イスラエルとパレスチナ ユダヤ教は植民地支配を拒絶する (岩波ブックレット) [Kindle]
- 岩波書店 (2024年10月4日発売)
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感想 : 5件
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感想・レビュー・書評
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始め、文章が分かりにくかったけど、後半はスイスイ読めた。
用語や固有名詞が、知らない言葉ばかりだったので。
欧米諸国が、イスラエルを支援する理由、まだよく分からないや。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
ユダヤ人歴史家による、イスラエルのパレスチナ人に対するジェノサイド批判.
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ソ連生まれのユダヤ人歴史家が10.7以降のガザ絶滅攻撃という状況の中で書きおろしたブックレット。短く簡潔でありながら、今日イスラエル国家が行っている恐るべき人道犯罪が、神への絶対的帰依というユダヤの宗教的伝統からの逸脱、そして西洋社会が生み出した民族ナショナリズムとセトラー・コロニアリズムの歴史的延長の中にあることを明快に論じる。
特に注目されるのは、人道主義を掲げる西洋諸国の黙認のもとイスラエルが行っているジェノサイドと、旧ナチスによるレニングラード包囲戦との類似性を指摘した部分である。著者の指摘によれば、ナチスの対ソ戦は西洋における戦争とはまったく性格を異にしており、その地に住むものを根絶やしにするための絶滅戦争であった。そしてこの戦争にはドイツだけでなく、フィンランド、イタリア、スペイン、ノルウェー、ルーマニア、ハンガリー、スロバキア、クロアチア、ベルギー、オランダ、フランス、デンマークが関わっていたと指摘する。
鵜飼哲による翻訳と解説も含め、ブックレットながら重厚な読み応え。 -
今年、イスラエルとパレスチナに関する本をいくつか読んだ。
「パレスチナに生まれて」(ナージ・アル・アリー)
「ガザとは何か パレスチナを知るための緊急講義」(岡真里)
「見ることの塩 イスラエル/パレスチナ紀行」(四方田犬彦)
テレビ番組がきっかけで読んだ「現代詩手帖2024.5月号 パレスチナ詩アンソロジー 抵抗の声を聴く」から特に、「わたしが死ななければならないのなら」(リフアト・アルアライール)
そして今年最後になりそうな今回の
「イスラエルとパレスチナ ユダヤ教は植民地支配を拒絶する」(ヤコヴ・ラブキン)
この本の主題はこれだ。
「敬虔なユダヤ教信者からすると、イスラエルという国は決してユダヤ人の国ではない、植民地主義のシオニスト国家である。」
これを、様々な知識人の言葉の引用と、ラブキン氏の歴史家としての研究から見えている事実で補強していく。
ラブキン氏は旧ソ連生まれで、特に、第二次世界大戦時のレニングラード封鎖と、ガザの封鎖を比較して語るのが印象的だった。
確かに著者の指摘通り、どちらも民族浄化のための絶滅戦争だ。
また、独ソ戦の責任がナチスだけにあるのではなく、他の多くのヨーロッパ人が参加していたことと重ねて、ガザの責任がイスラエルだけではなく、武器供給を止めないアメリカやドイツをはじめとする西側諸国や、もちろん日本にもあることを突きつけるようにではなく、冷静に順序立てて説明するように語る。
宗教と政治、国と国の駆け引き(西側と東側)、様々な事柄がかなり複雑に絡み合ってほどけないままに、過去最悪の(パレスチナ側から見れば、或いはまっとうな人間の道徳心から見れば)状態になっている。
ただ悲惨さだけを嘆くのではなくて、なぜここまでになっても、国連は、アメリカは、ドイツは、イスラエル支持を辞めず、武器を供給するのか、シオニズムに抗議することが大抵の場合には、反ユダヤと捉えられてしまうトリックは何なのか。
わからなかった。
わからなくて、まだ2回目だけど、「パレスチナ・エルサレム論 パレスチナ争乱の背景」という講座を聞きに行って、岐阜大学名誉教授 小澤克彦先生から薦められたのがこの本だった。
講義も、この本も、先史時代(紀元前3000年)まで遡り、歴史学の観点から丁寧に読み解いてくれて、読んでいる間は感情的にならずに、今のこの状況が引き起こされていく過程が少しは理解できた。元も子もない話だが、ユダヤ教とイスラム教とキリスト教全てにとって、エルサレムが聖地であるという事、それはもっと元を辿れば信仰対象が同じ存在であるが故で、それなのに教義や戒律がそれぞれに違えば、それは分かり合えないよな、と、日本で、何の信仰も無いまま生きてきた自分は諦めかけてしまう。よそごとに思えてしまう。
ただ、そういった宗教間の対立を、歴史を辿るとよりややこしくしていったのがヨーロッパの植民地主義だということは明白だ。
ラブキン教授のような敬虔なユダヤ教信者にとってイスラエルとは「帰還」する地では無い、ということは初めて知った。
「聖地がユダヤ人を聖なるものにするのではありません」
「聖書の物語が強く主張しているのは、ユダヤ人はこの国の「生まれ」ではない、ということ」
ユダヤ教のラビのような人からすると、イスラエルで行われていることの全てがユダヤ教に反しているということになるそうで、その辺りの概念というか考え方の相違がやっとこの本で理解できた。
