蜜柑 [青空文庫]

著者 :
  • 青空文庫
  • 新字旧仮名
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  • 『蜜柑』 芥川龍之介
    あらすじ
    ―この物語の舞台となったのは横須賀発の上り二等客車の車中である。ある冬の日暮れに、男は疲れ切った様子で、汽車が発車するのをぼんやりと待っていた。しばらくすると汽車の笛が鳴った。すると男のいる二等室にある娘が慌てた様子で飛び乗ってきた。娘は見たところ一三、四くらい。黄味がかった緑の襟巻と大きな風呂敷を膝に乗せ、霜焼けた手には三等切符が大事そうに握りしめられており、いかにも田舎らしい風貌であった。男は娘の田舎じみた様相と二等と三等の区別さえも弁えない態度がたいそう気に食わなかった。
    やがて汽車がトンネルに差し掛かろうとしたその時、娘が態々閉めてあるガラス戸を開けようとするのである。もしガラス戸を開けてしまえば列車から湧き出す黒い煙は車内に入ってきてしまう。男は娘の行動の理由はわからなかった。そして遂に汽車がトンネルに入ったと同時にとうとう娘はガラス戸を開けた。車内は黒い煙は充満し、男は激しく咳き込んでしまった。それでも娘は男の様子を気にする素振りもなく窓の外を見つめる。汽車はいつの間にかトンネルを抜けある貧しい町はずれの踏切に通りかかっていた。男が娘に冷ややかな視線を向けながらも窓の外のみすぼらしい藁屋敷や瓦屋根の建物を眺めていると、踏切の柵の向こうに三人の背の低い男の子は並んで立っているのが見えた。彼らが汽車を仰ぎ見、一斉に手をのばし喚声を上げている。次の瞬間、娘が窓から身を乗り出し、持っていた蜜柑を五つ六つ彼らに投げ放った。男は娘の一連の行動の理由を理解した。これから奉公先へ向かうであろう娘は、幾つかの蜜柑を投げ放つことでわざわざ踏切まで見送りにきた弟たちの労を報いたのだった。町はずれの踏切と小さい三人の男の子、そして空に放たれた鮮やかな蜜柑の色。この光景は男の心に焼き付き切なくも朗らかな感情を沸き上がらせた。

    『蜜柑』の登場人物は主に「ある男」と「娘」の二人である。「ある男」は作者である芥川龍之介自身であり、この物語は作者の実体験を描いたものだ。この物語の面白いところは最初と最後で「ある男」の娘に対し抱く感情ががらりと変化するところだ。また、「ある男」は心情が多く描かれているのに対し、娘は行動描写が詳細に描かれている。このことで読み手は「ある男」の心情を理解しやすく、物語に感情移入しやすい。そして、汽車の車内や窓から見える景色を色彩豊かに描写することで読み手にその光景を想像させ、読み手の心を物語に引き込んでいく。

  • この作品は「羅生門」や「蜘蛛の糸」など名の知れた作品を代表作に持つ芥川龍之介の作品である。この作品の舞台は神奈川県横須賀市である。作者である芥川は海軍機関学校の教員として通勤していた当時、頻繁に横須賀線を利用していた。そのときの芥川の実録とされている。

    この作品の登場人物は「私」と「娘」であり、「私」は芥川自身である。私が横須賀線の電車に乗っていたところ、娘が電車に乗ってきた。娘の見た目はなんともみすぼらしく、私は少々いらだっていた。トンネルへさしかかったとき、娘が電車の窓を開けたと同時に車内に黒煙が入り込んできた。私が娘に叱りつけようと思ったが、娘は外に向かって窓から鮮やかな色をした蜜柑を放った。その綺麗な情景を見て、芥川の心が動く。

    短編作品ではあるが、最後の情景、私の心情の変化の描写の仕方はさすが芥川と言える。短くすぐ読めるため、気軽にまずは読んでみて欲しい。

  • 蜜柑というタイトルに惹かれて呼んでみた。
    終盤の小娘がとった行動に「私」と同じような心情にさせられる書き方が好きだった。

  • 機関車も、機関車の窓から入ってくる煙も、奉公に出る娘も、そういうのが全てもう今や見つけることができないからこそ、ここで語られる話は昔話というか、おとぎ話みたいな夢物語としてすぅっと入ってくる。

  • 横須賀駅発の横須賀線の2等車の中でのお話。
    「私」の心の中の様子に外の景色や様子が合わせられており、初めのほうの疲労や倦怠を感じているときは元気がない、退屈そうだ、といった雰囲気を感じる車窓だが、後半になると赤く染まる頬や鮮やかな蜜柑など、明るさを感じる表現がされており、「私」が感じていた疲労や倦怠が無くなっていることがわかる(その記述もある)。

    また、舞台がはっきりしているためその土地を知っていたり、その区間の電車に乗ったことがあると「あのあたりのことだろうか」と想像が膨らみ、より楽しめる作品である。

  • 帰宅途中の車の中で青空朗読で聞いた。
    全体に満ち溢れる悲壮と退屈、色のない景色が続くようなお話。そのくせ最後にじんわりと光が差すような、ちょっとした救いがありました。列車に乗り込んだ私(わたくし)の向かいに座ったのは、頬のひび割れた名もなきみすぼらしい少女。二等室と三等室を間違えるような愚鈍な心の持ち主として、私はその少女を蔑んでいたが、その少女が窓から体を乗り出し外に向かって蜜柑を投げた時、私は少女が奉公に出るにあたって家族であった弟たちに報いたのだと悟る。
    語ってしまうとなんてことはないあらすじなのだけれども、私の心理描写や少女の姿などが大変丁寧に描かれていて、聞いていて情景が目に浮かぶようなのが、さすが芥川。ところどころに退屈で下等な我が生活に辟易する様が描かれているのが、倦怠感を引きずるようでいて蜜柑を投げる少女を見た感動を、より鮮やかに映し出しているように思います。語るに美しい、聞けば心に響く一作です。

  • 短いのに胸いっぱいに感情が入り込む。
    蜜柑の色彩に感嘆。

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