地図なき山―日高山脈49日漂泊行― [Kindle]

  • 新潮社 (2024年11月20日発売)
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感想・レビュー・書評

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  • 漂白は、大地と直接つながるために、私が個人的に必要としている行動原理なのであるが、その真髄は北極の民イヌイットのナルホイヤと言う言葉に象徴されている。ナルホイヤとはわからない。何とも言えないと言うな意味である。
    狩猟民である、イヌイットは未来を予期することを意図的にさける。なぜなら、計画をすると狩りがうまくいかないからだ。
    自我を消し、あえて心を白紙の状態にしないと、風景が内部に流れ込まず、大地と一体化できない。これがイヌイットの哲学であり、ナルホイヤと言う言葉の真意だ。そしてそれに大きな影響を受けている私の漂白の原理でもある。自然に深く没入し、土地とつながり、真の意味で生きる経験を掴み取るために、私は漂白してきたが、もうそれは既に実現していることに気づき、静かに深い思いに打たれたのであった。

  • 地図を持たずに北海道の日高山脈を漂白山行した4回にわたる記録。自分で踏査しながら目印となるものに自分で名前を与えて地図(概念図)を作りながらゴールもどうするか考えながら旅をする。
    自分には絶対に無理だけど漠然とした憧れを感じて購入。休日に一気に読んだのでものすごい没入感。釣りをしながら旅だなんて。
    通常ならなんてことのない滝でも、地図を持たずに行くとその先がわからないので登るの躊躇し登らないという場面があった。地図があればこの滝ともこうやって向き合えなかったというところが印象に残っている。
    滝や水場が好きな私は子供のころ、沢登りという手法があるのを知って、大きくなったらぜひ挑戦してみたいと思っていたことを思い出した。
    地図なしをするにはスキルが足りないけれど、読んで山に登りたくなった。

  • 近代登山からの脱システム論を展開した末、ついに日高山脈への地図なし山行に至った著者。

    まさに現代人特有の、頭でっかちに考えすぎる「システム化された」傾向が一巡して、『地図なし登山』というシンプルかつ原初的な方法にたどり着いてるのが面白いです。

    困難な山行を何度も続ける技量と執念にはただただ敬服するばかり。私も普段はゆるい漂泊スタイルですが、あまりにレベルが違いすぎて見える世界が異次元すぎる。特に、冒頭の過酷な源流遡行シーンにはハラハラさせられました。

    悪天候の山の幽玄怪奇な佇まいの魅力もあるあるですし、何年も掛けた地図作成の謎解き感。そして、見かけた山にエジプトの三大ピラミッドの名前をつける命名センスw
    後半の後輩との釣りの様子が楽しそう&美味しそうで、無性に釣り欲を掻き立てられます!

  • 地図なし登山3日目のクライマックス、本当に感動した。

  • 酔狂な話です。地図を持たずに6年間に渡り入山を繰り返し、合計49日間日高山脈で「漂白」しながら沢登り探検。ウルトラライトの装いで綿密な計画に基づいてスピードを重視する今どきの登山に対し、山の環境に導かれるように、魚影の濃い川を渡り歩き、時にはキノコなども採取してひたすら冒険を続ける。前半は一人旅なので思索する場面が多く、ちょっと哲学的な展開。相棒を連れての後半はもっと冒険を楽しんでいる様子が描かれている。それにしても来る日も来る日も川魚ばかりの食事とは。本人は楽しんでいる様子だけれど、ちょっと壮絶。

  • 角幡唯介さんの本はこれで、3冊目かな。
    相変わらず、思索の過程が心地よい。
    かつて、狩猟の免許を取得して、山々での生活を夢見たこともあったが、その夢には終止符を打った。諦めたたが残滓があるみたいで、こういった類の本には深く共感する。

  • 角幡さんには、北極シリーズだけではなく、もう一度日本シリーズの作品を書いてほしい。

  • 言ってしまえば、前情報も地図なく山に登るだけとえばだけなのだが、ここまで緊迫感のある話になるのはなぜだろうか。命が掛かっているから?原始的な冒険に心揺さぶられるから?

  • 地図を持たずに日高山脈を登るとどうなるのかという体験記

    43歳が人間にピークというのはわかる気がする。

  • 有り 291.1/カ/24 棚:旅行

  • 冒頭の脱システム論はいつもどおり退屈だが山行記録はこれまたいつどおりとても面白い。退屈な思考部分は読み飛ばせばよい。
    地図なし登山が一番面白いのではないかというのは多くの人が山歩きを続けると考えることだと思うがこんなにも理想的なものは読んだことがない。逆にこれほどの力のある冒険家・作家が地図なしや移動について時間をかけてたどり着いている様子なのは意外だった。強すぎる人は強すぎるが故にそういうことに目が向かないのかもしれない。
    あとがきを読む限りでは脱システム論への拘泥はようやくやめてくれそうで、これからの著作はもっと面白くなるに違いない。移動についての思考は深く共感できるのでこれからが本当に楽しみ。

  • 43歳が体力と経験を掛け合わせたピーク。どうやって後半戦を生きるのか。前半戦よりも複雑性が増す気がする。

  • ・現代において情報をシャットダウンして物事に向かうというのは、思いの外大変で、側から見ると滑稽に見えてしまう。角幡さん自身も、情報が入ってこないように必死に振る舞う自身をややコミカルに書いているように見える。滑稽なことであるというよりも、それくらい「情報を閉じる」ということは難しく、不自然に映るのだな、ということを感じた。
    ・「原始の探検家」をイメージして、情報をなくして、地図なし登山で裸で山に向き合えば、ダイレクトに自然を感じられるという思いでいざ山に入って行った角幡さんだが、むしろ原始の感覚で言えば、「手に負えなそうな恐ろしい自然には、立ち入らない」方がナチュラルなのかもしれない、という逆説的な気づき。そこから超自然的な存在にもつながるのでは、という感覚。面白いな。
    ・そして、人間の本能的な振る舞いで言えば、地図なし・情報をシャットダウンして山に入る、ということはむしろ脱・未来予測しているわけで、それは不自然なことではないか、という気づき。未来を多少なりとも予測できているからこそ、地図なし登山も心が軽くなる。何が人間の第一原理かということに、すごーく大変なことをして、一周回って気づく感じが深くて面白い。

  • 登山の行き帰りの電車で読むと、さらにその日の登山が面白くなる。
    脱システムという概念は、登山に留まらず、現代の生活の中で価値観を見直す新たな視点。とても面白い本でした。

  • 脱システム、地図なし登山。漂泊登山。

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著者プロフィール

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)
 1976(昭和51)年北海道生まれ。早稲田大学卒業。同大探検部OB。新聞記者を経て探検家・作家に。
 チベット奥地にあるツアンポー峡谷を探検した記録『空白の五マイル』で開高健ノンフィクション賞、大宅壮一ノンフィクション賞などを受賞。その後、北極で全滅した英国フランクリン探検隊の足跡を追った『アグルーカの行方』や、行方不明になった沖縄のマグロ漁船を追った『漂流』など、自身の冒険旅行と取材調査を融合した作品を発表する。2018年には、太陽が昇らない北極の極夜を探検した『極夜行』でYahoo!ニュース | 本屋大賞 ノンフィクション本大賞、大佛次郎賞を受賞し話題となった。翌年、『極夜行』の準備活動をつづった『極夜行前』を刊行。2019年1月からグリーンランド最北の村シオラパルクで犬橇を開始し、毎年二カ月近くの長期旅行を継続している。

「2021年 『狩りの思考法』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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