それなのに、イスラエルを支持しないことは即反ユダヤ、ナチス呼ばわりされて叩かれたり、また一方では、イスラエルではない国に住むユダヤ人が、イスラエルの蛮行を批判するたくさんの人々から非難の目で見られたり時には攻撃されたりもするらしい。
何かの責任をひとつところに集めて、目を逸らす。イスラエルを支持するという声明が裏を返せば、ユダヤ人が住む場所はそこしかないということを暗にしめしている。
(トランプはアメリカのユダヤ人聴衆に向け、イスラエルを「皆さんの国」と呼び、バイデンは「イスラエルがなければ、ユダヤ人は誰一人、どこにも安全な場所がない」と明言した)
考え出すと、いつも自分とは何なんだろうところに行き着いて絶望的になる。作家の松下新土さんが2024.1.15に、丸木美術館ニュースに寄せた記事「私たちが人間であるために」のなかの一節を、いつも思い出す。
「生きていること自体への恥と怒り。自分が存在しているということに、恥を覚える」
何も感じないで生きてはいられないし、そうしたくはない。でも知れば知るほど辛くなる。
講義をしてくれている小澤教授は、感傷的な個人的な気持ちと、どう折り合いをつけて話をしてくれていて、どんな気持ちでこの本を薦めてくれたのが、聞いてみたいと思う。
宗教や歴史に関する話はいつもとても興味深いので、学問としてはもっともっと深めていきたい。
訳文がだいぶ読みにくいのが難点だったな。
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イスラエルとパレスチナについてはもともとたくさんの本が出ていて、昨年の10月以降、さらにたくさんの本が出ている。
今、起きていることを少しでも理解しようと、何冊か読んでいるところだが、今一つよくわからなかったのは、ユダヤ教との関係。いくらユダヤ人が選ばれた民で、パレスチナが約束の地としても、今の状況をユダヤ教はどのように解釈しているのだろうか?どういうロジックで正当化、あるいは容認しているのだろうか、という疑問があった。
この論点については、いくつかの本で読んで、ユダヤ人とイスラエルはもともと一枚岩でなく、ユダヤ人のイスラエル批判が世界的に高まっているというくらいは知っていたのだが、この本を読んで、そのあたりが明快に整理されている印象を持った。
つまり、もともとシオニズムは基本的に無神論に基づく社会運動であったのだ。というわけでシオニズム自体がユダヤ教の考えに反するものなので、シオニズム運動が始まった時点でユダヤ人の多くがそれに反対していたということだ。
ユダヤ人というのは、もともと定義が難しくて、ユダヤ人とはユダヤ教を信じる人という定義を昔読んだ気がするが、その定義からするとシオニズムを推進していた無心論者たちはユダヤ人ではないということになる。
では、その代わりにシオニストは何を基準にユダヤ人を定義したかというと「人種」なのだ。つまり、シオニズムとは、レイシズムであり、ナチの反ユダヤの人種主義をちょうど反転した植民地主義だったのだ。彼らにとってパレスチナ人は、人種的に劣った人々であり、これが今日のジェノサイドにつながっているわけだ。
イスラエルは徴兵制度のある国で誰もが基本兵役を経験する必要があるのだが、イスラエルに住む正統派のユダヤ教の信者については、徴兵を免れているということが何だか不思議だったのだが、こう考えてみるとよくわかる。つまり、イスラエルに住む正統派ユダヤ教の人はそもそもシオニズムに対して反対の立場であったということなのだ。(表立って、その理由は語られないが)
というわけで、シオニズムはもともと無神論で、人種に基づき世界のユダヤ人がイスラエルに移住することを求めていたのだが、そうやって移住してくる人には当然ユダヤ教の信者もいる。そこで、イスラエルはユダヤ教とうまくおりあう必要も出てきて、イスラエル独自の国家宗教的なユダヤ教を作っているようだ。
生物的な人種論という観点に立つと、実はパレスチナ人の多くは、もともとその地にいたユダヤ人の末裔であるようで、イスラエルの初代首相となるベン=グリオンも1920年代にはそういう認識にあったということも記載されていて驚く。
ここで、シオニズムは、論理矛盾におちいることになる。ユダヤ教にアイデンティティを求めるとそもそもパレスチナに国を作ること自体がユダヤ教に反する。人種にアイデンティティを求めるとパレスチナ人もユダヤ人ということになる。
イスラエルという国家の最も根源的なところにあるこの矛盾を見えなくしようとするプロセスの果てに今日の状況があるんだとなと思った。
個人的には、パレスティナ問題を考えるなかで出会った最も本質的で明晰な本だった。(まだ、イスラエルの国家ユダヤ教がどのような教義になっていて、今回の事態をどう解釈しているのかは疑問として残っているが)
ちなみにアーレントの話しもちょっと出てくる。アーレントはドイツから亡命してパリに住んでいた頃、シオニズムの運動に関わっていて、ヨーロッパのユダヤ人のパレスティナへの移住を支援していたし、近年では、アーレント自身が人種差別的であったという批判もある。が、この本では、アーレントはかなり早い時点でイスラエルという国家の持つ矛盾に気づき、その未来に対して悲観的であったことが示されている。アーレントとイスラエル、シオニズムの関係についてももうちょっと調べる必要があるかな?
