なのだから。…(中略)… 完成とは、絶望じゃなくて希望なんだということだ。…(中略)… そんな希望の時代だからこそ、ナンバーワンを決める大会の価値がある。認め合った上で競い合う豊かさがある。



    と、いうことだそうだ。エモすぎ。

  • 粗品との対談パートが良かった。
    人生逆算しまくってる粗品の真っ直ぐさが響いた。

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