小説「古事記」 [パブー]

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感想・レビュー・書評

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  • 今まで教科書の知識しかなかった、古事記がその成立の過程と時代背景、そしてその目的が作者の思いと考えのもとに示され、どんどんと引き込まれ読み終えた。
    正に日本が正に国家としてどう成立したかタアーニングポイントといわれる壬申の乱のあたりは時代小説のおもむきで大変面白かった。それとこれも断片的にしか知らない日本の神話の流れがよくわかり、それが天皇制の成立につながった、というよりつなげたという事にも理解が深まった。
    そうした事が主人公の稗田阿礼とその妻との語り合いという形を取って、平易に読み進めさせてくれる。

  • 元々、『古事記』に興味があり、題名に惹かれてページを開いてみると、その内容ではなく、成立までの物語。
    まだ途中ではあるが、中々面白くて、興味深い。

  • 『古事記』成立の立役者となった天皇天武と稗田阿礼(さらにはその妻由衣)の活躍ぶりもさることながら、本書の序章と終章に描かれた太安萬侶という人物の存在とその役割が忘れ難い。

    昔、『古事記』の冒頭におかれた「序」を読んだとき、それを自ら認めたという安萬侶の印象はかんばしくなかった。原作者であるはずの阿礼の存在を軽視し、まるで自分が創作者であるかのように振舞っている、そういう読後感をもったからだ。

    でもそのような書き方をしなければ、『古事記』が世に出ることはなかった。安萬侶は、自分が人から悪印象をもたれることも覚悟のうえだった。その真実を、小説「古事記」によって知らされたいま、私は自分の不明を恥じると同時に、安萬侶という存在のかけがえのなさ、彼が果たした役割の大きさを痛感させられている。

    安萬侶は、いずれだれかが真実を明らかにしてくれるだろう、そう願ったはずだ。それがかなったのが、本書が完成した2010年。この年は、平城遷都1300年祭にあたっている。思えば長い年月がかかったものだが、その機会を同時代人として共有できたのは実に痛快である。

  • 本書は最古の古典、『古事記』を理解するための、頼れるガイドブックでもある。

    かつて『古事記』に目を通した時、現代語訳であったにもかかわらず、この古典は何を語ろうとしたものなのか、何のために書かれたのものなのか、ほとんど理解不能だった。

    「八俣の大蛇」、「因幡の白うさぎ」、「海幸彦・山幸彦」といった神話のどれも、前後の脈絡がなく、何でここに置かれているのか、これで何を伝えようとしているのか、わからずじまいだった。

    さらに『古事記』は日本文化のアイデンティティーの根源、万世一系の天皇制の根拠だというので、どこでそれを感じ取れるのか、どこにそれが記されているのか探してみたけれども、とうとう見つけられなかった。

    その『古事記』(現代語訳)を、本書の読了後、改めて読み直して驚いた。かつて抱いた疑問が、ことごとく氷解しているではないか。

    それだけではない。「最古の古典に記されていることだから間違いない」、「全てはこの書から始まっている」と考えることは、『古事記』誕生のいきさつを識らない者の思い込みで、人はその束縛から自由でなければならないということが確かめられて、安心した。

    その意味で小説「古事記」は、最古の古典をひもとくための、良質の案内書である(もちろんそれだけにとどまるものではないけれども)。

  • 「記録を集めた事記(ことぶみ)ではない、文字を読まぬ民に聞かせてやるための事語(ことがたり)だ」

    「事語」は、いにしえの美しい言葉を残しつつ、お互いを解り合った夫婦のやりとりで展開していく。

    ふたりのやりとりは、現代の口語に置き換えられているから、決して難しくはない。冒頭の言葉にあるように、民に聞かせる物語であるから、やさしく美しく、現代人の私たちでも、いつの間にか引き込まれてしまう。

    主人公阿礼の口から語られる歴史的事実、ユーモアあふれる神話、心地よい妻由衣の合いの手に心さそわれ、阿礼の逡巡や気持ちの変化に一喜一憂させられながら、次第に主人公に魅せられていく。

    庶民らしい人間味に、そして高みから物事を見るその大きさ、強さに。

    さらにはそれを包む由衣の愛情とひたむきさに。

    『古事記』って、古くさくって、もっと難しいものだと思ってた。こんなにおもしろいものだったんだな。

    知らない時代、いにしえの時代。

    なのに読み終えて、なぜか無性に恋しいふるさとのように思えるのはなぜだろう。

    阿礼と由衣とそれを取り巻く人々の、そのやさしく熱い血に、寄り添いたくなるのはなぜだろう。

  • 『古事記』の元は古事語(いにしえのことがたり)といわれた口誦で、それが文字に起こされて「いにしえのことぶみ」あるいは「こじき」になったなんてこと知ってた?
    現存する中世期の写本は冊子形式だけど、古代期は巻物だったなんてことも知ってた?
    さらには『古事記』誕生のいきさつを伝える歴史資料は全くなく、唯一の手掛かりは『古事記』上つ巻の冒頭に付けられた序だけで、しかもその記述が謎に満ちているなんてことも知ってた?
    その謎が本書の終章であざやかに解き明かされ、自分はそれに納得するんだけど、また新たな謎に包まれてしまうんだ。作者(風旅人)はこの謎を解く鍵をどうやって手に入れたのかってね。そもそも「かぜのたびと」って一体何者なんだってね。

  • 「稗田阿礼」なんて名前、教科書に太字で書かれていて、見たことのない人はいないかもしれない。「天武天皇」だってそうだ・・・でも、生身の人物としてこの人々の姿を頭に描いたことなんてあっただろうか。
    私たちのいま住むこの大地と同じ日本列島の古代を舞台に、大和人が、蝦夷が、隼人がうつろう山里の四季を背景にその手足を動かし、口を開き、表情をかえ、私たちの祖先の物語を語りだす・・・
    いなばの白兎のお話が、釣り針を亡くした山彦とそれをかえせと迫る海彦の昔話が、本当にこんな風にして創られたのだろうか。

  • いったい誰が書いたのか・・・解明されていない『古事記』の作者。

    この『小説「古事記」』が、何年も後にふいに誰かの目にとまり、

    「『古事記』が出来た過程、作者を記録したものがやっと発見されたぞ!」なんてことになったら・・・。

    それが代々受け継がれてくなんてことになったら・・・。

    かなり面白い!

    教科書だって面白くなっちゃうんじゃないかな。

    きちんと裏が取れていて、つじつま合っているし。

    この説が一般的になってもいいんじゃないかと思うなー。

    そして、たびたび出てくる夫婦の会話の場面、なんかいいなー。

    私かなり好きですこれ。

    まだ読み終わってもいないけど・・・私が読み終わるまでに、次回作の発表、期待しています♪

  • 『古事記』がこんな内容を持っているなんて知りもしなかった。こんなふうに書かれたであろうなんて想像してもみなかった。知っているようで実は知らなかった世界との貴重な遭遇。

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